Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

現場に赴いて「皆さんのご意見を聞いてよりよい職場環境をつくりますよー」と言ったことを死ぬほど後悔している。

食品会社の営業部長という仕事をしているわけだが、中小企業の悲哀といいますか、営業以外の仕事もぽちぽちやらなければならない。任されるのは本業の食品事業ではなく、その他もろもろの事業である。そのなかに飲食店等のコンサルティング事業がある。個人営業の飲食店に対するコンサル・アドバイスを行っており、僕も営業の立場でかかわった案件にヘルプとして携わっているというわけである。なお、このヘルプにおいて発生するのは責任だけであり手当等はなく、また本業である営業にマイナスが出ても自己責任とされている。搾取である。クソが。今、僕が頭脳の一グラムほどを悩ませている案件がある。この苦悩を公開することで発散したい。

悩みのもとは県内のとある個人経営の洋食店である。経営自体は悪くはない。オーナーが当社に依頼してきたのは衛生面の不安と労務管理の改善であった。衛生面は改善に向けてやることが決まっているのでパッケージを入れるだけで済んだ。問題は労務管理であった。心優しいオーナーは「私にはもうどうにも……よろしくお願いします」と絶望の表情を浮かべて言い、伏し目がちにハンバーグの仕込みを行うばかりであった。ランチ時はオーナー以外はパートで運営をしている。まずパートの雇用状況を確認した。時給は、かなり高く設定されており、賞与も支給されていた。残業も多くはない。問題は見つからなかった。現場視察をしているとき、なんとなくパート間でぎくしゃくしているように見えた。特定のパートさんに対する他のパートさんの冷たい言動が見られたのだ(よくあることでもある)。

個別のヒアリングを提案したが、パートさんたちからは個別は避けてほしいと返答があった。「一人だと不安だから」が理由だった。シフトで働いているので三組に分かれてヒアリングを実施した。なお、ヒアリング日程は、当初、僕が組んだが相手から修正されて返ってきたものである。平日のパートさんは5人で回しているのでヒアリングは3回に分けて実施した。結論からいうと心が死にました。

まず一組目Aさん(勤務開始2か月)の主張「孫の送迎があるので13時には帰りたい」「土日は出られない」「免許がないので配達ができない」。二組目Bさん(リーダー格)「仕事が忙しい」「もっと長く働いてもらいたい。シフトに入ってもらいたい。なぜなら自分が働きすぎだから」Cさん「年収の壁があるので多くは働けない」「車の運転が苦手。やりたくない」。そして問題の三組目Dさん(古参)「昨日もシフトで揉めていた」「ランチタイムの片づけが終わったら一人で足りるのにBさんに二人残るよう言われる。その時間はただ突っ立っているだけなので早く上がらせてほしい」「Bさんは配達業務に自分が入らないよう工作している」Eさん「土日曜出勤ができない人が優先されている。土日出るのは構わないけれど、なぜ平日優先に取れる人がいるのか納得いかない」「Bさんの組むシフトに文句を言うと配達業務が増える」。まとめてみると、シフトが公平に回らないことへの不満、配達業務ができない人への不満、Bさん(リーダー)とその他パートの対立。パートさん個々の希望出勤日数を希望どおり飲むとシフトが成り立たない。かつ、パートさんは各々稼ぎたい額があるため、その隙間を埋める人材を募集するにしても週1日か2日で2時間のみというニッチな条件になってしまった(募集はかけた)。

土日入ることが出来ず免許ももたないシフトの制約が多いAさんをウチの会社がやっている他の飲食店への異動を仮提案すると「Aさんはオーナーの知人だからそんなことをしたら我々がピンチになる」と言われ、「それでは諦めるしかないのでは」つうと「不公平だ」「免許を取らせろ」の連呼である。70近い高齢者に免許を取らせろって世の中に逆行していることがいえるのがパート異世界なのである。そのくせこういう人たちにかぎって「高齢者が運転なんて危ないわ。ヤーネー」とか言っているのである。ヤーネーを言いたいのはこちらである。「時給をあげたら我慢できる?」的な話をしたがパート軍団は全員「お金の問題じゃない。お金のために文句を言っていると部長さんに思われたら心外だ。ムカつく」みたいなことを言う。じゃあ時給の件は聞かなかったことにしてというと「上げてもらえるなら上げてもらいたい。問題提起はお金のためじゃないけれども」などという。ヤーネー。それぞれのパートさんの言い分にバカみたいに顔を向けうなずいていたら首痛が発生したので「みなさんには悪いようにはしません」といって僕なりに改善案をつくることを約束した。

