空想少年通信

素人物書きのつれづれブログ。

カエルくん(第8回短編小説の集い 参加作)

はじめに

短編小説の集い「のべらっくす」さんへの参加作です。通算四つ目。

今回のテーマは緑だそうです。オフコースの曲に「緑の日々」って言うのがありましたね。

novelcluster.hatenablog.jp

さて、今回は「カエルくん」。ふたりは友だち、とか、セサミストリートのカーミットとかいろいろ思いつくんですけど、カエル顔でカエル好きなカエルくんのなんてことはない話。3000字弱です。

では、続きを読むからどうぞ。

 「カエルくん」

カエルくんは顔がカエルに似ているからカエルくんと呼ばれている。
本人はアマガエルのつもりでいるが実際にはトノサマガエルくらいの感じだ。大きな体と大きな手足。大きな口は愛敬があるようにみえなくもないけれど。
身の回りのものもカエルのイラストが入っていたり、緑色のものが多かったりする。カエルくんはいつも白いポロシャツに濃い緑色のパンツ、緑色のかばんといういでたちで学校に来る。大きな講義室だけれど、カエルくんは目立つからどこにいるかすぐにわかる。
「あれ、カエルくん、なんか今日元気なくない?」
「ずっと晴れてるからね」
ほかの人が低気圧が来ると頭が痛くなるみたいに、カエルくんは晴れが続くと元気がなくなる。もうすぐ梅雨時期だというのに、この町は晴れてばかりでちっとも雨が降る気配がない。だから、カエルくんも元気がない。

そんなある日のこと。次の講義に出るのに、近道をしようと構内のバスケットコートのそばを通りかかった。ここは講義をサボったり暇をつぶす学生がいつもいて、コントロールの悪いボールがしょっちゅう飛んでくる。たまに建物のほうまで飛んでいってガラス窓を割りそうになる、なんてこともあったりした。
その日も2対2だか3対3だかのバスケをしている学生がいた。カエルくんがコートにさしかかったくらいの時に
「あ!」
という声がした。カエルくんはとっさに大きな手で飛んできたボールを遮った。視界の隅っこにいた誰かもかばった。
「あぶないじゃんか。気をつけなよ」
カエルくんは行動とは逆にのんびりとした声で注意をする。ボールは変なところに飛ばされていったようだった。
わりぃわりぃ。そういって彼らはカエルくんが遮ったボールを取りにいくと、また、なにもなかったみたいにバスケを再開した。
手のひらがじんじんする。
「大丈夫ですか?」
声のするほうをみた。ちっちゃくて、かわいい。
「あ、いや、その、大、丈夫です」
カエルくんは顔を真っ赤にする。あの、そっちこそ、大丈夫ですか。
「うん、大丈夫。ありがとう」
いつも緑色の服を着てる人ですよね。大講義室でもわりとすぐにわかります。そういわれて、カエルくんは慌てる。
「いや、その、なんていうか、はい」
慌てているうちに彼女はいなくなってしまった。カエルくんは彼女のいた場所をただただじっと見ているだけだ。もう一度会いたいな。そういう感情をもったことはもしかしたら初めてかもしれなかった。

それ以来、同じ場所を通ったり、大講義室にいたりするときは、あの時の彼女を探すようになった。
声をかけよう。でもなんて声かけたらいいんだろう。この前はどうも。これじゃ自分が助けてもらったみたいじゃないか。あれから大丈夫でしたか。なんかちょっと違う。ただでさえぼんやりとしていることが多いこの時期、カエルくんはさらにぼんやりとすることが増えた。
カエルくんは体は大きくても目立っている自覚がないから、きょろきょろしていても気づかれないと思っている。だけど、誰がどう見たって誰かを探しているふうにしか見えないのだから、カエルくんのことを知っている人たちはすぐにカエルくんが恋をしたことに気づいた。
だけどここで思い出してほしい。カエルくんはアマガエルくらいのつもりで入るけれど、誰がどう見たってトノサマガエルくらいの感じだ。大きな体と大きな手足。大きな口は愛敬があるかもしれないけれど、友人たちはちょっと分が悪いんじゃないか、と余計な心配をしてしまうくらいだった。
「カエルくんさ、探してる人ってどんな感じなの」
そう聞かれてカエルくんは手がかりをほとんど覚えていないことに気づく。ちっちゃくて、かわいい。あの時は白いシャツに紺色のスカートだった気がする。顔は……全然覚えていない。
「ぼくの服の色を知ってて、大講義室でもすぐわかるって言われたくらいかなあ」
要領の得ない答えに、友人たちはダメだこりゃ、と思ったに違いなかった。

