上念司『国土と安全は経済(カネ)で買える〜膨張中国包囲論〜』

 上念さんの最新刊。上念流地政学が全開である。仮想敵国としての中国(本書では支那表記)の海外進出をどう防ぐか。そのキーはふたつ。ひとつは、中国を包囲する陸の諸国(ロシア、トルコ、ベトナム、インドなど)との政治的・経済的な連携を強めることである。そのため本書ではロシア、トルコ、ベトナム、インド各国の歴史、その経済の現状、日本との関係などが詳細に解説されている。特にトルコ、ベトナム経済については日本で気軽に読める経済論はあまりないのでいい要約だろう。

 そして第二のキーは大胆な金融政策などのアベノミクス(ただし改善の余地が十分にあるもの)を通して、「根性主義」ではない、日本の経済の活力を十分に蓄えること、そして防衛力の強化(といってもこの20年があまりに抑圧的&非効率化してしまっていただけなのだが)を通して、日本の総合的な安全保障の実力をつけることが重要であるとしている。この経済力の成長とそれに見合った防衛力を自ら養うことで、ランドパワーをうまく構築することにもつながるというのが本書の重要なメッセージである。なにも好き好んで中国と軍事的摩擦をおこす必要はない、というのも本書の強調点である。

 中国経済については本書は悲観的シナリオである。ただ本当に中国経済が「自壊」してしまうと、本書でも指摘されているが、対外的摩擦を起こすことで国内の不満のはけ口を見出すかもしれない。私の意見はすでに別な論考で書いたし、しばしば発言もしてきているが、1)仮に「中国バブル」だったとして、さらにそれが崩壊したとし(二段階の仮定)、中国経済はマクロ的にそれほど悪化を長引かせないために取りうる方策の余地は大きい、2)その方策を採用するにはマクロ経済全体のレジームを転換する必要がある(変動為替相場への完全移行や資本市場の自由化の促進、財政政策依存からの離脱)、3)以上の方策を採用できないときは中国経済は長期にぐだぐだとした停滞を引き起していくだろう、というものだ。

 もちろんこのような見解は、本書の地政学的アプローチからいえば、中国の海洋進出、すなわち日本の地政学的リスクを大きく軽減するというわけではないだろう。私見では中国が本書のシナリオのように「自壊」するしないにかかわらず、日本が自律的に経済力と防衛力の充実にはかることが重要であると思う。

 いまはネットを中心に、ともかく「反中」「嫌韓」感情が強く、自称保守層の「バカ化」(本書の言葉)が加速しているのが実感としてわかる。上記のような私見に対しても、すぐに「断交せよ」とか「核兵器を保有せよ」とか「崩壊は確実」などという単純思考がリアクションとしてくるかもしれない。本当に知的に劣化していると思う。ちなみにネットの経験的にはそのような意見は多く、中高年の男性が中心であるようだ。いたずらに年齢を重ねてるとしか思えないのだが…。保守の「バカ化」をふせぐべきだろう(ちなみにこうかくと必ず左翼のバカ化が深刻だ、と自称保守の「バカ化」がリアクションしてくる、これも見慣れた単純バカの光景である)。バカバカ多いが実際にネットでの体感はかようなものであるのでいたしかたがない。その「バカ化」を防ぐための最低限の教養を本書は与えてくれるだろう。ぜひネットだけではなく、「バカ化」に悩む諸氏は読まれることを期待する(たぶん読まないだろうけど)。