プロゴルファー宮里藍選手が都内で記者会見(5月29日)を開き、今シーズン限りでの引退を表明した。引退発表から10日後に開催されたサントリー・レディース(兵庫)には、連日たくさんのギャラリーが詰めかけ、国内で最後になるであろう彼女のプレーを声援とともに見守った。

クレバーなコースマネジメントで世界ランキング1位に
高校生で出場した2003年ミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープンにアマチュアで優勝。その後プロになり、宮里の華麗なキャリアがスタートした。国内で数々の優勝(15勝)を飾り、06年からは主戦場をアメリカに移した。09年に初優勝すると10年には年間5勝を挙げ、アメリカツアーでは通算9勝をマークしている。
この間、世界ランキング1位にもなっている。
身長155センチと小柄な体格ながら、ショットの正確さとクレバーなコースマネジメント、抜群のパッティングセンスで、パワーを武器にする欧米の選手たちと互角に渡り合ってきた。いつも明るく、コース内外でのマナーも素晴らしく、ファンだけでなく同僚のゴルファーたちからも尊敬と親しみを持って「藍ちゃん」と呼ばれてきた。
コーチでもある父・優さんの指導で4歳からゴルフを始めた。沖縄の中学時代にはバスケットボールの選手としても活躍したが、最終的にはゴルフを選んだ。長男の聖志、次男の優作もプロゴルファーであり、「宮里三兄妹」と呼ばれたゴルフファミリーの一員としても国内外のゴルフシーンを盛り上げてきた。
「自分が求めている、理想とする姿は、そこにはもうなかった」
1985年6月19日生まれ。32歳になったばかりである。
この年齢での引退が早いかどうかは分からないが、多くの関係者が「まだまだできるのではないか」とその引退を惜しんでいる。前述のサントリー・レディースに駆けつけたファンも同じ思いを抱いていることだろう。
ここ数年優勝から遠ざかっているとはいえ、国内での人気はいまだにトップクラス。CMにも多数起用され、多くのファンが彼女のプレーを見たがっている。
そんな中での引退表明。宮里藍は何と向き合い、何を感じていたのだろうか。記者会見で語った彼女の言葉をもう一度見てみよう。
引退の理由は?
「モチベーションの維持が難しくなった。自分とも向き合えないし、今までやれていた練習ができなかったり、トレーニングでも追い込むことができなくなった。自分が求めている、理想とする姿は、そこにはもうなかった」
ケガや故障、加齢からくる衰え…。スポーツ選手には避けられない引退も数多くあるが、やはり一番手強い敵は、「モチベーションの低下」だろう。それはスポーツを生業にするプロ選手だけでなく、どんな職業の人にも言えることだろう。
「まだやりたい」という意欲があるうちは、たとえ成績が芳しくなかったとしても、そこを抜け出す努力に傾注することができる。しかし、ひとたび「もういいか」と思い始めると、それまで続けてきたすべての活動に意味を見出せなくなってしまう。
モチベーションの低下を招く要因には以下のようなことが考えられる。
- 心身の疲れ
- 肉体的な衰え
- 目標を叶えたことからくる達成感
- 頂点を極めた感覚(世界ランキング1位など)
- 経済的な潤い
- 高い人気と周囲からの認知
- 不本意な姿を見せたくないというプライド
- もう勝てないのではないかという恐怖
こうしたことをひと言でいえば、「物心両面においてハングリーが満たされてしまった」ということなのだろう。
引退は、宮里藍のプロ意識の高さが決めた結論
「アップル」の創業者スティーブ・ジョブズは、かつてアメリカの学生を前に言った。
「Stay hungry、Stay foolish」 (ハングリーであれ 愚か者であれ)
それこそが原動力だ…と。
沖縄で生まれ育った小柄な少女は、やがて日本のゴルフ界を席巻して海を渡り、アメリカでも旋風を巻き起こした。世界ランキング1位に君臨し、誰も見たことのないところから世界を眺めた。もしかすると彼女は、若くして多くのものを手に入れ過ぎたのかもしれない。
これは決して彼女を揶揄(やゆ)するような意味ではない。宮里藍は、誰よりもハングリーにゴルフと向き合ってきたからこそ、今の地位にたどり着けたのだ。ただジョブズが指摘するように「いつでも」「いつまでも」ハングリーで居続けることは難しいことなのだ。
宮里自身が言っている「自分が求めている、理想とする姿は、そこにはもうなかった」とは、ハングリーな自分がそこにはもういなかったということだろう。その自分の違いを彼女自身が理解できるのは、何事においてもハングリーに向き合うことができた自分自身を知っているからだ。
引退が早いか遅いかの議論に意味はない。問題は、何が理由で辞めるかだ。そこに私たちへのメッセージがある。
ハングリーでない自分自身が許せない。
宮里藍の引退は、彼女のプロ意識の高さが決めた結論だったのだ。
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