山口百恵
SONY/MHBL 117(DVD)
1980年と言いますから、今から
30年近くも前のコンサートのライブビデオです。もちろん、今までさまざまなフォーマットで出ていたものなのですが、
DVDになってからの何回目かのリリースがつい最近のことだったので、ちゃっかり「おやぢ」の仲間入りです。
山口百恵が引退したのはついこの間のことのように思っていましたが、あれからもう
30年も経っていたのですね。その年月がいかに長いものであるかは、この
DVDに収録されているコンサートの機材などを確認するだけで分かることでしょう。武道館という広い場所で行われたにしては、ステージの規模はいかにもこぢんまりとした感じです。オーロラビジョンもありませんから、客席には大きな双眼鏡を持った人がたくさんいますね。
PAの機材も、マイクはワイヤード、もちろんイヤモニターなんかもありません。ですから、当然フォールドアウトのモニタースピーカーがあるはずなのですが、ステージにはそれらしい突起物は見当たりません。と思っていると、ステージ上から客席をとらえたカメラで、歌手のすぐ前のステージに穴が空いているのが見えました。うん、こんな工夫が当時はあったのですね。
さらに、バックバンドもストリングスまで入った大人数、いわゆる「演歌」スタイルでちゃんと指揮者もいます。その指揮者が、なんとコンサートアレンジを担当した服部克久というのですから、なんとも豪華なものです。
もう一つ、この中で歌われていた「謝肉祭」という曲の歌詞の中に「ジプシー」という「差別用語」がある、ということから、ある時期この
DVDの中からその曲が削除されていたことがある、ということがブックレットに述べられているのにも、「歴史」を感じさせられます。もちろん、今ではそのような行きすぎた「配慮」に対しては逆に批判的な風潮となっているために、ここでは元通り復活されています。帯の「完全オリジナル版」という表記は、そのような経緯を物語っているのです。
この、引退へ向けてのファイナルコンサートは、まさに周到な準備を経て開催されました。コンサートのオープニングで歌われ、直後にリリースされたラストアルバム(もちろん、
LPです)に収録された「
This is my trial」という
6/8のビートに乗った谷村新司の曲こそは、そんな周到さを象徴するものでしょう。なにしろ、歌詞の最後が「私のゴールは、数え切れない人達の胸じゃない」という、まさにファンに対しての決定的な絶縁のフレーズなのですからね。おそらく、谷村と、そして百恵のプランでは、最後は「胸じゃない?」という肯定の意味に取られることも計算していたのではないでしょうか(現に、そのように解釈していた人を知っています)。
熟れきった果実のように、まさに稔りの濃厚な味すらたたえた百恵の歌は、ひょっとしたら非の打ち所がないのでは、と思わせられるほどの高い完成度を見せています。2時間を超えるコンサートを一人で歌いきるという、「アイドル」には高いハードルを、彼女はものの見事にクリアしています。最後まできちんとコントロールされた声を聴かせてくれているのはまさに感動的です。それと同時に、歌の区切りで入る
MCも、ステージの流れ、さらには引退への流れを明確に解き明かす確かなメッセージとなっています。いや、これはまさにMCまでもきちんと構成された「ショー」の一部として、細部にまで練り上げられた台本にしたがって「演じて」いた結果なのでしょう。
そう、この「ショー」は、トップアイドルが一切の芸能活動をやめて一般人に戻るための、壮大な「儀式」だったのです。これだけ入念なセレモニーが執り行われたからこそ、百恵はその後の人生を「一般人」として全うするという「奇跡」を成し遂げることが出来たのでしょう。豊かな胸はそのままに(それは「
トップレスアイドル」)。
それにしても、この「儀式」の主人公がまだ
21歳の少女だったとは。
DVD Artwork © Sony Music Direct(Japan) Inc.