本文中にある褐色字は、書籍ならばルビを振りたい語句です。マウスポインタを合わせて下さい。ツールチップでその読みが表示されます 〔必ずしもその漢字本来の読みではないことに注意〕。
ターミネーターとレジスタンス 2
終わらせる者と抗う者 2
殉死 -
<26.Jun.2019>
また生き延びてしまった。
ことさら死に急いだわけではないが……。
決死隊8人のうち 生還できたのは、隊長のバーンズとこの私だけだ。ジョンの右腕であるバーンズのタフガイぶりには本当に驚かされる。彼自身の右腕をその付け根からもぎ取られながら、ミッションの完遂まで隊を指揮し通したその忍耐心と責任感……。
彼こそは真の兵士だ。たとえ隊が全滅の危機に瀕していようとも、最後の一兵が残っている限りは任務遂行を決して諦めない 本物のプロ……。
《審判の日》 以前は優秀なサッカー選手だったということも なるほど頷ける。彼は自分の栄光ではなく 仲間の勝利だけを考える 根っからのチームプレーヤーなのだ。
基地までの道のり 最後の3/4マイルは、私が肩を貸さなければ一歩も歩けないような状態だった。片腕をもぎ取られたのだ……穏やかならぬ重症であるには違いない。だが 一命はとりとめるだろうとケイトは言う。彼女がそう見ているのだから間違いない。
たしかに失血死の一歩手前ではあったらしい。それを辛くも免れられたのは、追っ手を振り切ってようやく人心地ついたときに、私がその惨たらしい傷口を液体窒素で “焼いた” ことが幸いしたのだという。……まあ、この私も、伊達に11年間 最前線にいたわけではない、ということだろう。
それにしても……
断面直径3フィートの配熱管の中で過ごした僅か2分間の小休止が 「人心地」 とは……。まったく我々は なんという時代に生きていることだろう。
ボーイング777が墜落し 一千名に余る人命が失われた、などというニュースが世界中にネット配信された時代だって実在していたのだ。それも、たった十数年前に……。
そう……ミッションは成功した。これで最新型ターミネーターの主要生産ラインを3ヶ月間 ストップさせられるだろう。やれやれ、なんとか辛うじて……。6人もの仲間の生命と引き換えに……。
ミカルやローター、アリスやサクラ、あるいは スノーやフロイドではなく この私が今ここに存在しているのは、単なる幸運に過ぎない。……幸運なんだろうか、果たして……?。
いいやつが皆さきに死んでいく……。
いやいや……やめておこう。もう いい加減、いつまで経っても拭いきれない罪悪感に陥るのは……。この強迫観念じみた想いは………甘い毒だ。これまで私は、そうやって自分の不幸を正当化し続けてきた……。
もう こんな悪循環からはオサラバしなければならない。任務の犠牲となって死んでいった彼らのためにも……。
仲間たち一人ひとりの最期の表情が脳裏に焼きついている。
誰ひとり恐怖に顔を歪めっていなかったことが せめてもの救いだ。
彼らはいずれも 《その瞬間》、苦しんではいなかった。肝臓をつぶされたローターでさえも……。
彼をその肉体的苦痛から解放したのは私だ。どんなに手を尽くしても助けられる見込みはなかった。そもそも 手を尽くせるような状況でもなかった。
あの会心のほくそ笑み……。悪いな、先に楽させてもらうぜ……。
アリスだけは救えたかもしれない。いや、間違いない……私が、8時方向*から彼女に不意打ちをかけてきた T-700の中枢部、もう半インチ上に着弾させていたら、彼女は死ななくて済んだだろう。あの一発は明らかに私のミスだ……。
しかし……あらゆる事象は取り返し不可能だ。過ぎてしまったことを悔やんだところでどうなるものでもない。
そうだ。過去を悔やむのはもう御仕舞いにしよう。
しぶとく生き存えてしまうのは、私にまだ やるべき仕事があるということだ。
たとえ最後に残されるのがこの私であったとしても、それが運命ならば 私は受け入れる……。
運命は自分の手で切り開くもの……。
ジョンはよく そう皆を諭す。亡き母の遺言だという。伝説の女族長
サラ・コナー
……。
だが私は思うのだ -
運命を切り開くべく運命づけられた者もいるのだ、と……。
<7.Jul.2019>
すでに液晶がイカレかけているバリオン時計によれば、今日の日付は7月7日……。
祖父の祖国ニッポンでは TANABATAといって、伐ってきた竹の細い枝先に それぞれの願い事を記したカードをくくり付けて祝ったものだという。
まるで夢のような話だ……。
そんな古の風習も この私まで受け継がせてはもらえなかった。なぜならば父は 母の部族の婿養子だったから……。
私はオグララ・ラコタ族の文化の中で育てられた。つまり、HARAKIRIよりもサン・ダンスのほうが身近にあったということだ。幼少の頃 しきりに聞かされた武勇伝は、RYOUMAではなくてクレージー・ホースのものだったのである。
だが、そんな私にも微かな記憶がある。
いや……記憶とまで云うと語弊があるだろう。それは、実体験に基づかない想像の産物か、あるいは 祖父から聞いた話を自らの思い出と取り違えている 潜在意識の悪戯であるに違いない……。
それでも主観的には、確かにこんな “記憶” があるのだ -
どんな願い事を書いたのかは憶えていない。ただ 細長いカードの色が白であったことが映像として残っているだけ……。同じ年頃の同級生たち これこそが、この主観記憶が事実ではないことの傍証なのだ…なぜならば私はその頃 学校になど行っていない が皆、ピンク色だの黄緑色などといった鮮やかな有彩色を選んでいた中で、只ひとり私だけが純白のカードを手に取ったのである。
絶対にシロしか有り得ないだろう……
そんな、決して言葉にはしなかった確信を、微かな誇りとともに胸に抱いたことさえ憶えている……。
なんとも不思議なことだ……。
この幻のごとき想念は、いったい誰のものなのか?
