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カレントアウェアネス
No.319 2014年3月20日
CA1816
電子書籍を活用した図書館サービスに係る法的論点の整理
収集書誌部収集・書誌調整課:間柴泰治(ましば やすはる)
はじめに
紙書籍と電子書籍。いずれも「書籍」という語を含むが、図書館サービスを実施する上での取扱いは同じだろうか。例えば、図書館で電子書籍を購入したとして、紙書籍と同様に貸出やコピー(プリントアウト)はできるだろうか。そもそも電子書籍を「購入」するとはどういうことを意味するのであろうか。図書館で長期に保存することはできるのであろうか。本稿は、このような電子書籍を活用した図書館サービスに係る論点を法的観点から整理しようとするものである。
1. 紙書籍を活用した図書館サービスと著作権の関係
図書館資料は、その多くが「著作物」で構成されており、これに係る著作権は著作権法の保護を受ける。したがって、図書館資料を活用した図書館サービスは、著作権を侵害しない範囲で行う必要がある。しかし実務上、図書館サービスを実施する際に著作権処理をいちいち行うことは、まずない。なぜだろうか。典型的な図書館資料である紙書籍を例に考えてみよう。
「著作物」を含む紙書籍を図書館が購入した場合、その所有権は図書館に移転する。では、その著作権はどうだろう。結論としては、特に契約で定めない限り移転しない。つまり、その書籍の著作権、たとえば、そのコピー(印刷)に係る「複製権」(法21条)、貸出に係る「貸与権」(法26条の3)は、その書籍の販売によって所有権が移転しても、著作権者が保有する。にもかかわらず、図書館は蔵書を利用者に貸し出し、そのコピーを利用者に提供することができるのは、これらのサービスに法30条以下の「権利制限規定」が適用されるからである。図書館が行う紙書籍の貸出については法38条4項が、そのコピーについては法31条1項1号が適用され、著作権者の許諾なく実施できるのである。なお、紙書籍の図書館施設内での閲覧、図書館による保存については、著作権が及ばないので自由に行うことができる。
2. 電子書籍を活用した図書館サービスと著作権の関係
電子書籍を活用した図書館サービス(以下「電子書籍サービス」という)の例として秋田県立図書館の例(1)を見ると、同図書館では、実際に来館することなく電子書籍の貸出を受けることができる。具体的には、利用者のスマートフォンまたはタブレットで専用アプリケーションを起動し、貸出を希望する電子書籍を検索・指定することにより、同図書館のサーバーに保存されている電子書籍がインターネットを通じてスマートフォン等にダウンロードされ、閲覧が可能となる(2)。
このサービスを著作権法の観点から見ると、「同図書館のサーバーに保存されている電子書籍がインターネットを通じてスマートフォン等にダウンロードされ」るというプロセスが、公衆送信権(法23条1項)に関係する。公衆送信権については、図書館サービスに関連して適用可能な権利制限規定はないので、電子書籍サービスの実施には、著作権者の許諾が必須となる。したがって、電子書籍サービスの内容は、紙書籍を活用した図書館サービスと異なり、必要な著作権処理等を行った上で電子書籍サービスを図書館に提供するベンダーとの契約によって決定される。
では、電子書籍は、図書館で長期に保存することができるだろうか。この点については、電子書籍は無体物であるデジタルデータなので所有権の対象とはならないことに留意する必要がある(3)。すなわち電子書籍の「購入」は、必ずしもその所有を意味せず、したがって無条件に図書館での保存に結び付くわけではない。また、その電子書籍を図書館のサーバーやDVD等に保存しようとする場合は「複製権」(法21条)にかかわるが、このような保存行為に係る権利制限規定は著作権法にはない。したがって、電子書籍の保存にも著作権者の許諾が必要となる(4)。仮に図書館で電子書籍の保存ができないまま、ベンダーやその電子書籍を供給する出版社や書店等が営業を停止した場合は、電子書籍サービスが直ちに停止する可能性があることに注意が必要である(5)。
3. 電子書籍サービスをめぐる論点と対応
以上から、電子書籍サービスを実施しようとする場合は、同サービスを提供するベンダーと契約を結ぶ必要があり、また、この契約が同サービスの内容を規定するため、契約内容によっては十分な図書館サービスを提供できない可能性がある(6)。さらには、そもそも図書館への電子書籍の供給を著作権者や出版社等が認めず、図書館が入手できない場合もある(7)。電子書籍サービスに関する先進地域である欧米では、実際に、電子書籍の利用に厳しい条件を付されたり、電子書籍の供給を拒否されたりする事態が生じているという(8)。
電子書籍をめぐるこのような状況において、図書館はどう対応すれば良いのだろうか。このような状況において国際図書館連盟(IFLA)は、「図書館による電子書籍貸出のための原則(9)」を2013年2月に公表した(10)。この「原則」は、出版社や書店等と交渉し、ダウンロード型の電子書籍の貸出サービスの実施を目指す図書館職員が留意すべき事項を、以下の6点に整理したものである。
(1)収集する電子書籍を自ら策定した収集方針に基づいて選択する前提条件として、すべての市販の電子書籍が入手可能であること
