2009年 11月 07日
ミアシャイマーの「アフガニスタン=ベトナム」論 |
今日のイギリス南部は朝からずっと曇り空でしたが、久々に少し暖かめの気温でけっこう快適に過ごせました。
実は午後になってから買い物のためにロンドンに行ってきまして、そのついでにロンドン大学のC教授の授業を受けてきました。
先生の講義は相変わらず強烈なジョークを交えた刺激的なものだったのですが、今年はかなり時事ネタを豊富に取り入れており、特に今回はソマリアやアフガニスタンの話題が。
この授業の内容についての詳しい話はまたそのうち書きます。
さて、今日は久々に大御所ミアシャイマーの意見を。
彼は一連のネオコン批判から始まった「イスラエル・ロビー」騒動でおわかりの通り、アメリカの中東政策に批判的な立場を貫いているわけですが、今回はアフガニスタンの「ベトナム化」について意見を書いておりました。
この人も相変わらず刺激的なものの書き方をするのですが、今回は自分の理論(オフェンシブ・リアリズム)と一部矛盾するようなことも書いており、なかなか興味深い。
それではいつものようにポイント・フォームで。
====
Hollow Victory
by John Mearsheimer
●アメリカの共和党の人々の間で信じられているのは、
―「アメリカはベトナム戦争の初期には苦戦していたが、一九七〇年代に入ると勝利の目前までいった」
―「ところが民主党が反戦運動に屈してしまい、彼らがフォード(共和党)政権に南ベトナムへの援助を全て打ち切るように圧力をかけたために、一九七五年に北ベトナムに負けた」
●というものだ。
●「共和党史観」によると、この決断がベトナム戦争に負けた決定的なものであることになる。
●最近ではベトナムからどの教訓がアフガニスタンに活かせるのかという議論が盛んに行われている。
●そして共和党は、また無能な民主党が変な決断をするおかげで負けるのじゃないかとヒヤヒヤしているのだ。
●彼らはたしかに今までの八年間失敗していることを認めているが、今回は優秀なマクリスタル将軍が登場したから間違いないと思っている。
●ところが問題はマクリスタルが戦略を実行するアフガニスタンにあるのではなくて、アメリカ国内にあるのだ。
●なぜならアメリカの議会とホワイトハウスは、マクリスタルの要望にはあまり熱心ではない民主党によって支配されているからだ。
●ところが以上のような共和党側の言い分には二つの大きな間違いがある。
●まず一つ目は、1970年代初期にはアメリカは勝利の目前まで行っていない。
●当時の南ベトナムは自立できるような状態ではなかったし、アメリカの強力なエアパワーなしでは何もできなかったからだ。これでは「勝利目前」とは言えない。
●これはアフガニスタンでも一緒で、アメリカはタリバンを決定的に倒すことはできないし、無力なカルザイ政府のおかげで永遠に彼らを支援しつづけなければならないことになっている。
●しかしベトナムとアフガニスタンで勝利できたとしても、二つ目の重要な間違いがある。それは「勝利は何も生み出さない」という事実だ。
●一九七五年のサイゴン陥落でアメリカはたしかにベトナム戦争に負けたのだが、これは当時のアメリカの世界におけるバランス・オブ・パワーのポジションを変化させたわけではない。
●ドミノ理論もベトナムがカンボジアや中国と戦争をすぐ開始したことによって嘘であることが証明されてしまった。
●さらに重要なのは、アメリカはベトナムに負けてもソ連との競争にはほとんど影響がなく、逆にソ連がサイゴン陥落の14年後に崩壊したほどだ。
●アメリカにとっての本当の悲劇は、その戦争に「負けた」ことにあるのではなく、そもそもそれに「関わってしまった」ことにあるのだ。
●1965年から1975年までアメリカ軍に従軍した人間の口からはなんとも言いがたいことなのだが、やはりこの当時の反戦運動は正しかったのだ。なぜなら北ベトナムが南に侵攻して統一しようと、アメリカのポジションにはまったく影響がなかったからだ。
●つまり5万8千人のアメリカ兵と2百万人のベトナム人は不要で馬鹿げた戦争のために死んだことになる。
●これと同じことは、今日のアフガニスタンにも言える。
●マクリスタルと共和党の人間たちは、タリバンが勝利したらアルカイダに活動拠点を与えてしまい、これが次の9/11事件につながってしまうので増派が必要だと主張している。
●しかしこの議論の大きな間違いは、アルカイダは隣のパキスタンに隠れているので、そもそもアフガニスタンで何が起ころうと関係ないという点だ。
●マクリスタルの戦略作成を手伝ったCFRのスティーヴン・ビドゥルは最近上院の外交委員会で、パキスタンのほうが遥かに重要だと発言している。
●これはつまりアフガニスタンは全く関係ないということだ。ベトナムの時と同じように、アフガニスタンで勝利するかどうかはアメリカにとってそもそも関係のないことであることがこれでよくわかる。