最後に面談を終えたEさんが出ていくときに「個別の面談にしなかったのは、お互いの言い分を監視するためなんですよ。ヤーネー」と言って、まだ出てこない問題があるのかよ、と絶望した。その後、問題解決案作成の打合せのためにオーナーのもとを訪れているけれども、彼は「ああ」「そうなんだ」「私には無理だ」と他人事のようにつぶやきながら手ごねハンバーグの仕込みをしているだけである。地獄だ。ヤーネー。(所要時間30分)

取引先で「私と値上げ一色の世界に一石を投じてみないか?」と言われました。

僕はフミコフミオ。食品会社の営業部長だ。年末のこの時期は歳末商戦セールスの終盤で大忙しなのだけれども、今年は少し様子が違っている。クライアントへの物価高騰対応のための値上げ申請が加わって追われている。ほぼすべての原材料のコストが上がっているので、たとえば原価が高い商品の生産を調整して他のコストのかからない商品をあてるといった企業努力ができず、クライアントにお願いをしているのである。申し入れに対して「企業努力でなんとかしてください」「他の会社さんに切り替えますよ」という冷血な企業は圧倒的に少なくて助かっている。だいたいが「仕方ないっすねー」みたいな感じで値上げ幅を少なくする着地点妥協点を話し合いで見つける流れになる。助かっている。結論からいえば日本人は気分とムードなのだ。仕方ないっすねーがついつい口をついて出てしまうほど、メディアが連日値上げを連呼してくれているから、「値上げヤバい」な気分とムードが醸成されているのである。とあるクライアントの担当者は一味ちがった。僕からの値上げ申し入れのドキュメントを確認すると「値上げやむなしですね、フミコ部長。毎日、値上げ値上げでホイホーゼになってしまいますよ。ウチも御社以外からも値上げの要請が来ておりますよ。まあ何もかもが値上がりで厳しいですよね。いやー。企業努力でなんとかなるってレベルはこえていると私も認識しています。いやー。どちらの企業さんも限界っすよね。いやー。商品価格に転嫁しないとやっていられませんよねー。最悪、倒産する企業さんも出てきてしまうんじゃないかな。いやー。弊社も取引先がなくなってしまったら困りますからね。なんとか力になりたいと考えております」と前置きしたあとで、それはそれ、これはこれみたいな顔面で「ところで定番商品Aの値を下げてもらえませんかね」と値下げを要求してきたので、サイコパスかと思いました。歳末商戦で定番商品Aをつかった商品をキャンペーン価格で売り出す計画らしい。値上げが値下げで返ってくるとは想定外であった。念のため「御社の商品に当社の名前は入りませんよね。そのキャンペーンをすることで当社が得られるリターンはなんですか」と質問すると「ありませんね。当社が値上げムードのなかで値下げをする企業として評価は上がるかもしれませんけれど」という回答。サイコパスだ。当惑していると担当者は「世の中の値上げムードに一石を投じたいんですよ」となんかカッコよさげな言葉を僕に浴びせてきた。うむ、確かに、その石は投げられているよ。ただし、こちらに向かって投げつけられてブシャー!大量出血を起こしているけどね。石の投げる方向を確認してー。自分のところの努力で勝手にやってくれよ。巻き込むなよ。こちとら値上げに来てるんだっちゅーの。脱力して中高年特有のケツ筋の緩みを起こして質量をともなった屁が出てしまいそうになってしまった。ここで机をバンと叩いて突っぱねるのが、契約を失ってでも自社の利益を守る一流の営業マンである。素晴らしい。エクセレントだ。僕は違う。歳末キャンペーンを受けるかわりに販路開発に苦戦していた新商品B~Ⅾの値引きでの納品を約束させたのである。僕は超二流の営業マンなので、セールスにしくじっていた商品の販路が作れるなら、一時的な大量出血をしても長期的にみて元は取れるという賭けに出たのである。この賭けに勝つか負けるかは倉庫であふれ不良在庫になりつつある新商品の評価次第。最悪、保管コストもバカにならないので在庫がはけるだけでオッケーなのだ。サイコパスから投げられた石は投げ返せばよいのである。この話を奥様にしたら「キミは二流のサイコパスですね」と褒められました。おしまい。(所要時間20分)

「値上げ、解約、これですよ」/下請け会社はビジネスパートナーの夢を見るか?

