山中伸弥・京都大教授、ノーベル医学生理学賞受賞、雑感
山中伸弥・京都大教授が今年のノーベル医学生理学賞を受賞した。下馬評も高かったという意味では意外ではないが、科学部門のノーベル賞はしだいに文化勲章みたいにご老人に与える、ご長寿の名誉になってきているので、若い山中氏はどうなのだろうかと私は疑問に思っていた。実際のところ、今回の受賞は79歳のジョン・ガードン・ケンブリッジ大名誉教授とで分かつことになり、文化勲章的な威厳を守った。
賞金は800万クローナである。今日のレートだと9443万円。今回は折半にするので、山中氏の分け前は、4700万円くらい。
以前は1000万クローナだったが、今年の6月ノーベル賞は欧州金融危機の影響を受けて200万クローナを減額していた。ちなみに、ロシア人投資家ユーリ・ミルナーの基礎物理学賞(参照)は300万ドルである。今日のレートだと2億3483万円。ノーベル賞は賞金額からみるとけっこうしょぼく、名誉がまず重んじるといったところに落ち着きそうだ。
ついでなのだが、ノーベル賞は最先端の学問を切り開いた人に与えられるというわけではない。もともとアルフレッド・ノーベル氏はダイナマイトの開発で巨富を築いた人であり、ダイナマイトが戦争ではなく人類に寄与してほしいものだという願いが込められていた。その主旨から、ノーベル賞は人類に貢献した偉大な業績に与えられる。
ということなので、その業績によってどれだけ人類の文化が発展したか、より多くの人が救済されたかという視点が問われる。その点では、私としては、今年あたりにイマチニブを開発したブライアン・ドラッカー氏が受賞するのではないかなと思っていた。ドラッカー氏も若いが最初の実験は1992年でもあり、もうそれなりの年月を経ている。その上に新しい新薬の分野も開かれた。
今回の山中氏のスピード受賞だが、実際に賞を得たというニュースを聞いたときに私が思ったことは、いや我ながらひねくれたやつだなとも思うのだが、二つの政治的な影響だった。
一つは、米国での倫理問題加熱である。1998年にヒトES細胞が発見されてからというもの、その医療への応用に米国の倫理問題が過熱していって、中絶権利の問題とならぶ大問題になり、大統領選挙でも問われる踏み絵にもなっていった。
かたや、韓国が国家戦略としてES細胞研究で世界のトップに出ようと焦るあまり、韓国国内で人卵子の売買を含めた違法入手の活動が活発化し、その動向に、米国の、ヒトES細胞研究推進派も恐怖するような事態になった。さらにそれが2005年には韓国の主要研究者黄禹錫氏の論文捏造まで発覚して、国際的な大スキャンダルになった。その翌年である。2006年、ヒトの卵子を利用しない、山中氏のiPS細胞が颯爽と登場したのである。
あの時の米国世論の大変化は私の印象ではものすごいものだった。世の中に銀の弾丸などというものはないというのを常識としてきた自分でも動揺するほどだった。翌年、決定の遅いバチカンですら、iPS細胞研究を「倫理的問題」とするべきではないとの見解を示した(参照)。いいのかバチカン。iPS細胞から人間が作られるかもしれないのだが。やはりそこは、受精の神秘を回避したからだろうか。
いずれにせよ、山中氏のiPS細胞はすでに米国を救ったといってもいい光景を見せた。これは10年ほどすればノーベル賞はそのために来るんだろうなと思った。
今回の受賞に際してもう一つ思ったことは、欧州側から米国科学特許への牽制ではないかなということだった。昨日のエントリーで、癌治療ウイルス研究に触れたが(参照)、この研究も特許の問題が非常に難しく関係している。山中氏のiPS細胞についても、特許の問題がいろいろ関連していて、日本で認められていた特許では、iPS細胞を作成で注入する遺伝子が限定されていた。が、この9月にようやく日米で新特許が成立した。早期にノーベル賞を出したのは、関連特許が米国にすべて押さえこまれるようにならないようにという欧米側の牽制ではないかと思ったのである。
ノーベル賞というと、つい政治的な背景を連想するようになった。それもまたこの賞の持つ「花」というべきものかもしれない。
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コメント
> 文化勲章みたいにご老人に与える、ご長寿の名誉に
> なってきている
これ、ちょっと違うんだよね。