●よって、アメリカはあっさり負けを認めてアフガニスタンから撤退するべきなのだ。
●もちろんオバマ大統領はこんなことを実行できないはずなので、1965年のリンドン・ジョンソン大統領がベトナムに対してしたように、アフガニスタンへのコミットメントを強めるはずだ。
●両方のケースで鍵となったのは国内政治である。ジョンソン大統領が増派を決めたのは共和党に「ベトナムを失った」と批判されたくなかったからだ。同じことは1940年代のトルーマン大統領が「中国を失った」と批判されたことにも言える。
●オバマ大統領や民主党の仲間たちはこれと同じことで、いまアフガニスタンから逃げ出したら共和党に「テロから逃げて安全を失った」と言われて選挙に勝てなくなってしまう。もちろんオバマは絶対にこれを拒否するつもりだ。
●そしてアメリカはまたベトナムと同じように、アフガニスタンに長期にわたって介入を続け、よい理由がないにもかかわらあう、アメリカの軍人と民間人の命を失うことになるのだ。
====
すでにこのブログを以前からお読みになっているかたはご存知かも知れませんが、ミアシャイマーはウォルツの伝統を受け継ぐネオリアリストなので、国際政治の動きを分析する際には「サード・イメージ」と呼ばれる「国際システム」レベルの状況を見ます。
ところがこのアフガニスタンの分析に限っては、彼は「セカンド・イメージ」、つまり「国内政治」や「組織」レベルの要因から分析を行っているわけです。
そういえば「イスラエル・ロビー」の時も「サード・イメージ」ではなく「セカンド・イメージ」であるところのロビー団体の動きを分析したわけですが、どうやら彼はいままでのバリバリのネオリアリストから「セカンド・イメージ」を重視する「ネオクラシカル・リアリスト」に移って来たような。
まあ彼も『大国政治の悲劇』の最初と最後で「アメリカは伝統的にリベラルだからオフェンシブ・リアリズムの理論通りには動かない」と指摘しておりまして、「セカンド・イメージ」の入る余地を残しておいた、とも言えるわけですが・・・。
とにかくこの論文におけるミアシャイマーの「前提」や「質問」などを意識して読んでみると色々と面白い発見があります。
(イスラエル・ロビーと反論本を書いた著者とのバトル)
実は午後になってから買い物のためにロンドンに行ってきまして、そのついでにロンドン大学のC教授の授業を受けてきました。
先生の講義は相変わらず強烈なジョークを交えた刺激的なものだったのですが、今年はかなり時事ネタを豊富に取り入れており、特に今回はソマリアやアフガニスタンの話題が。
この授業の内容についての詳しい話はまたそのうち書きます。
さて、今日は久々に大御所ミアシャイマーの意見を。
彼は一連のネオコン批判から始まった「イスラエル・ロビー」騒動でおわかりの通り、アメリカの中東政策に批判的な立場を貫いているわけですが、今回はアフガニスタンの「ベトナム化」について意見を書いておりました。
この人も相変わらず刺激的なものの書き方をするのですが、今回は自分の理論(オフェンシブ・リアリズム)と一部矛盾するようなことも書いており、なかなか興味深い。
それではいつものようにポイント・フォームで。
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Hollow Victory
by John Mearsheimer
●アメリカの共和党の人々の間で信じられているのは、
―「アメリカはベトナム戦争の初期には苦戦していたが、一九七〇年代に入ると勝利の目前までいった」
―「ところが民主党が反戦運動に屈してしまい、彼らがフォード(共和党)政権に南ベトナムへの援助を全て打ち切るように圧力をかけたために、一九七五年に北ベトナムに負けた」
●というものだ。
●「共和党史観」によると、この決断がベトナム戦争に負けた決定的なものであることになる。
●最近ではベトナムからどの教訓がアフガニスタンに活かせるのかという議論が盛んに行われている。
●そして共和党は、また無能な民主党が変な決断をするおかげで負けるのじゃないかとヒヤヒヤしているのだ。
●彼らはたしかに今までの八年間失敗していることを認めているが、今回は優秀なマクリスタル将軍が登場したから間違いないと思っている。
●ところが問題はマクリスタルが戦略を実行するアフガニスタンにあるのではなくて、アメリカ国内にあるのだ。
●なぜならアメリカの議会とホワイトハウスは、マクリスタルの要望にはあまり熱心ではない民主党によって支配されているからだ。
●ところが以上のような共和党側の言い分には二つの大きな間違いがある。
●まず一つ目は、1970年代初期にはアメリカは勝利の目前まで行っていない。