僕は食品会社の営業部長だ。会社の規模は中小である。最近、実感していることがある。それは、どれだけ政府や社会が「下請けイジメはノー」といっても、下請けに対する圧力はなくならず、一歩進んでビジネスパートナーとして扱われることなど夢のまた夢ということ。こんなふうに考えているのは、下請け風情がビジネスパートナーと錯覚するほど惨めなものはないと思わされる出来事があったからだ。

先日、社内でお得意様M社との値上げ交渉について盛り上がっていた。M社は30年以上社員食堂受託運営契約を継続してきた取引先で、一部上場の超大手企業だ。僕は転職でやってきたときからM社のような一流企業がなぜウチのような小さい会社と長年取引をしているのか不思議だった。会社上層部や古参社員から「当社のサービスが長年にわたって評価されているから」という説明を聞かされても謎は深まるばかり。サービスが評価されているのなら、相応の金額で契約しているはずで、市場や社内基準よりもかなり安い価格帯で契約している現状はおかしい。また、契約に含まれない業務、M社が行うイベントへの自主的なボランティア参加を行っているのも変だ。僕には安さが買われているだけに見えた。それらを「サービスへの評価」「強固な関係性」へ脳内変換しているのだ。「当社とⅯ社はビジネスパートナーだ。これまで厳しい条件をのんで助けてきた。だってビジネスパートナーだもの。今回はサポートしてくれるはず。だってビジネスパートナーだもの」というのが会社上層部の見立てであった。

原価高騰を受けて会社上層部は「一部聖域を除く聖域なき値上げ交渉」を打ち出していた。当初M社は聖域とされ免除されていたが、「売上の大きなところを聖域にしていたら問題解決にならなくね?」というごく常識的な意見によって聖域扱いが撤回されたのである。それでも会社上層部は余裕だった。根拠は長年にわたって築き上げてきた関係性と何でも応じてきた献身。「こういうときのために長年仕えてきたのだ。だってビジネスパートナーだもの」と上層部は自信満々であった。M社は下請け企業を下請け企業とは呼ばずパートナーカンパニーと呼び、搾取はしない、原価高騰を理由とする値上げには応じると公言していたのも根拠の一つだった。「守りの営業を見せてあげるよ」と交渉に臨む担当役員は僕に親指を立てたのである。

値上げ交渉の数日後、M社から今年末での解約を受けた。同席した同僚によれば交渉の席はバナナで釘が打てるくらいの冷たい空気が流れていたそうだ。担当役員は体調不良で休んでいた。親指を立てていたからヒッチハイクで逃亡したのかもしれない。「社員食堂は社業ではなく福利厚生。社業における下請けからの値上げ要請を断るには該当しない」というのがM社(担当者)の考えらしい。そんなバカな。長年の関係性をアピールするも「そんなに長いお付き合いだったんですねー」のひとことで終わったらしい。そんなバナナ(凍結)。僕の想像したとおり、当社は都合よく使われていただけであった。パートナーではなく下請け。ワンオブゼムが実態だった。安くて無理なお願いを聞いてくれていたから契約を継続していたにすぎなかった。つまりM社サイドはウチを安さで評価していたのに対して、当社サイドはM社からサービスを評価されM社の社業をサポートするビジネスパートナーと自己評価していた。

大間違いであった。長年の契約継続関係が、そんな驕りと過信を生んだのだろうか。わからない。あとから聞いたのだけど、逃亡中の担当者は事前の下交渉で値上げを持ち出したときに先方の担当者から「社員食堂の業者はコストで選んでいるから値上げを持ってくる時は解約を覚悟してくださいねー。裏で動いていますからねー」と言われていたが長い付き合いと強固な関係性だからこそ言える冗談だと解釈していた。ガチでした。付き合いが長いからこその警告であったのに、冗談ととらえて自爆したのであった。見事なすれちがいであった。

