クルーグマン教授曰く、スペインの悲劇
現下、欧州連合(EU)ではギリシャの財政が問題になっているが、スウェーデン銀行賞受賞者のクルーグマン教授はスペインのほうが問題だと指摘している。そのあたりを、今後の動向理解のために簡単にまとめておこう。
クルーグマン教授の言及で一番明確なのは、4日付けテレグラフ紙「Fears of 'Lehman-style' tsunami as crisis hits Spain and Portugal」(参照)だろう。標題は「リーマンショック並の衝撃がスペインとポルトガルを襲う」ということ。
In Spain, default insurance surged 16 basis points after Nobel economist Paul Krugman said that “the biggest trouble spot isn’t Greece, it’s Spain”. He blamed EMU’s one-size-fits-all monetary system, which has left the country with no defence against an adverse shock. The Madrid’s IBEX index fell 6pc.スペインで債務不履行保険が16ベーシス・ポイント上昇したのは、ノーベル経済学賞受賞エコノミストであるポール・クルーグマンが「最大の問題はギリシャではない、スペインだ」と述べた後のことだった。彼は、スペインの経済的な逆境への防衛手段を奪ったままにする欧州経済通貨統合(EMU)の万能式通貨制度を非難した。
これには、スペインの財政当局からの反論もあり、同記事に掲載されている。しかし、ここではクルーグマン教授の視点を追ってみよう。
当面の問題だが、スペインは2007年まで黒字基調だったが、2008年の不動産バブルの崩壊から税収が減少し、急速に財政赤字が膨らみ、ここに来て、ギリシャ財政破綻に次ぐ危機感をもって見られるようになった。そこで、スペイン政府は国債発行を控えるように舵を切った。事実確認として、8日付け日経新聞記事「スペイン、国債発行34%削減へ 信用不安の波及を懸念」(参照)より。
スペイン政府は8日、2010年の国債発行額を、09年比34%減の768億ユーロ(約9兆3000億円)に圧縮すると発表した。同国政府は今後3年間で歳出を500億ユーロ削減する計画を打ち出したばかり。南欧諸国の過大な政府債務に関心が集まる中、財政の健全性をアピールする狙いがある。
10年の国債残高は5535億ユーロとなり、国内総生産(GDP)の約55%に相当する。地方債も含めた公的債務は同65.9%となるが、スペイン財務省は声明で「欧州の平均水準を下回る」と強調した。
実際、スペインでは財政赤字には問題がない。クルーグマン教授の5日付けブログ・エントリー「The Spanish Tragedy」(参照)でもOECDによる財政赤字の統計でまずそれが示されている。スペインは目立たない。なお、右端の断トツが扶桑国である。
Government debt as % of GDP
では何が問題なのか。
So what happened? Spain is an object lesson in the problems of having monetary union without fiscal and labor market integration.何が起きたのか。スペインは、財政と労働の市場統合を欠いたまま通貨が統合された際の問題の実例である。
First, there was a huge boom in Spain, largely driven by a housing bubble — and financed by capital outflows from Germany. This boom pulled up Spanish wages.
スペインでは最初に、ドイツから流入する資金でまかなわれた不動産バブルによる大規模な急成長があった。これがスペインの労賃を引き上げた。
Then the bubble burst, leaving Spanish labor overpriced relative to Germany and France, and precipitating a surge in unemployment. It also led to large Spanish budget deficits, mainly because of collapsing revenue but also due to efforts to limit the rise in unemployment.
不動産バブルは弾けたが、スペインの労働者はドイツやフランスに比べ高賃金に留まり、失業率が急騰した。
It also led to large Spanish budget deficits, mainly because of collapsing revenue but also due to efforts to limit the rise in unemployment.
