米田の補題
米田の補題(よねだのほだい、英: Yoneda lemma)とは、小さなhom集合をもつ圏 C について、共変あるいは反変hom関手 hom(A , _), hom(_, A) から集合値関手 F への自然変換と、値となる集合 F(A) の要素との間に一対一対応が存在するという定理である。「米田の補題」という名称は、米田信夫に因んでソーンダース・マックレーンにより名付けられた[1][2][3]。その主張は、マックレーンによれば、米田の仕事に早くから現れていたという[4]。ただし、エミリー・リールによれば、この補題が初めて (明示的に) 論文に登場したのは Grothendieck (1960) である[5]。
米田の補題は、普遍性という概念の根幹に関わる重要な補題であり、また、圏論において「間違いなく最も重要な結果である」[6]「もしかしたら最も利用されているただ1つの結果かもしれない」[7]と言われている。
概要
編集主張の内容
編集C を局所的に小さい(locally small)圏とする。すなわち C の各対象 A, B に対して hom(A, B) は集合であるとする。対象 A を固定するとき、共変hom関手 HA = hom(A, _) : C → Set は対象 X に対して、集合 hom(A, X) を割り当て、射 f : X → Y に対して写像 hom(A, f) = f ◦ (_) : hom(A, X) → hom(A, Y) を割り当てる関手であった。さらに、 F : C → Set を集合値関手とし、HA から F へのすべての自然変換のクラス Nat(HA, F) について考える。
このとき、米田写像(Yoneda map)と呼ばれる全単射 が存在し、この同型は A ∈ C と F ∈ SetC について自然である、という主張が米田の補題である。また、F が反変関手 Cop → Set である場合も、反変hom関手 HA = hom(_, A) との間に という全単射が存在して、これは A と F について自然となる。このことはどちらも米田の補題と呼ばれる。
米田写像の対応
編集関手 F は共変 (C → Set) とする。このとき、共変hom関手 HA = hom(A, _) から F への自然変換 τ : HA ⇒ F は、任意の C の射 f : X → Y に対して が定義から成り立つ。いま、f : A → Y の場合に、A での恒等射 idA がどのように写るかを追うことで、等式 を得る。ここから、自然変換 τ : HA ⇒ F の情報は から全て得られることがわかる。
証明
編集米田写像 y を、自然変換 τ に対して で定める。y が全単射であることを示す。
単射性:a ∊ F(A) に対して、自然変換 τ : HA ⇒ F が存在して y(τ) = a であったとする。このとき、任意の射 f : A → Y に対して τ は を満たす。これにより τ の全てのコンポーネントが一意に定まる、すなわちそのような τ は一意に定まるため、y は単射である。
全射性:a ∊ F(A) を任意に固定する。C の対象 X それぞれに対して、写像 τX : hom(A, X) → F(X) を で定める。このとき、f : X → Y と g : A → X に対して が成り立つことから、τX はある自然変換 τ : HA ⇒ F のコンポーネントである。定義から τA(idA) = a であるため y(τ) = a が成り立つ。すなわち y は全射である。
補題の帰結
編集普遍性
編集集合値関手 F : C → Set が、ある HA = hom(A, _) と自然同型であるとき、F を表現可能関手 (representable functor) といい、A は F の表現対象 (representing object) あるいは単に F の表現という。F が表現可能関手であるとき、米田の補題の帰結として次の主張が成り立つ。
定理 (Leinster 2014, Corollary 4.3.3) ― 圏 C が局所的に小さく、関手 F : C → Set は表現可能とする。このとき、F の表現は以下の条件が成り立つような C の対象 A と u ∈ F(A) の組によって構成される。
- 任意の B ∈ C と x ∈ F(B) の組に対して、C の射 x : A → B がただ1つ存在して、Fx(u) = x が成り立つ。
逆に、上記定理の条件を満たす A と u ∈ F(A) の組を F の普遍要素 (universal element) と呼ぶ。より一般に、関手 F : C → D と d ∈ D に対して、d の F への普遍性 (universality) とは、A ∈ C と D の射 u : d → FA の組であって、任意の B ∈ C と D の射 x : d → FB に対して、C の射 x : A → B がただ1つ存在して、Fx ◦ u = x が成り立つことを言う。
普遍要素の性質は一点集合からの普遍性と言えて、普遍性は D(d, F_) : C → Set の普遍要素として表現できるため、普遍性・普遍要素・表現可能関手はそれぞれ互いの概念を包含する[8]。
米田埋め込み
編集米田写像の自然性から、対象 A ∈ C に関手 HA = hom(A, _)、あるいは HA = hom(_, A) を割り当てる操作は、関手
を構成する。米田の補題から であるため、H• (H•) は忠実充満であることが言える。このことから、H• (H•) を米田埋め込み (Yoneda embedding) とも呼ぶ。米田埋め込みは Y [9]や よ [10][11]などの記号によって表されることもある。
関手 F : C → Set に対して、F の「要素の圏」(category of elements) El A とは、X ∊ C、x ∈ FX の組とその関係を保つ C の射からなる圏 (すなわち、米田埋め込み YC: Cop → SetC を用いたコンマ圏 YC ↓ F) のことである。El A から C の情報を取り出す関手を ΦF : El F → Cop と表すとき、F は YC ◦ ΦF : El F → SetC の余極限 (と同型) である[12]。つまり、任意の集合値関手は表現可能関手による余極限として表される。
前層の部分対象分類子
編集有限の極限を持つ圏 C 上の前層(英語: presheaf)とは C からの反変関手 P : Cop → Set のことであり、このとき前層の圏を = SetCop で表す。圏 の部分対象分類子(英語: subobject classifier)とは、(存在するならば) の対象 Ω とモノ射 true : 1 → Ω (1は終対象) であって、任意のモノ射 j : U → X に対して、χj ◦ j = true かつその可換図式が引き戻しとなるような がただ1つ存在するようなものを言う。
前層の圏 への米田埋め込みを Y: C → SetCop で表すとする。いま、 に部分対象分類子 Ω : Cop → Set が存在するならば、特に YC = HomC(_, C) (C ∈ C) について が成り立つ (右の同型が米田の補題から従う)。部分対象分類子の定義から、左辺の集合は YC の部分対象の集合と互いに1対1対応する。従って、等式全体が C について自然であることから、 は必ず部分対象分類子を持ち、それは表現可能な前層 YC の部分対象を調べればよいことがわかる[13]。