M社からの解約通告を受けて、一方的な独りよがりの愛を裏切られた会社上層部は、今、憎しみをぶつけようとしている。「30年以上も尽くしたのに裏切るなんて許せない」とか言っていて、その頭の悪さは微笑ましいかぎりだ。まるでこじれた熟年離婚のようである。下請けは下請けにすぎない。期待するからいけないのだ。下請けなどいつ切られてもおかしくないボトムズだから契約書で定めた業務を粛々とおこなっていればよいのだ。下請けはビジネスパートナーなどという淡い夢を見てはいけない。値上げ(したら)、解約(される)、これですよ。

新規営業開発を仕事としている僕は一連の動きを傍観者として楽しんでいたけれども、会社上層部からM社と同レベルの売上の仕事、それも来年早々から売上があがる契約をもってくるよう厳命された。無理です。どうやら楽観的で都合のよい甘い夢を見るのが好きなのが社風のようである。(所要時間28分)

業務上指導をしたら「私が才能ある女性だから嫉妬しているんですか」と言われて心が死んだ。

僕は食品会社の営業部長。先日、部下から相談を受けた。既存クライアントとの新プロジェクトで問題が起きているという。すでに具体的な提案を提示する段階にある案件だ。「納期がやばいです」と部下は説明した。なぜやばいのか。理解に苦しんだ。難しい案件ではないからだ。類似案件の実績が多数ある、楽勝な案件だと評価していたからだ。企画部の主任(女性)がプロジェクトリーダーとなって辣腕をふるっていると聞いていたが、部下によれば彼女の存在証明が進捗を阻んでいるらしい。意味がわからない。

驚いた。企画部主任が、既存のノウハウを活用すればいいところを、ゼロから仕事を組み立てていたからだ。もちろん、一つ一つの仕事に全力を尽くすことは良いことである。しかし、ケースバイケースだ。当案件のように、クライアントから「前回と同じような仕事」を求められ、そして相応の金額しか支払われていない仕事では過去の実績を活用してうまくこなすことが求められる。仮に、クライアントから新しいコンセプトを求められているなら、ゼロからの仕事のやり方は正しいけどね。

問題は、主任がゼロから仕事を組み立てていることにより、工程上の無理やスケジュール不足、関係部署との調整不足、つまりミスや抜けが発覚して、そのたびに中断してやり直ししているために進捗が遅れていることであった。実績があるのに、クライアントや社内の関係者がその活用を望んでいるのに、チームリーダーである主任がゼロからの仕事にこだわって進捗が遅れているのであれば営業部長として見過ごすことはできない。

彼女から事情を聞いた。おおかた事前に聞いたとおりだった。彼女は正しいやり方で仕事をしているという自負があるので、否定しないように気をつけて注意した。「君に任せている仕事は実績のあるものだ。だからノウハウを活かしてすすめてほしい。クライアントの希望だ。コストもそれを前提にしている。仕事には2種類ある。フルパワーで取り組まなきゃいけない仕事と。過去を利用してうまく進める仕事だ。これは後者だ。この仕事は君の能力やセンスを証明するためのものではないよ。ましてや納期を守れないなんて論外、そんな仕事のやり方はダメだ」あああー!気をつけていたのに否定してしまった。

彼女の反論は以下のとおりである。「良いものを作ってクライアントに提示しますから、営業部長から納期の延長を交渉してください。コスト内で最高の仕事。それがクライアントの望んでいることです」なぜ納期の延長をしなきゃいかんのだ。全然わかってない。クライアントは「前に依頼した仕事と同様に」「納期までにチャチャチャとやってほしい」と望んでいるのだ。次に僕はコスト面から攻めた。「ゼロからの仕事なら見積金額も相応のものにならなければならない。でも今回はちがうよね?コストの中でプロジェクトを動かすのがリーダーの仕事だよ。じゃなければリーダー失格だ」あああー。また否定してしまった。

