いい仕事をするには何がいい仕事なのかを自分でわかっていなくてはならない。
そして、自分たちがつくったものを他人に好きになってもらうには、何よりまず自分が何が好きかということを深く理解していなければならないのだと思います。
「自分をつくる」ということは、1つには、自分の「好き=数奇」をつくるということだと考えます。
好みを知ることはものづくりに関わる人にはとても重要なこと
好みのなんたるかを知らないデザイナーに、客の好みにあったものをつくる力はありません。好むということがどういうことかを、自分自身の好みによって知っている人だけが、他の人の好みについても想像できるのではないかと思います。味の違いが分からなければ、繊細な味の違いをつくりわけることができません。自分自身の好みの基準をわかっていなければ、他人の好みとの距離感もつかみきれず、相手の好みを察することもできないでしょう。先に「無駄を省き、かつ必要を際立たせる「最小限のデザイン」」というエントリーで、やたらと機能や装飾を増やすのではなく、必要最小限のものだけを残してデザインすることが大事だと書きました。好みに関しての理解がデザイナーが何が本当に必要かを決める手助けをしてくれるはずです。
また、それは僕らのようにコンテキスチュアル・インクワイアリーのようなユーザー調査を行う際のセンスやスキルにも影響します。自分自身があるものを何故利用するのか、好むのかをちゃんと考えたりしたことがない人には、まともな質問や観察ができないし、記録も薄っぺらなものになってしまうからです。自分が気にしていないことを他人に質問することはできないし、相手の行動をみてもそれが何を意味するかに気づくことはできないでしょう。
それほど、ものづくりに関わる人にとって、好みを知るということは大切なことだと思います。
自分の好みをつくるために普段どう生きているのか
子供の頃、どこでどう育ってきたか、何をして過ごしてきたのかが人の好みに大きく影響することはまず間違いないでしょう。でも、子供の頃の体験だけで好みができているかというとそんなことはないはずです。子供の頃、自分でほとんどコントロールできずにしてきた体験だけでなく、大人になってからのある程度は自分で自分の体験をコントロールできるようになってからの体験もまた好みをつくる重要な要素だと思います。
であれば、好みをつくるという意味においては、自分で自分の体験をコントロールできない子供時代よりも、自分自身で自分の体験を選択できるようになってからの大人になってからの体験こそを重視すべきだろうと思います。
つまり、自分の好みをつくるために普段どう生きているのかということです。
自分の「好き=数奇」をつくる3つのポイント
そう。自分の好みをつくりあげるためには、ただぼんやりと日々を過ごしていたのではダメです。すくなくとも大量生産の品質にバラつきのない商品、オーダーメイドではなくすでに出来上がったものの中から選ぶ購買行動が主流の現在にあっては、かなり意識的に自身の消費生活をおくらなければ、好みをつくっていくことはむずかしいと思います。
では、自分の好みをつくっていくためには、どのようなことを心がけ行動すればよいか。
- 多くのモノ・情報に触れる
- なぜ好きかを考え、外化する
- 好きになることに臆病にならない
この3つが自分の好みを磨いていくためのポイントだと僕は考えます。あくまで自分の経験からそう感じる3つですので、これだけが必要なポイントではないかもしれません。他にも方法はあるでしょう。
ただ、僕自身は振り返って考えるとこの3つで自分の好みを磨いてきたんだろうなと思うわけです。
では、1つ1つ説明してみます。
1.多くのモノ・情報に触れる
好みをつくるのは何より多くのものを体験することだと思います。もちろん、数さえこなせばいいわけではなく、体験するものの選択も意識して行う必要はあるでしょう。ただし、最初から頑なに「これが自分の好みだ」と決め付けて、ほかのものを試そうとしないのはよくないと思います。本当にそれが自分の好みだったとしても、どこが自分の好みなのかをちゃんと理解することができにくいし、実際、ほかのものを試したらそっちのほうが好みだったということもあるはずです。
多くのものの触れるには、多くの情報に触れることも大事です。
自分の好みをよく知っている人は、情報リテラシーが高く、効率的にうまく情報収集を行っている傾向があります。待ちの姿勢で誰かから情報を教えてもらうのを待つだけでなく、積極的に自分が気になる情報を求める人のほうが自身の好みにあったものを手に入れる可能性が高い。
