今年のキーワードは難民

昨日はブログ開きと言いながら、春のドミノの焼き直しになってしまったので、仕切りなおしに新年の展望を書いてみます。できるだけ脇道に入らないようにしますが、どうしてももつれ込みそうになるのでその時はご容赦ください。列挙しながらできるだけ簡単に解説を入れます。

  1. お産難民の顕在化


      昨年は憂慮危惧段階でした。心ある産科医師は繰り返しくどいぐらいこの危機を去年訴えています。その声に対して具体的な対策はほぼゼロでした。逆に産科消滅を加速させる事はこれでもかと出現しましたので、今年は間違い無く臨界点を越える地域が続出すると予測します。

      日本中どこで起こっても困る事なんですが、注目しているのは神奈川の情勢です。ここの産科事情の厳しさは周知の通りなんですが、ここが崩壊すれば東京に波及します。一方で東京の内情も実は厳しいものである事も判明していますので、神奈川から押し寄せるお産難民を吸収できるかと言われれば疑問符がつきます。たとえ神奈川のお産難民を吸収できても、首都圏では東京以外の医療情勢はもとより厳しく、東京の産科事情が神奈川のお産難民で飽和状態になれば、首都圏全体がドミノ倒しになる懸念があります。

      首都圏以外でも産科事情に余力がある地域などごく僅かでしょうし、既に危機の臨界点を越える地域が広まっています。同時多発的に広範囲にお産難民が発生する事態となれば、首都圏が悲鳴をあげても援軍はどこからも来ません。もちろん首都圏以外の他の地域も同様です。これによる悲劇の被害がどれほどかは想像するだけで薄ら寒い思いです。


  2. 救急難民の日常化


      救急問題はもともと深刻な問題でしたが新段階を迎えると予想します。医師の権利意識の高揚化が考えられるからです。既に相当広範囲に医師の当直での本来の業務の内容が知れ渡っています。私も最初にそれを読んだ時には「夢の世界」と思いましたが、厚生労働省通達って代物の扱いを知るにつれ「遵守すべきだ」の声が高まっています。とくに堀病院事件で捜査の根拠となった看護師内診禁止の通達内容を知れば、その30倍は精密な通達ですから守る方が正しい行為です。

      また救急に従事している医師の心に暗い影を落としているものに奈良救急事件があります。それに反するように、奈良事件や川崎こんにゃくゼリー訴訟のように断っても問題が生じる事を知る医師が確実に増えています。つまり引き受けても地獄、断っても地獄が待っているのなら「最初からしない」が残された選択となります。

      今後医局からの派遣医が期待できなくなる中小病院の医師確保のキーワードの一つに、救急病院の看板を降ろすというものがあります。そうするだけで嘘のように医師が集まると聞いたことがあります。考えれば救急自体はさほど旨みのある商売ではありませんし、それよりも医師確保の方が至上の課題になりますから、医師の意識と相俟って救急病院の減少が予想されます。

      救急病院が減れば残された救急病院の負担は急激に増します。負担が増した病院からはさらに医師逃散が加速されますから、争って救急の看板を降ろす病院が増える事は予測できます。もう一つ言えば、早くに看板を降ろした病院はそんなに批判されませんが、最後まで踏みとどまった病院が看板を降ろすときには社会的批判が集中します。先の見える経営者なら選択は自ずと限られると考えますし、結果として奈良事件並みの出来事が当たり前のように日常化すると予測します。


  3. 介護難民の問題化


      厚生労働省のお題目に「これからの高齢者介護は在宅で」があります。これが現実をどれだけ無視したものであるかは何回も解説したので今日は割愛します。現実を無視していようが粛々と進めるのは最早既製事実です。厚生労働省は介護保険と在宅支援療養所を整備したから高齢者の在宅介護の体制は万全とふんぞり返っています。ふんぞり返った上で、在宅に移行するから施設は減らすの施策を確実に今年から行なっていきます。

      現状の介護医療の流れは、

      一般病床 → 療養病床 → 老健施設 → 特養施設

      ですが在宅に大量に移行する前提なので、まず現在でも不足している老健施設、特養施設の建設は極力抑制します。一方で療養病床は現在の38万床から15万床に減らすそうです。さらにですが一般病床も現在の90万床から60万床程度に減らす事も計画されています。減った分は在宅です。療養病床分だけでも20万人以上は在宅に追い出される計算となります。さらにですが、日本の高齢者人口が急増するのは誰でもご存知と思いますが、年間死亡者は現在の100万人程度から170万人程度に増えると予測されています。当然ですが、介護を必要とする高齢者も1.7倍になると考えるのが妥当です。

      在宅介護が出来るかと言われれば「できる」と答えられる家庭はどれほどあるでしょうか。「できない」家庭が大部分ですから、介護家族による施設争奪戦が勃発します。これはまだ今年中には顕在化しないでしょうが、これからジワジワと社会問題化するのは必至です。今年はその第一段階が現れてきそうです。


  4. 受診難民の可能性


      75歳以上の高齢者医療に登録制、定額制を導入する意向が示されています。まだ案の段階ですが、慢性疾患をもつ患者は特定の医療機関に登録しそこ以外は受診できず、医療機関も何回受診しても一定額以上は診療報酬をもらえないシステムだそうです。イギリス型の見え見えの医療費抑制システムですが、相当痛い制度です。

      これまでの医療費抑制は実費負担分の増加による抑制が主でしたが、これは医療機関の窓口も被害を蒙りましたが、回りまわって厚生労働省や政府も不満の対象となりました。ところがこの制度では痛いのは医療機関だでけで、患者も国も直接の被害を蒙りません。蒙りませんといっても国は確かにそうでしょうが、患者は必ずしもそうとは言えなくなります。

      制度の細部は分からないのであくまでも仮定ですが、日本の医療機関の分布からしてイギリスのような地域登録制にするのはかなり無理があります。そうなれば患者は自由意志で登録病院を選ぶ可能性が高いことになります。患者も自由意志ですが、医療機関にも登録の自由意志が発生する可能性があります。当然の事で、病状の程度によっては引き受けられない事があるからです。この選別が前向きの姿勢で行われれば問題はありませんが、頻回の検査や受診が必要な患者はこの制度では経営上不利です。そんな患者ばかりが殺到すれば医療機関は倒産します。

      どこでも考える事は同じで、慢性疾患をもつ患者でもできるだけ軽症で検査や治療の必要性が少ない患者を集めようとします。手のかかる患者は敬遠されるという事です。また登録されていても病状が重くなったら再登録を拒否される可能性が出てきます。いよいよ受診難民さえ出てくる可能性があるということです。
こうやって並べて書くとどうも今年のキーワードは「難民」のようです。難民と言ってもいつぞやの報道であった「がん難民」みたいなものとは程度が違います。お産難民、救急難民、介護難民、受診難民の大波が起こればがん難民のような平和な話題は問題にすらされなくなるかと考えます。

それにしても確実に予測され、問題点の分析まで可能で、対策も考えられる問題に対し、手を拱くしかないのはどこか世の中が間違っていると思うのですがネ〜。まあまあ、それでもあくまでも予測ですから、結果として大外れになる可能性もあるわけですから、こんな片隅からでも事態を注目していきましょう。