新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

『ソードアート・オンライン』は、「新しい技術がどのようにして社会を変えてゆくのか」という人類の進歩に関わる根源的なテーマを扱った作品

『ソードアート・オンライン』を読んでいる時のワクワク感は半端ない。この小説って本来は仮想空間におけるバトル物・ラブコメに分類されるんだろうけど、私はこの作品を、新しい技術や新しい世界に対して、人類がそれとどのように向き合い社会を変えていったのか、という観点から読み進めることが出来ると思う。

特に、SAO第1巻のアインクラッドを一層一層攻略していくという世界観は、大航海時代や米ソの宇宙開発競争の歴史について調べている時に感じた高揚感を思い出させる。何と言えば良いのだろう。読み進めるにつれて「人類の知っている世界」が広がってゆくあの感覚って、凄くワクワクする。

ヴァスコ・ダ・ガマのインド洋航路開拓、コロンブスのアメリカ大陸発見、マゼランの世界一周などに代表される大航海時代の業績、そして、南極大陸の発見と探検、飛行機の発明、エベレストへの初登頂といった具合に、これまで手の届かなかった世界に果敢に挑戦してきた人類は、20世紀後半になり、ついに宇宙に進出する。この宇宙開発競争の歴史っていうのが、また実に面白くて、まさに「事実は小説よりも奇なり」とはこういうのを言うんだろう。まだ安全性が確立されてない頃の有人飛行は、本当に「命がけ」のミッションで、ハラハラドキドキの連続なんですね。実際に、米ソとも、何人もの宇宙飛行士が亡くなっている。でも、そういった犠牲の中で得られた知見を元にして、ロケットを安全に打ち上げ、安全に宇宙飛行士を帰還させる方法が少しずつ確立されてゆく。

アインクラッド攻略の行程もまた同じだと思う。はじめはモンスターに対して全く歯が立たず、犠牲者が続出していたのが、次第に効率の良い方法が発見されて、どんどん攻略が進んで行く。どんな事でもそうですが、はじめのうちは本当に「何が起こるか分からない」「やってみないと分からない」という手探りの状態が続いて、何度も何度も失敗を繰り返すんだけど、こうして得られた経験知を利用して少しずつ上手くいく方法が見つかって、未知の世界への扉が開かれてゆく。こういった「未知への挑戦」に関する人々のドラマというのは、いつの時代でも人を魅了する。

2巻以降の物語についても、新しい技術がどのようにして社会に受け入れられ、社会を変えてゆくのか、という観点から読むと面白い。革新的な新技術というものは、人々の価値観や生命観、倫理観ですら変えてしまうほどの力があるがゆえに、従来の社会様式と様々な軋轢を生む可能性がある。そういう問題点を克服するためには、技術のさらなる進歩や、新しい社会のルール作りが必要となる。

例えばプロ野球というものについて言えば、選手やファンにとって公平で魅力的な制度になるように何十年も議論が続けられた結果、ドラフトやFAといった制度が生まれ、プロ野球は進化してきたわけだ。このように、より良いルールに変えて行くという作業には膨大な時間がかかる場合も多いんだけど、中には、恐ろしいほど速いスピードで新しいルールが作られてゆく場合がある。例えば通信技術やそれに関連するルール作りについて言えば、電話・無線の発明から携帯電話・インターネットの拡充に至るまで、極めて早いスピードで技術革新とルール作りが進み、それによって社会は短時間で大きく変化したと言える。遠くの人に早く正確に情報を伝えるという事に対する、人類の飽くなき執念がそこにはある。

仮想空間に行ってみたい、仮想空間で現実では出来ないことをしてみたい、という願望は誰しもが持っていることだと思う。だからこそ、作中ではバーチャル・リアリティ技術が物凄いスピードで普及して行く。確かにSAO事件のように、仮想空間がもたらす弊害は多いだろうけれども、それを補って余りあるほどの魅力がそこにはある。その弊害も、経験知を集約してさらなる技術が開発されることで、少しずつ無くなってゆく。仮想空間を安全かつ魅力的に利用するための様々なルールが生まれ、社会は変わってゆく。こういった営みも、人類が新しい技術を生み出す度に常に繰り返してきたことなのだろう。

現実の世界だってそうだ。例えば、かつて日本でプロ野球が始まったばかりの頃は、まだ「金を貰って野球をするなんて卑しい」という風潮が強かったらしい。それが今では、全国各地で多くのファンを魅了する一大エンターテイメントになっている。このように、新しい技術や文化は最初はなかなか受け入れられないものだ。それでも、それを運用していくうちに問題点が洗い出され、それを克服する新技術や新しいルールが生まれてゆく。そしていつしか、新しい技術は人々に受け入れられ、それが生活に欠かせないものとなってゆく。それは時として、人々の価値観や倫理観すらも変えてしまう。

『ソードアート・オンライン』の作者は一貫して「仮想空間」とは何かというテーマに挑んできた。SAOのような世界が本当に実現される日が来るのかは分からないが、ただ一つ言えるのは、この技術は間違いなく人類の生活や価値観を変え得る力を持つということだ。SAOのような世界が実現する日は来るのだろうか。そして、もしそれが実現した時、人類はそれとどう向き合い、社会はどう変わってゆくのだろうか。