それが財政赤字をもたらした。大半の理由は労働者の収入が崩壊したことだが、失業率悪化に歯止めをかけようとしたことも理由になる。
スペインでは国家がバラマキをやって財政が悪化したというのではなく、不動産バブルにつられて上がった労賃が、バブル後も硬直化したため失業率を悪化させ、さらに失業率悪化に対応しようとした政治がさらに財政の悪化をもたらしたということだ。このあたりの説明は、鳩山由紀夫首相とその愉快な仲間たちを除くと、普通の日本人にもけっこうチクチクくるところでもある。
スペインはどうすべきか。クルーグマン教授には対処法はないようだ。別インタビュー(参照)で" I wish I had some clever suggestions.(いいアドバイスでもできるといいのだが)"と無策としているが、同エントリでは、ユーロの問題して見るなら、二つの解決策を暗示している。
If Spain had its own currency, this would be a good time to devalue; but it doesn’t.スペインに自国通貨があるなら、(リフレ政策などで)通貨価値を下げるよい機会だ。しかし、スペインはこれができない。
On the other hand, if Spain were like Florida, its problems wouldn’t be as severe.(中略)And there would be a safety valve for unemployment, as many workers would migrate to regions with better prospects.他方、スペインがフロリダのようであれば問題はここまで深刻にならなかった。(中略)(保険などの)セイフティーネットがあれば、多数の労働者はよりよい地域に移動できただろう。
やはりここでも自国通貨をもつ強みが問われる。また、労働の流動性も重要になる。
ここでもまた日本を顧みざるをえない。日本の経済問題も通貨価値の固着にあるし、労働者には流動性が少ない。
クルーグマン教授は、「スペインの悲劇」をスペイン固有の問題というより、ユーロが本質的に持つ問題として見ているが、別の言い方をすれば、欧州連合のような通貨運営と労働市場の流動性の不活発さが想定されれば、他でも起こりうるし、実際、日本でも起きていると言ってよさそうだ。
なお、スペインの問題を扱ったフィナンシャルタイムズ9日の社説「Deficit windmills」(参照)もクルーグマン教授とほぼ同じ前提になって論じているが、具体的に次のようなアドバイスも掲げている。
Ms Salgado must not think credible medium-term plans require immediate drastic action. She can commit to cuts without front-loading them, especially when markets see Spain as credible: its 10-year bond yields are 4.08 per cent -- just 0.88 points above Germany’s and lower than a year ago.サルガド財務相は、中期計画に信頼をもたせるべく短兵急な激変を考案してはならない。市場がスペインの信頼を維持しているなら、前倒ししなくても財政削減は可能だ。スペインの10年物の国債利率は4.08パーセントであり、ドイツを0.88パーセント上回るに過ぎないし、昨年より低下している。
What Spain must achieve is growth --- sustainable this time. For that, chronic underemployment in rigid labour markets is a greater problem than high deficits.
スペインに今必要なのは持続可能な経済成長なのである。そのためには、財政赤字よりも、労働市場の硬直性からくる慢性的な不完全雇用がはるかに大きな問題なのだ。
と、訳を考えつつ、フィナンシャルタイムズの示唆を考えなおすと、これは、ようするに労働者の賃金を下げろという意味になりそうだなと思った。
エントリにまとめみると、ユーロの問題としてみれば日本にとっては間接的だが、問題構造としては日本もまった他人事ではなさそうだ。しかも、すっきりとした政策提言となると、なにかと問題もありそうだ。
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コメント
スペインなら、観光業だけで国民全部を養えないのかなあ。
私たち、美術愛好家たちにとっては、まあ、スペインの首都マドリードというのは、地球上でもっとも偉大で高貴な場所といってよいところです。(プラド美術館がある。ティッセン・ボルネミッサ美術館がある。ソフィア王妃芸術センターにはピカソのゲルニカがある。)
プラド美術館の所蔵品やゲルニカを外国に売りに出さないといけなくなるような事態は避けてほしいと思っています。
印象派の父エドゥアール・マネは、プラド美術館でベラスケスを研究して作風を成立させたという史実を、中学校の歴史でも美術でも、世界中の子供たちにしっかり教え込んでほしいところです。
がんばれ!スペインの若人たち!!