「もしかしてさ、カーミットぶら下げてる子じゃないかな」
昼に友人たちとごはんを食べていると、突然そんな情報が耳に入ってくる。なにそれ。
「最近見かけるんだけどさ、かばんにカーミットのストラップつけてる女の子がいるんだよね。たぶんカエルくんと同じ講義取ってると思うんだけど。知らない?」
「初めて聞いた」
そんな物好きなひともいるんだなあ。カエルくんはその人のことを考える。どんなかばんかわからないけれど、歩くたびにカーミットが揺れるんだろう。想像しただけでなんだか愉快な気分になる。それと同時にあの時の彼女だったらいいのに、とも思う。いやそんなことはないのだけれど。
だけど、同じカエル好きとしては一度会ってみたいと思うことも事実なわけで、カエルくんはなんかぼんやりしてる場合じゃないんだな、と思ったのだった。

きょうもカエルくんは大講義室で講義を受ける。大きな体に大きな手、緑色の服に緑色のかばん。緑色の表紙のノートを使う。いつもは前の席は空いていることが多いのだけど、今日はそこに女の子が座った。かばんにはカーミットのぬいぐるみ。もしかしてこの前話に出ていたのはこの人なのではなかろうか。思いきって声をかけてみようか。でも違っていたら。でも。でも。
考えすぎて前に踏み出せないのはカエルくんの悪い癖だ。カエルなら、思いきって飛び出せばいいのに。
「あの」
カエルくんは思いきって声をかけてみる。カエル、好きなんですか。
急に声をかけられてびっくりしたように振り返る。あ、と声が出る。
「おはよう。カエルくん」
カエルくんはびっくりした。あの時の彼女、だ。あの時と同じで、ちっちゃくてかわいい。
「あのときの」
それっきりカエルくんはなにも言えなくなってしまった。なんて言っていいかわからなくなった、というのが正しいかもしれない。バスケットボールがぶつかるのを避けたあの時一回会ったっきりだ。顔だって覚えていないから探すことだって難しかったし、だから、こんなふうにもう一度会えるなんて思っていなかったのだ。
「カーミット、前もつけてましたっけ」
「あのあと買ったんです。なんかカエルくんのこと思い出しちゃって」
あ、いや、あはは。カエルくんは大きな口をぱかりと開けて笑う。恥ずかしいのをごまかすようでもある。声をかけてくれれば良かったのに。そうしたらぼく、講義室できょろきょろすることもなかったのになあ。そうつぶやくと、彼女はうん、そうなんだけど、と笑った。
「あの時逃げちゃったみたいになったから、なんだか悪いなって思って、」
声をかけるタイミングをなくしてしまって、それできっかけにしたくてカーミットをぶら下げることにしたのだという。その後の「一緒にいるような気がするから」という言葉がカエルくんに聞こえたかどうかはわからない。そばにいたカエルくんの友人たちは「こいつら高校生か」と悶えていたらしいけれど。

「きょうは元気そうだね。この前はちょっと元気なさそうだったけど」
「晴れてたからね。梅雨時期になるとこんなもんだよ」
あれ以来、カエルくんと彼女はふたり並んで講義を受けるようになった。突然彼女もちになってしまったカエルくんに友人たちはちょっとだけ嫉妬しているらしい。ちっちゃくてかわいい彼女のことを「親指姫」と呼ぶようになったのは、また別の話だ。