そういう人は何から情報を得るかに関しても、自分が好む情報源をもっていて、それがネットだったり雑誌だったり本だったりテレビだったりしても、とにかく自分自身にあった利用の仕方をしています。
ものに触れるにしても、情報収集を行うにしても、自分の意思で動ける人のほうがやっぱり自分の好みをつくるのにも長けているという印象があります。
流行ってるから、みんながいいというからというだけで商品を選んでしまうのではなく、自分で試して探して、まだ評価が確定していないものにも興味を示し、その中で自分にあったものを見つけていくことが大事なんだろうと思います。
もちろん、それはネット上のレビューなど、他人の意見を参考にしないということではなくて、そうした情報も大いに参照しつつ、最後は自分自身の感覚で判断することができるということだと思います。
2.なぜ好きかを考え、外化する
次に大事なのは「なぜ好きかを考え、外化する」ことです。外化とは、こちらに詳しい説明がありますが、認知科学の用語で、自分の考えや言葉や文章、図にして、他の人に伝えるようにする過程を示す言葉です。
その意味でブログで、自分が好きな商品のレビューを書くのも外化です。何がよかったのか、どこが自分の好みかを考え、他人にも伝わるように文章化する。そのことであらためて自分の好みを再認識することになります。
もちろん、ブログに書くことだけが外化ではありません。
夕食に何が食べたいかをはっきりと相手にわかるように伝えることも、お店でどんなものを探しているかを店員に伝えることも外化です。
その意味では先の情報収集のうまさも、何を求めているかを検索キーワードなどの形での外化することができるかどうかということに関わっています。
その意味で何かしらの商品をオーダーメイドでつくってもらう際に「注文をつける」というのは何より好みを外化する機会だといえるでしょう。
注文をつけること。つまり、それはアートディレクション、クリエイティブディレクションをすることにほかなりません。ディレクションし間違えば、欲しいものが手に入らないのがオーダーメイドの世界なのでしょう。好みを鍛える上では絶好の訓練の場がたくさんあったのではないでしょうか。
しかし、先にも書いたように現在は大量生産のレディメイドの時代です。自分の好みの商品をオーダーメイドする機会など、ほとんどありません。
ただ、レディメイドの商品も、商品としては既製でも、それが実際にそれぞれの人が使う上では完成しているわけでは必ずしもないでしょう。食材は買った後に料理しますし、家具などは自分の部屋にどう置くかを考えます。デニムなどは味出しを楽しみますし、本などはどう読むかによってはじめて完成するものではないでしょうか。
そして、それらを自分の好みのものに仕立てるのには、オーダーメイドで注文をつけるのと同じように、もの自体に対してどう接するのかという外化の行為をともないます。買って終わりと思って、何の工夫もせずにただ使うだけでは、好みを磨くことにはつながらないのかもしれませんね。
3.好きになることに臆病にならない
最後は、いかなる場合でも「好きになることに臆病にならない」ことだと思います。「いかなる場合でも」というのは、これまでの好みを捨てなくてはいけない際にでも、という意味で。好みとは決してずっと同じものではないと僕は思っています。いろんな体験をし、歳を重ねるにつれ、好みもまた変わっていくのだと思います。
むしろ、そういう自分の変化に気づかないで、ずっと同じものを好きだと思うことのほうが、その人の感性を疑います。
あるいは、最初の「多くのモノ・情報に触れる」ということとの関連では、気になるものへの投資を怠るのは、経験を重ねる機会を減らしてしまうことだということに意識的でないといけません。時間やお金、労力など、自分の貴重なリソースを賭けた経験こそが、好みを磨くのには必要なものです。リソースを無駄遣いするのはもちろんよくありませんが、必要以上にリソースを大事にしすぎてしまうのも同じようによくないことだと思います。
特に、時間は使わなくても使っても結局失われていくリソースです。臆病になって何もせずに終わるよりは、積極的に使っていくしかないものです。迷ってるくらいなら、試してみることだと思います。
さて、自分の好みを磨くというのは、自分の感覚、考え方を磨くことにほかなりません。
自分の「好き=数奇」をつくりあげていくということは、そのような意味で自分の一部をつくっていることなのだと思います。
意識的な体験を積み重ねようとせず、子供のままのセンスでなにかまともな仕事をしようなんて、まったくどうかしているのです。
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