投稿: enneagram | 2010.02.14 13:25
あー、クルーグマンはアメリカ経済をモデルに完全雇用はインフレを、高賃金は失業をもたらすと本気で言ってる人だからなぁ・・・
ほんとはその間にその地域の生産力が問われます。
スペインのデフレギャップがどの程度かわかんないのでクルーグマンの言う通りになるのかならないのか分かんない。
でも、クルーグマンがスペインについて心配しているような現象は日本では起きないと断言して良い。
新古典派が思い込んでいるのとは大違いで現実の生産力は可変です。
日本のような工業国、それも圧倒的に大きなデフレギャップを抱えた国では、賃金が上がれば(時間的にやや遅れるが)それに比例して生産が増えてしまう。(新古典派の経済学は日本経済には根本的に当てはまらないのだ。)
日本では完全雇用が達成されてもインフレなんか起きないし、賃金増加で失業が増えることもない。それどころか消費が増えて生産が増え、雇用は更に増えていく。
ただしグローバル化した現在では、日本の需要に頼っている某国にインフレが輸出されるかもしれない。
もちろんアメリカではこうはいかない。
クルーグマンの言うとおり、完全失業は(或る程度の)インフレの原因となるし、高賃金は労働の海外流出を促し国内の失業を増やす(かもしれない。)
投稿: 田舎から | 2010.02.14 17:45
>スペインに自国通貨があるなら、(リフレ政策などで)通貨価値を下げるよい機会だ。しかし、スペインはこれができない。
クルーグマンが言っているのは、スペインがいまだに通貨がペセタならば、97年にタイや韓国を襲ったような通貨暴落ないしは大幅な下落が起こっていただったろうという意味であって、ここでリフレ政策を採れという主張ではない。
>やはりここでも自国通貨をもつ強みが問われる。また、労働の流動性も重要になる。ここでもまた日本を顧みざるをえない。日本の経済問題も通貨価値の固着にあるし、労働者には流動性が少ない。
ここで、流動性の意味を故意に混ぜ込んではいけない。フロリダを例に挙げているように、グルーグマンが言っているのは、EU各国では労働法や慣習が個別に残っているので、本当は国境なき連邦としてあるべきEUが個々の国家連合であり、労働の流動性が国境を越えてゆかない、と言う意味であって、日本とは事情が違う。それとも日本も中国などから労働者を受け入れるべきだとfinalventは考えているのか?
>別の言い方をすれば、欧州連合のような通貨運営と労働市場の流動性の不活発さが想定されれば、他でも起こりうるし、実際、日本でも起きていると言ってよさそうだ。
ここでスペインと同じ災悪にさらされるとすれば、起こりうるのは円の暴落です。円の暴落?円安ですよ、円安。起こってほしいと思っている人が産業界では山ほどいるんですが、事態は逆に円高に進んでいます。これでも日本でスペインと同じ事態が進んでいるでしょうか?
投稿: F.Nakajima | 2010.02.14 19:14
すみません。
正反対のことを書いちゃった。
自動変換による誤変換に気付かなかったためです。
× 完全失業は(或る程度の)インフレの原因
○ 完全雇用は・・・
投稿: 田舎から | 2010.02.14 20:57
スペインは、スタグフレーションなのか、デフレなのか?
クルーグマンという人は、騒ぎを引き起こすために何か騒いでいる人という感もあります。
クルーグマンの役割も、アメリカの格付け会社みたいなものなのかな。こういう商売がいい商売なのだから、アメリカの社会というのは、いやな社会かもしれませんね。タブロイド版のゴシップ紙が大きな社会的権威と影響力を行使しているようなものなわけだから。
投稿: enneagram | 2010.02.23 08:31