僕の懸念を気にする様子もなく彼女は反論した。反論は以下のとおりである。「類似実績はあっても今回は今回です。かかってしまったコストについては営業から交渉していただけませんか」きっつー。「クライアントはそれなりのものを望んでいる。それなりは悪い意味じゃない。ウチの過去の実績を信じて言ってくれている「評価」だ。今回は君のセンスや才能を発揮する仕事ではない」とあらためて忠告した。

「それなら私がやる意味がないじゃないですか!」と彼女は反抗した。気づいてくれ。君のミスが多くて内外へのマイナスのアピールになっていることに…。彼女は「新しいものを作るのに失敗は不可欠です。イーロン・マスクのロケットだってたくさん失敗しているじゃないですか」。まさかここでイーロン・マスクが出てくるとは。「まさかスペースXのマスク氏? 」両手を交差させ、何十年もアルバムがリリースされないハードロックバンドのリーダーの人が招かれたイベントで決めるXポーズをキメて確認した。「それです」だそうです。つか「私がやる意味」って何だそれは。今回はそういうクリエイティブな仕事ではないっつうの。さらに決定した納期と金額をひっくり返せというのはめちゃくちゃである。相手によってはその場が紅に染まるかもしれない。

「君が敬愛するマスク氏にそんなこと言ったらアカウントを消されてしまうぞ」とは言わなかった。言いたいことはやまほどあったけれど、僕は「君の才能とセンスを発揮するのは、次の機会にして。これは命令だ」と言うにとどめた。なぜなら、僕の役目は当案件の進捗を修正して納期を守ることだからだ。この仕事では彼女のいう「私のやる意味」は求められていないのだ。存在証明めんどくさ。仕事には2種類あるというだけの話なのだ。まあ、ゼロベースでクリエイティビティを活かしてまったく新しいものを納期とコストを守ってつくってくれればいいのだけれど、悲しいかな、その能力が彼女には備わっていなかったのである。

「わかりました。命令には従います」といった彼女が納得したのかはわからない。そして彼女が面談の終わりに言い放った言葉は、衝撃的な驚きとなって僕を撃ち抜き僕の心をX ジャンプさせたのである。「これは能力と可能性のある私への部長の嫉妬ですか?それとも私が女性だからですか?」開いた口が塞がらなかった。僕より年上の50代後半の人間の可能性に嫉妬?女性だから?呆気にとられて何も言えなくなっていた僕の沈黙を、彼女は「ビンゴみたいですね」と都合よく解釈して納得して去って行った。強い。気が付くと僕はまだ両手でXポーズを決めていた。Xはただのバツに変わっていた。

(所要時間36分)

食材高騰状況下における戦略的営業: 「#ライス大盛り無料」を「#ライス大盛り有料」に

先日、某取引先との価格交渉において先方より解約通知を受けた。心よりお呪い申し上げます。最近「食材高騰」という言葉が一人歩きしておりますので、今回、営業担当をさせていただいた立場からまとめを残しておきたい。この記事が食材高騰に悩むすべての方にとって役にたつものとなることを心から願っている。営業という仕事の持つ底力のしょぼさ、相手に情報を正しく発信し続けたところで聞く耳を持っていなければ何の意味もないという無力感、「価格転嫁なんて綺麗事だよね」というリアルについて少しでもご理解が深まるきっかけになれば幸いである。

僕の勤める会社では、本業の食品事業のほかに給食事業も行っている。その給食事業で昨今の食材費高騰が直撃している。特に深刻なのは米の仕入れ価格の大幅な値上げである。10月からの仕入れ価格は平均すると春先の納品価格の160%程度。経営努力はしているが、米は主食なので使用量を減らすことは難しい。

仕入れ額が上がったら、そのぶんを価格に転嫁するというのが昨今の世の中の風潮だ。「お客様は神様」的な考え方で、店側が泣くのは前時代的な考え方になっている。提供している食事やサービスがワンアンドオンリーの独自性を持っている店なら価格アップは容易だろう。例えば、「ここでしか食べられない深海魚の刺身」を提供しているような店だ。独自性がなくても、食材高騰分は価格に転嫁すべきだろう。もちろん、転嫁による客離れを恐れて価格維持する店もあるだろう。苦しいのは安さを売り物にしている飲食店だ。安さという価値が値上げによって損なわれるからだ。