●当時の南ベトナムは自立できるような状態ではなかったし、アメリカの強力なエアパワーなしでは何もできなかったからだ。これでは「勝利目前」とは言えない。
●これはアフガニスタンでも一緒で、アメリカはタリバンを決定的に倒すことはできないし、無力なカルザイ政府のおかげで永遠に彼らを支援しつづけなければならないことになっている。
●しかしベトナムとアフガニスタンで勝利できたとしても、二つ目の重要な間違いがある。それは「勝利は何も生み出さない」という事実だ。
●一九七五年のサイゴン陥落でアメリカはたしかにベトナム戦争に負けたのだが、これは当時のアメリカの世界におけるバランス・オブ・パワーのポジションを変化させたわけではない。
●ドミノ理論もベトナムがカンボジアや中国と戦争をすぐ開始したことによって嘘であることが証明されてしまった。
●さらに重要なのは、アメリカはベトナムに負けてもソ連との競争にはほとんど影響がなく、逆にソ連がサイゴン陥落の14年後に崩壊したほどだ。
●アメリカにとっての本当の悲劇は、その戦争に「負けた」ことにあるのではなく、そもそもそれに「関わってしまった」ことにあるのだ。
●1965年から1975年までアメリカ軍に従軍した人間の口からはなんとも言いがたいことなのだが、やはりこの当時の反戦運動は正しかったのだ。なぜなら北ベトナムが南に侵攻して統一しようと、アメリカのポジションにはまったく影響がなかったからだ。
●つまり5万8千人のアメリカ兵と2百万人のベトナム人は不要で馬鹿げた戦争のために死んだことになる。
●これと同じことは、今日のアフガニスタンにも言える。
●マクリスタルと共和党の人間たちは、タリバンが勝利したらアルカイダに活動拠点を与えてしまい、これが次の9/11事件につながってしまうので増派が必要だと主張している。
●しかしこの議論の大きな間違いは、アルカイダは隣のパキスタンに隠れているので、そもそもアフガニスタンで何が起ころうと関係ないという点だ。
●マクリスタルの戦略作成を手伝ったCFRのスティーヴン・ビドゥルは最近上院の外交委員会で、パキスタンのほうが遥かに重要だと発言している。
●これはつまりアフガニスタンは全く関係ないということだ。ベトナムの時と同じように、アフガニスタンで勝利するかどうかはアメリカにとってそもそも関係のないことであることがこれでよくわかる。
●よって、アメリカはあっさり負けを認めてアフガニスタンから撤退するべきなのだ。
●もちろんオバマ大統領はこんなことを実行できないはずなので、1965年のリンドン・ジョンソン大統領がベトナムに対してしたように、アフガニスタンへのコミットメントを強めるはずだ。
●両方のケースで鍵となったのは国内政治である。ジョンソン大統領が増派を決めたのは共和党に「ベトナムを失った」と批判されたくなかったからだ。同じことは1940年代のトルーマン大統領が「中国を失った」と批判されたことにも言える。
●オバマ大統領や民主党の仲間たちはこれと同じことで、いまアフガニスタンから逃げ出したら共和党に「テロから逃げて安全を失った」と言われて選挙に勝てなくなってしまう。もちろんオバマは絶対にこれを拒否するつもりだ。
●そしてアメリカはまたベトナムと同じように、アフガニスタンに長期にわたって介入を続け、よい理由がないにもかかわらあう、アメリカの軍人と民間人の命を失うことになるのだ。
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すでにこのブログを以前からお読みになっているかたはご存知かも知れませんが、ミアシャイマーはウォルツの伝統を受け継ぐネオリアリストなので、国際政治の動きを分析する際には「サード・イメージ」と呼ばれる「国際システム」レベルの状況を見ます。
ところがこのアフガニスタンの分析に限っては、彼は「セカンド・イメージ」、つまり「国内政治」や「組織」レベルの要因から分析を行っているわけです。
そういえば「イスラエル・ロビー」の時も「サード・イメージ」ではなく「セカンド・イメージ」であるところのロビー団体の動きを分析したわけですが、どうやら彼はいままでのバリバリのネオリアリストから「セカンド・イメージ」を重視する「ネオクラシカル・リアリスト」に移って来たような。
まあ彼も『大国政治の悲劇』の最初と最後で「アメリカは伝統的にリベラルだからオフェンシブ・リアリズムの理論通りには動かない」と指摘しておりまして、「セカンド・イメージ」の入る余地を残しておいた、とも言えるわけですが・・・。
とにかくこの論文におけるミアシャイマーの「前提」や「質問」などを意識して読んでみると色々と面白い発見があります。
(イスラエル・ロビーと反論本を書いた著者とのバトル)
by masa_the_man
| 2009-11-07 07:51
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