豊穣圏での補題
編集豊穣圏とは、通常の圏におけるhom集合 (すなわち対象の間の射の集合) の代わりに、順序集合、加法群、その他の対象 (一般には、あるモノイダル圏 V の対象として記述される) を割り当てるような一般化した構造であり、例えばこの意味で通常の圏は Set-豊穣圏、2-圏は Cat-豊穣圏と言える。豊穣圏の理論では、V の条件によって (具体的には完備かどうかによって) 米田の補題は強いものと弱いものに分けられる。
(弱い) 米田の補題 (Kelly 2005, p. 21, §1.9) ― 圏 V は対称モノイダル閉、A は V-豊穣圏で K はその対象、F : A → V は V-関手とする。このとき、A(K, _) から F への V-自然変換の集合と、圏 V における I (モノイダル積の単位対象) から FK への射の集合の間には全単射が存在する。
(強い) 米田の補題 (Kelly 2005, pp. 33–34, §2.4) ― 圏 V は対称モノイダル閉かつ完備とする。このとき、V-関手 F : A → V と K ∈ A について、次の同型が V に存在する。
ただし豊穣圏の理論において「関手圏」[A, V] のhom対象 [A, V](A(K, _), F) にあたるものは、関手 V(A(K, _), F_) のエンドである。
脚注
編集- ^ Kinoshita 1996
- ^ Kinoshita 1998
- ^ MacLane 1998a
- ^ Mac Lane 1998, p. 77
- ^ Riehl 2016, p. 57
- ^ Riehl 2016, p. 50
- ^ Awodey 2010, p. 191
- ^ Mac Lane 1998, pp. 57–61
- ^ Mac Lane (1998) など。
- ^ Johnson-Freyd, Theo; Scheimbauer, Claudia (2017-02-05). “(Op)lax natural transformations, twisted quantum field theories, and “even higher” Morita categories” (英語). Advances in Mathematics 307: 147–223. arXiv:1502.06526. doi:10.1016/j.aim.2016.11.014. ISSN 0001-8708 .
- ^ Loregian, Fosco (2021). (Co)end Calculus. Cambridge: Cambridge University Press. arXiv:1501.02503. doi:10.1017/9781108778657. ISBN 978-1-108-74612-0 2022年10月1日閲覧。
- ^ Adámek, Rosický & Vitale 2010, p. 8, §0.14
- ^ Mac Lane & Moerdijk 1992, pp. 37–39
参考文献
編集- Adámek, J.; Rosický, J.; Vitale, E. M. (2010). Algebraic Theories. Cambridge University Press. doi:10.1017/CBO9780511760754. ISBN 9780511760754
- Awodey, Steve (2010). Category Theory. Oxford Logic Guides. Oxford University Press. ISBN 9780199237180
- Bucur, I.; Deleanu, A. (1968). Introduction to the theory of categories and functors. Wiley. ISBN 047011651X
- Grothendieck, A. (1958-1960), Technique de descente et théorèmes d'existence en géométrie algébriques. II. Le théorème d'existence en théorie formelle des modules.
- Kelly, G. M. (1982) (英語). Basic concepts of Enriched Category Theory. Lecture Notes in Mathematics. 64. Cambridge University Press. ISBN 978-0-521-28702-9
- (再版) Kelly, G. M. (2005). “Basic Concepts of Enriched Category Theory”. Reprints in Theory and Applications of Categories 10: 1–136 2022年9月25日閲覧。.
- Kinoshita, Yoshiki (1996年4月23日) (英語), Prof. Nobuo Yoneda passed away, Wikidata Q106653302
- Kinoshita, Yoshiki (1998年1月), “Nobuo Yoneda” (英語), Mathematica Japonicae 47 (1): 155, ISSN 0025-5513, Wikidata Q106653378
- Leinster, Tom (2014). Basic category theory. Cambridge: Cambridge University Press. arXiv:1612.09375. ISBN 978-1-107-36006-8. OCLC 886649936
- Mac Lane, S. (1998). Categories for the Working Mathematician. Graduate Texts in Mathematics. 5 (2nd ed.). Springer-Verlag. ISBN 0-387-98403-8 邦訳:『圏論の基礎』
- MacLane, Saunders (1998年1月), “The Yoneda Lemma” (英語), Mathematica Japonicae 47 (1): 156, ISSN 0025-5513, Wikidata Q106653429
- Mac Lane, Saunders; Moerdijk, Ieke (1992). Sheaves in Geometry and Logic : A First Introduction to Topos Theory. Springer New York. doi:10.1007/978-1-4612-0927-0. ISBN 978-0-387-97710-2. OCLC 828776278
- Riehl, Emily (2016) (pdf). Category Theory in Context. Aurora; Modern Math Originals. Dover Publications. ISBN 9780486809038 2022年9月22日閲覧。