(2)実際に購入し、電子書籍サービスが実施できる条件で利用契約を結ぶこと
(3)著作権の権利制限規定により実施可能な図書館サービス(読書障害者のアクセシビリティ確保のためのサービスを含む。)が、契約によって禁止されないよう同規定を尊重すること(11)
(4)一般的なプラットフォーム・アプリケーション・機器で利用可能であること
(5)長期的に利用可能であること
(6)利用者のプライバシーを保護すること
この「原則」が公表された背景には、紙書籍がダウンロード型の電子書籍へと移行していくことに伴い、従来の図書館に関する諸原則が変化を迫られているという認識がある(12)。ここでいう「従来の図書館に関する諸原則」については様々な整理が可能であろうが、本稿では、「図書館の自由に関する宣言」(13)が示す諸原則(図書館の資料収集の自由、図書館の資料提供の自由、図書館の利用者の秘密を守る義務)を手がかりに、これら6つの事項の意義を確認してみたい。
そうすると、(1)と(2)は、著作権者や出版社が図書館への電子書籍の供給に消極的な現状を踏まえて、「図書館の資料収集の自由」を再構成したものと解される。また、(3)は、利用方法を契約に強く規定される電子書籍の著作権法上の特性を、(4)と(5)が、その利用が特定のアプリケーションや機器等に依存する電子書籍の技術的特性を踏まえて、「図書館の資料提供の自由」を再構成したものと解される。最後に(6)は、利用者の情報が図書館内に留まらず、ベンダーでも管理される状況を踏まえ、「図書館の利用者の秘密を守る義務」に対応するものと理解できる(14)。以上のとおり整理すると、この「原則」は、従来の図書館に関する諸原則を、電子書籍という技術的にも、また法的にも全く新しいメディアに対応して再構成したものと理解できる。
なお、上記のうち(1)と(5)については、国レベルでの取組みとして、立法的解決策が提案されている。まず(1)については、図書館へ電子書籍が供給されない、あるいは厳しい利用条件でしか電子書籍が図書館に供給されない事態を避けるため、合理的条件での契約の義務付けが提案されている。また(5)については、出版社と図書館との共同による保存事業に加えて、電子書籍の納本制度創設が提案されている。このような立法的解決策の実現可能性は、その国の事情により異なるだろうが、たとえば(1)に関する提案は、カナダのように出版社や著作者に公的助成が行われている国で、より現実味を帯びるとされている。
おわりに
最近、日本でも出版社等が図書館の電子書籍サービスに本格参入するとの発表(15)が相次いだが、同サービスの実施に必要な電子書籍の確保はいずれも今後の課題としており、日本における電子書籍サービスモデルの確立には時間を要すると思われる。したがって、今後より良い電子書籍サービスを構築していくためには、著作者・出版社・図書館・利用者等の当事者が相互に協力し、すべての当事者にとって合理的なサービスモデルを模索していく必要があろう。その模索の過程にあって、図書館側も、電子書籍サービスへ強い関心を持ち、積極的に提案を行うことで、電子書籍サービスの発展に貢献でき、ひいては図書館サービスの発展につながるのではないかと思われる(16)。
(1) 山崎博樹. 秋田県立図書館における電子書籍サービスの構築と課題. 図書館雑誌. 2013, 107(12). p. 762-763.
(2) なお、プリントアウト(印刷)はできない。
(3) 民法85条は、「この法律において「物」とは、有体物をいう。」と規定しているので、無体物である電子書籍は、民法に規定する所有権の対象とはならない。ただし、電子書籍がDVDなどに固定されれば、そのDVDなどが所有権の対象になり得る。この点に注目すると、電子書籍の購入とは、データベースサービスの利用権を取得することと類似していると言える。
(4) 仮に電子書籍の保存について許諾を得たとしても、特殊なフォーマットである場合や利用に特殊なソフトウェアが必要な場合は、長期的な保存・利用に支障をきたす可能性があるが、本稿の論旨を超えるので言及しない。
(5) 森山光良. 日本の公共図書館の電子書籍サービス:日米比較を通した検証. カレントアウェアネス. 2012, (312). p. 23.
電子書籍サービスが終了した最近の例として、2013年3月31日に楽天がサービスを終了した「Raboo」、2014年2月24日にローソンがサービスを終了する「エルパカBOOKS」がある。
(6) 具体的な契約内容の例を挙げると、
(1)個人向け通常価格の数倍となる図書館向け価格の設定、
(2)同時に貸し出すことができる点数の制限、
(3)貸出回数の上限設定(例:30回貸し出したら改めて購入)、
(4)電子書籍の図書館サービスの対象者の限定(例:X市在住者のみに限定し、X市在学・在勤者は対象外)、
(5)図書館での電子書籍の保存不可、
(6)プリントアウト(印刷)不可、などがある。
(7) 一般に、商業出版社や著作者は、公共図書館での電子書籍サービスの実施は、電子書籍の販売を減少させ、結果的に経済的利益の損失をもたらすことを懸念していると理解されている
“IFLA Principles for Library eLending.” IFLA. 2013-11-14. http://www.ifla.org/node/7418. (accessed. 2014-02-10).