社員食堂はもっとも価格転嫁しにくい飲食店である。社員食堂サービス自体が一般的に、安価で、安定した食事が食べられるサービスという先述の「安さを売りにした飲食店」であると同時に、社員食堂が福利厚生施設であり、一般的に企業間の委託契約において提供価格が定められているため、運営会社が提供価格を自由設定できないようになっているからだ。運営の自由さと引き換えに、安定した売上と運営リスクの低さを得られるのが社員食堂である。

とはいえ、昨今の異常な食材高騰、特に使用頻度が高く、使用量の多い米の仕入れ単価のアップは定められた提供価格に吸収できないレベルである。そのため、当社でも社員食堂運営を任されている各企業との値上げ交渉に踏み切った。ほぼすべてのクライアントとは話がまとまったが、とある企業との交渉は難航した。「提供価格の改訂(アップ)」「ライス大盛り無料サービスの廃止または有料化」を交渉したが、「企業努力で何とかしてほしい」と返されて、交渉は平行線。米(およびその他食材)の仕入れ価格高騰による影響を資料にまとめて説明し、価格改訂がない限り現行条件での社員食堂運営は難しい旨を伝えた。折衷案として食事の質を落として現行価格を維持する提案をしたが合意に至らなかった。契約継続のためにそれ以上の提案や無理もしなかった(理由は後述)。「論外ですね」と言われたが、こちらは必死なのに論外のひとことで片づけないでほしいものである。

10月末に呼び出され、「業者変更します」と告げられた。解約通告である。契約満了は来年3月末。なのでそこまでの契約と思っていたら違った。担当者は違いますと言って、契約書に定めた途中解約条項を持ち出した。ざっくり言うと期待するサービスが得られない場合には双方協議のうえ契約期間の途中で解約できるというもの。当社は、相手方の望むサービスを提供できないと判断されたのである。食材高騰を転嫁したばかりに。きっつー。というわけで年内にて解約。新業者はコンペで決定して来年1月から新体制になるスケジュールだった。担当者からは業者コンペへの参加を打診されたが、条件は「現行価格の維持」「サービスの内容と質の維持」条件となっていたため辞退した。担当者は「やってもらえる会社はいくらでもいますから。大変お世話になりました」と告げられた。

当社不参加のコンペが実施された。で、先週、担当者から大事な話があると呼び出しを受けた。書面による正式な解約通告を覚悟していくと意外な展開が待っていた。「来年1月以降も運営をお願いしたい」と担当者は告げた。10社に声かけをしたが、「価格的に厳しい」「条件がきつすぎる」「1月スタートのスケジュールが無理」という理由で辞退する会社が続出したらしく結局コンペが不成立に終わってしまったのだ。あら大変、来年から社員食堂がストップしてしまうという事態になったのである。担当者は「念のためですが」と前置きしてから「現状の価格維持は難しいですか」とあらためて提案してきたが、無理と即答した。

社員食堂の特徴として1つ大事な要素がある。それは食事の安定供給つまり欠食しないことである。このままでは来年早々に社員食堂運営会社が不在になる事態になる。それを恐れたのである。契約継続の条件として「提供価格の改訂」及び「ライス大盛りの廃止又は有料化」を打ち出して相手に条件を飲ませた。立場の強さをもって無理難題を、現状をかえりみずに通そうとするからこのような事故が起きるのである。営業戦略的には「無理な仕事は無理に受けない」「相手にわからせるためにはあえて引いて現状と市場を知ってもらう」ことが大事である。仮に取引を失ってしまっても、悪条件で継続して経営を悪化させるよりはずっとましなのだ。担当者に「途中解約条項はこちらからでも出せるのですよ」といったら「冗談はやめてください。これからもよろしくお願いします」とお願いされた。今は会社に持ち帰って「どうしようかな」と相手を焦らしているところである。

結びの言葉として、担当者には心からの呪いを申し上げるとともに大逆転での勝利を掴むことができて本当に良かったと嬉しく思う。ドラマチックすぎる出来事だったので、いつか映画化されないかな、なんて思っている笑。(所要時間38分)