情報学 | 2008/03/24
英語のinformationは、「知らされたもの→知識、考え→情報」というような語源を持つ語ですが、これにはさらに大きく二つの由来が考えられるようです。
一つは、現代の英語に残っているinform=知らせるという語に由来する語源です。Oxford English Dictionary(OED)には1387年の文献からの引用として、「5冊の本が、人々のinformationのために、天国から降りてくる」というものがあります。この用法は、OEDで「知らせるということ」あるいは、教育や訓練において「心に何かを形作ること」という意味に分類されています。informationの語根となる動詞、informもほぼ同様で、「心に形を与える、訓練する、教える」と言った意味であり、OEDには「その男は賢かったので、王のところに言って、informしようとした(1330)」という用例が記されています。
さて、このinformは「何かに形を与える、何かの考えを形作る」という意味のラテン語の単語"infomare"に由来するわけですが、これがもう一つの由来と関係しています。ラテン語には、「概念や考え」を意味する"informatio"という語があるからです。実は、こちらの方が、現代におけるinformationの意味に近いと考えることもできます。
つまり、現代的な意味でのinformationは、英語のinform由来と、ラテン語のinformatio由来の両方が考えられるわけです。
一般には、前者の"inform"由来という説が強調されますが、実際問題、この両者を区別するのはあまり意味がないのではないかと思います。というのも、ニュートン(1643-1727)ですらラテン語で論文を書いていたことからも分かるように、この時代のラテン語は、ヨーロッパの学問の共通言語という側面の強いものだったからです。ラテン語文化圏の「時代の雰囲気」の中で、現代にもつながるinformationの用法が生まれてきたと考える方が正しいのではないでしょうか。
ここで、語の由来に関して、「直線的な系譜を取って変化していく」ものとして理解する考え方と、「コミュニケーションの全体の中で語の意味が生まれてくる」と理解する考え方の、2つの考え方があることが分かります。前者の考え方からすると、informationの由来が、informなのか、informatioなのかということが問題になるわけですが、後者の考え方からすれば、この両者の違いは問題になりません。「ラテン語文化圏のコミュニケーション」の全体の中で、informationの用法が生まれてきたと考えれば良いからです。
情報学では、コミュニケーションの全体が作るシステムを「社会システム」と呼び、その中で、言葉や情報がダイナミックに変化していく状況について考察します。informationという語の由来についての議論は、そのまま「情報学的」な問題として理解できるわけです。この例で言えば、「ラテン語文化圏のコミュニケーション」の全体を作るのが、「社会システム」であり、「ラテン語文化圏のコミュニケーションシステム」とでも呼ぶことができます。そのシステムの中で、infomationという語が生まれたと考えれば良いのです。さらに、informationという英語の単語がもとになり、20世紀後半における、「英語文化圏のコミュニケーションシステム」の中で、現代において用いられる「パターンとしての情報」という意味や、informatics(情報学)という単語が生まれてきたということも、情報学的に理解することができるでしょう。
語源を考えるときに、その言葉を話す人々のつながり(コミュニケーション・システム)を考えるのは、決して情報学の専売特許ではなく、これに近い考え方は言語学でも見られます。むしろ、「直線的な系譜を取って変化する」と考える見方は、言語学の世界でも時代遅れとも言えるものです。ただ、語源とシステムの関係は、情報学的な考え方を理解する上での良い例にはなっているのではないかと思います。
まぁ、「情報学(informatics)という語の語源をもとに、情報学について説明する」となると、無駄に話が複雑になるわけですが、これはこれで茶目っ気があっておもしろいと思うのは、自分だけでしょうか。
○参考記事
informationの語源
http://www.komazawa-u.ac.jp/~kobamasa/reference/words/inf_orign.htm
○補足
このタイトルを見て、古代ギリシャ語のeidos(質料)=form(ラテン語)と、informationの関係について期待した人もいたかもしれません。ただ、残念ながら、語源的に言うと、この両者にはかなり隔たりがあるようです。ちなみに、アリストテレスの「質料/形相」とウィナーの「物質-エネルギー/情報」を対応付ける見方は、吉田民人「自己組織性の情報科学―エヴォルーショニストのウィナー的自然観(link)」pp.191-192などに見られます(該当箇所の発表は1967年)。
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eidos(質料)とありますが、eidosは形相です。