この全文和訳として以下のものがある。
IFLA. “IFLA 図書館の電子書籍貸出(eLending)のための原則(和訳)”. 国立国会図書館訳. 2013-8-16.
http://www.ndl.go.jp/jp/aboutus/data/pdf/ifla_elending.pdf. (参照. 2014-02-10)
(8) たとえば、アメリカの状況については以下を参照。
時実象一. 特集,公共図書館と電子書籍のいま:米国公共図書館の電子書籍利用事情. 図書館雑誌. 2013, 107(12), p. 766-768
井上靖代. アメリカの図書館は、いま。(69): 図書館での電子書籍貸出をめぐる議論(1). みんなの図書館. 2013, (433), p. 62-68.
(9) IFLA. 前掲.
(10) なお、個別の電子書籍サービスに関する契約の内容について留意すべき事項を取りまとめたものとして、アメリカ図書館協会(ALA)が2012年8月に公表した報告書「公共図書館のための電子書籍ビジネスモデル」がある
“EBook Business Models for Public Library”.,American Library Association. 2012-08-08.
http://connect.ala.org/files/80755/EbookBusinessModelsPublicLibs.pdf, (accessed. 2014-02-10).
この報告書は、電子書籍サービスに関する契約内容の標準は未だ流動的であるとの現状認識に立ち、契約交渉に臨む姿勢、契約内容を評価する基準、具体的な契約条件の評価について取りまとめたものである。評価対象とした具体的な契約条件とは、
(1)同時アクセス数制限
(2)総アクセス回数制限
(3)図書館向け価格の設定
(4)発行後一定期間経過後の購入
(5)図書館施設内のみでの貸出手続
(6)コンソーシアム内または図書館間の貸出制限である。
(11) 日本の著作権法30条以下に権利制限規定が設けられているが、これらの規定と相いれない内容を契約で定めた場合、この契約内容は有効であろうか、無効であろうか。この論点は、著作権法上の権利制限規定が強行法規であるか、任意法規であるかという論点として捉えられ、具体的には、各規定の果たす役割や成果を踏まえた上で解釈すべきものとされる
作花文雄. “4. 制限規定と契約”. 詳解著作権法. 第4版, ぎょうせい, 2010, p.309-313.
仮に、図書館サービスに関わる権利制限規定が任意法規であると解される場合は、電子書籍サービスの提供に関する契約でその規定と相いれない内容を含む場合、契約で定めた内容が有効となるので、結果的に権利制限規定で認められた図書館サービスが実施できないことになる。
(12) “IFLA E-Lending Background Paper”, IFLA.
http://www.ifla.org/files/assets/clm/publications/ifla-background-paper-e-lending-en.pdf, (accessed. 2014-02-10)
(13)日本図書館協会が1954年に採択、1979年に改訂。この宣言の全文および解説は、以下を参照。
日本図書館協会図書館の自由委員会編.「図書館の自由に関する宣言1979年改訂」解説. 第2版, 日本図書館協会, 2004, p.127.
(14)たとえば、アメリカのオーバードライブ社が提供する電子書籍サービスにおいては、電子書籍は同社のサーバーから利用者が直接インターネットを通じてダウンロードするので、利用者の利用情報が同社に蓄積される可能性がある
溝口敦. アメリカ公共図書館の95%が導入するオーバードライブの電子図書館モデルとは?. ず・ぼん. 2013, (18), p. 116.
このような電子書籍サービスの場合、ベンダーが利用者のプライバシーである利用情報を把握する可能性があるので、利用者のプライバシー保護に特に留意する必要があろう。
(15) KADOKAWA・講談社・紀伊國屋書店の3社は、共同で日本電子図書館サービスを設立し、早期の図書館向け電子書籍サービスを提供することを目指すと発表した。
“株式会社日本電子図書館サービスの設立について”. 株式会社KADOKAWA. 2013-10-15.
http://ir.kadokawa.co.jp/topics/20131015_jdls.pdf, (参照. 2014-02-10).
また、大日本印刷グループ3社と日本ユニシスは、2014年4月から図書館向けに新たな電子図書館サービスを開始すると発表した。
“大日本印刷 日本ユニシス 図書館流通センター 丸善:クラウド型電子図書館サービスを刷新、図書館と生活者の利便性向上へ”. 大日本印刷. 2013-10-29.
http://www.dnp.co.jp/news/10092989_2482.html, (参照. 2014-2-10).
(16) 間部豊. 公共図書館における電子書籍の導入状況について. 図書館雑誌. 2013, 107(12), p.758.
山崎. 前掲. p. 763.
[受理:2014-02-10]
間柴泰治. 電子書籍を活用した図書館サービスに係る法的論点の整理. カレントアウェアネス. 2014, (319), CA1816, p. 14-16.
http://current.ndl.go.jp/ca1816 Mashiba Yasuharu.
Discussion on the E-book Library Service.