私の内にいる祖父に、主観同一化しているということなのだろうか……?
そういった類の奇妙な感覚を私と共有していたサクラは、既にもうここには居ない……。そう……前回のミッションで壮絶な最期を遂げたのだ。
彼女が最後に垣間見せたその不屈の意志は、いっしょう私を勇気づけてくれるだろう。それは、幾百年もの間 代々語り継がれるに値する、真の英雄的行為であった。
地下
ターミネーター
製造工場内の原子炉にセラプチック爆弾を仕掛け終えた、脱出行の最終局面……。
一人が残って援護しなければ、残存隊員の全て バーンズと、サクラと、私……が死ぬ、という極限状況だった……。
隊長のバーンズが残るという選択肢はあり得ない。
地上に通ずる排熱菅へと至る 途方もなく長いあのタラップを、片腕を失ったバーンズが自力で登れるはずはない。
そして、隊長の身体を抱えて登りきるだけの体力は、とうていサクラには、無い。
ほかに選択の余地はなかった……。
だとすれば それは、運命ということだろう……。
タラップの終わりまで後ほんの10ヤード……という時、下方で爆音が轟いた。間もなく登りきって下を振り返ると……
ギラついた暗赤色をなす 歪な円の中心に、サクラがうつ伏せになって倒れているのが見えた。そして……
その下半身には両脚がなかった……。
だが……そんな姿に成り果てても……彼女はまだ生きていた。そして、まだ闘っていた。ただでさえ小柄な彼女の 無惨にも
短くなったその身
に比べて やたらバカデカく見えるデザート・イーグル50
*
が、いまだ持ち前の凶暴な連射を放ち続けていたのだ。
……バーンズに促されなかったら、その左手で無理やり引っ張ってもらわなかったら、私はその場に釘付けになっていただろう。そして おそらく……サクラと命運を共にしていたに違いない。
私が今ここにあるのは、間違いなく二人のお陰である。
彼女はあの後すぐに殺されたはずだ
*。
万が一 あの窮境を生き延びたとしても、5分後に起こった原子炉の大爆発とともに逝った……逝ってしまった。
だが……なせか 彼女がまだ近くにいるような気がするのだ。
まちがいない……私はいま、彼女を感じることができる……。
民族の血を分けた我が同胞 サクラよ……おれの中に入ってくるがいい。
この身体の中でともに生き、一緒に 君の、おれたちの……否、みんなの願いを叶えよう。
*原注1 我が養母ブレア・ウィリアムスが愛用していたものと同型のオートマチック拳銃。 ちなみに、昨年 〔2029年〕 戦死した養母の愛銃は、今 わたしが肌身離さず持ち歩いている。結果的に死地となった敵地へと赴く日、彼女はそれをわたしに託したのである。 戻る
*原注2 弓の名手でもあったサクラは、銃弾が尽きたときなど 幾多の状況を想定して、左前腕に鍛鉄製の小型アーチェリーを、右大腿部には爆薬装填式の有翼矢を数本 装備していた 〔どちらも彼女の手製〕。このときの “事故” は、運悪く後者に被弾した結果 生じたものと思われる。 戻る
2009. 7. 7 続
* 当シリーズはオリジナル・フィクションです。手元にある限りの資料に基づいてはおりますが、映画に登場する人物たちに関する独自の設定を加えたり、執筆中に生じた妄想の赴くままに場面を展開させたりしたために、寡聞な筆者の与り知らぬ膨大な裏設定や、このさき公開されていくであろう第5作め以降の本元作品郡と、少なからぬ矛盾が生じる可能性が高いことはどうしても否めません。その点、どうか ご了承ください。