> その業績によってどれだけ人類の文化が発展したか、
という説明が近いんだけれども、ノーベル賞の選考基準の大きなもののうちの一つは
「ある新しい学問分野を産み出し切り拓く、きっかけ
や先駆けとなった発見や発明に対して、与える」。
だから通常、そういった発見や発明を為してから
その研究がその学問分野を扱う学問界
全体に対して一つの新たな学問分野として定着をして
後続の研究者たちが続々とその発見発明を基礎研究と
して裾野を拡げるまでに、それなりの時間がいつもかかってたわけ。
で、ノーベル賞は存命の人物に対して与えるとい
う決まりがあるから、授賞時には受賞者は既に御高齢に
(ぶち開け、いつ亡くならてもおかしく無い
その直前にかけこみっぽく)
なりがちだった、という次第。
投稿: 千林豆ゴハン。 | 2012.10.09 20:35
だから、これ
> ノーベル賞は最先端の学問を切り開いた人に与えら
> れるというわけではない。
がどういうつもりで書かれたのかいまいちわからないのだけれども、ドラッカー氏についての
> 最初の実験は1992年でもあり、もうそれなりの年月
> を経ている。その上に新しい新薬の分野も開かれた。
という説明は、正しい、ですよ。
ノーベル氏はともかく、現在の選考委員が重きを置
くのはそのような基準だし、一方でその選考委員たちが抱えている問題は
彼ら自身の高齢化が進み過ぎて、最新・先端の技術に対してもう彼ら自身が
よく分から無くなりつつある、こと、らしい。
投稿: 千林豆ゴハン。 | 2012.10.09 20:47
些細なことですがご指摘おば。
× いいのかバチカン。iPS細胞から人間が作られるかもしれないだが。
○ いいのかバチカン。iPS細胞から人間が作られるかもしれないのだが。
ノーベル賞から派生する政治的な思惑について、上記二件から派生する(であろう)様々な事象を思うと胸が痛みますね。
韓国→捏造論文で大顰蹙だったのは記憶に新しいところですけど、いずれそのうちキャッチアップしてくるでしょうね。特許違反に手を染めたり違法処置で倫理問題を引き起こすことは自明でしょうけど、そうした「蓄積」の後を中国が襲ってより工業化してしまわないか。そちらの方が心配な気もします。
米国→特許独占の牽制として(欧州が)日本を認めた…の筋で考えるなら、工業界がそうであるように「経営側の都合で薄給に甘んじていた技術者・研究者が韓国企業に引き抜かれる」ことが大いに懸念されますね。
所詮道具でよくも悪くも「調達されさえするならどこが入手先でも構わない」工業製品(但し低スペックなもの)と違って医療技術や先端研究は簡単には流出させられないもの。それが流出するとなると、多国間での深刻な政治問題に発展しそうな気もします。
日米同盟(軍事経済的に世界最強タッグ)を牽制・掣肘する勢力はどこにでもありますし、別に欧州諸国がアジア諸国に対して無知蒙昧な訳でもない。どこかしら手を回して「こっそりやらかす」のは十分ありえることかと思います。
正攻法(先端研究競争)で駄目なら搦め手(政治的な対立を誘引する)からってのは、謀略の基本のような…。やってるのは「欧州」ですから、お手の物なんでしょうね。
投稿: のらねこ | 2012.10.09 20:50
のらねこさんへ。ご指摘ありがとうございます。訂正しました。
投稿: finalvent | 2012.10.09 22:38
失礼。
× 『夜帰る』
○ 『夜消える』
でした。悲哀の良作お勧めのココロ。
投稿: のらねこ | 2012.10.09 22:38
度々失礼。誤爆です。ご容赦を。
投稿: のらねこ | 2012.10.09 22:39
医学生理学賞はその発見が実用化されて、かつ人体に対する安全性が確認されてから受賞というのが昨今の流れですので、どうしても2・30年かかってしまうのですね。物理化学賞も観測で証明されてから、工業産業に広く実用化されてから、です。
と言うわけで今回のiPSの受賞は早すぎですね。ゴードン爺さんがそんな重要人物とも思えず、欧米の特許がらみの陰謀論も「そうかも」と思えてしまいます。
投稿: みかん | 2012.10.10 02:52
経済学賞は、なかなか日本人の射程に入らないみたいですね。
まだ、国家経済が製造業中心で、数学ゲームの金融工学に弱いからかな。
投稿: enneagram | 2012.10.10 04:58