家電量販激戦区の栃木県にあって、圧倒的強さを誇るカメラ店チェーンがある。県内カメラ販売シェアは17年連続首位。市場全体が縮小する中で粗利率は44%を誇る。一見、無駄と非効率な経営戦略が利益を生む。孤高のカメラ店の不思議な経営を丸裸にする。

サトーカメラとは
創業1964年
本店栃木県宇都宮市陽東3-27-15
社長佐藤千秋
概要カメラ関連商品の販売、カラー写真の生産販売など
売上高20億円弱
店舗数栃木県内に18店舗、中国に1店舗

 11月中旬の週末。大通り沿いにあるサトーカメラの宇都宮本店を訪ねると、50台以上収容スペースがある駐車場は、ほぼ満車状態だった。地元、「宇都宮」ナンバーの車がずらりと並ぶ。

 普通の繁盛店。それが店に入っての第一印象だ。手書きのPOP(店頭販促)が至る所に掲げられ、柱やテーブルなどもマスキングテープやシールでにぎやかに装飾。店内には、子連れ客のために遊び場も設置され、親の買い物を待つ子供たちの歓声が響く。が、よく店内を見回すと、不思議な光景が目に飛び込んでくる。ずらりとソファが並び、多くの顧客が店員と横に並んで座り、延々話し込んでいるのだ。

 客層は様々。老夫婦がこれから買うデジタルカメラの基本操作をひたすら質問している席あり、カメラ初心者が覚えたての専門用語を交えながら写真談義に花を咲かせている席あり。共通するのは、いずれの席も、接客時間が長いことだ。

 5分、10分、30分…。老夫婦は被写体の話からそれたのか、いつのまにか孫の話になり、何かの備品を買いに来たであろうカメラマニアの卵は持ってきた作品自慢を始めている。それでも店員は楽しそうに顧客の話に耳を傾け、的確なアドバイスを送り続ける。

 「1人のお客様に1時間接客は当たり前。最長は5時間もありますよ」。こう笑顔で話すのはサトーカメラ宇都宮本店の店長であり、同社のトップ販売員でもある竹原賢治氏だ。

栃木限定の最強カメラ店

 サトーカメラは、現在の社長である佐藤千秋氏の両親が1964年に創業したカメラ専業の販売店。売上高は20億円弱、従業員は約150人と、同じ宇都宮市に本社を置く家電量販店のコジマに比べると企業規模は100分の1にも満たない。

 ただ、この小さな会社は、こと栃木県内とカメラにセグメントを限定すると、鬼のごとき強さを発揮する。

 栃木県内でのカメラ販売シェア17年連続首位。13年連続で粗利率が増えており、現在の粗利率は44%に及ぶ。店舗は国内では栃木以外に1店もないが、栃木の中には18店舗もある。今では「栃木限定、カメラ限定のとんでもない店がある」と業界内ではすっかり有名で、キヤノンやソニー、オリンパスなどの大手カメラメーカーの販売担当者も頻繁に訪れるという。

市場全体は2008年をピークに減少傾向が続く
●国内のデジタルカメラ出荷台数と出荷金額推移
市場全体は2008年をピークに減少傾向が続く<br /><span>●国内のデジタルカメラ出荷台数と出荷金額推移</span>
出所:カメラ映像機器工業会

サトーカメラのここがすごい!


  • 13年連続で粗利率増加

  • 17年連続栃木県のカメラ販売NO.1

  • 粗利率44%

 スマートフォンの普及でデジカメ市場が縮小する中、安定成長を続けるサトーカメラ。その経営の神髄はズバリ、「無駄と非効率の肯定」にある。その象徴が冒頭で紹介した超長時間接客だ。

 最長5時間にも及ぶサトーカメラの接客。その中身は必ずしも商品の説明だけではない。撮影技術の上達法から近隣の撮影スポット情報まで、カメラに関するあらゆることが話題になる。

 1人の店員が1日に何十人もの接客をする一般の家電量販店とは真逆の戦略。その狙いについて、佐藤社長の実弟で現場を取り仕切る佐藤勝人専務は「ターゲットとしている顧客の中心が、カメラにあまり興味がない『ノンカスタマー』だから」と説明する。

狙うのは85%の「ノンカスタマー」
●カメラに関する栃木県内の意識調査
狙うのは85%の「ノンカスタマー」<br /><span>●カメラに関する栃木県内の意識調査</span>
出所:数字はサトーカメラ調べ

 既に写真に詳しい層は、買いたい機種も決めているし、撮影スポットも熟知している。このため、大手との奪い合いになれば、サトーカメラに分が悪い。そこで同社は、「既存の顧客は大手販売店に任せ、『ノンカスタマー』に軸足を置いて生き残る」(佐藤専務)を基本方針としている。

 では、どうやって「写真に興味のない層」にカメラを売るのか。有効な方法の1つは、何らかのきっかけで写真に関心を持ち来店してくれた顧客を、全力でもてなしてカメラや写真の面白さを知ってもらうことだ。

 「30分では足りないし、立ち話などもってのほか。ソファに座ってもらってじっくり集中して話を聞いてもらうのが一番」と竹原店長は話す。

ソファ席に座って接客する宇都宮本店の竹原賢治店長(奥)。印刷する写真データを一緒に選んでいる
ソファ席に座って接客する宇都宮本店の竹原賢治店長(奥)。印刷する写真データを一緒に選んでいる

 初見の顧客の接客は世間話や雑談から入ることが多い。このため、販売員には商品知識と同じくらい“雑談力”も要求される。写真とは無縁の話から始め、徐々にカメラに話題を移していく。写真の素晴らしさをうまく伝えているか、話の流れが自然かなどを確認するため、自分の接客シミュレーションをビデオに撮影し販売員同士が課題を指摘し合うトレーニングも実施している。

 デジカメ市場が縮小する中、家電量販店の多くは顧客の奪い合いを繰り広げている。だが、たとえ非効率でも自力で顧客を育てることができれば、争奪戦に巻き込まれることもなく、成長を持続できる──。これがサトーカメラの考え方だ。

 超長時間接客という一見、非効率な戦略を続けながら、同社が成長している背景には、顧客争奪戦に巻き込まれないことに加え、もう一つ理由がある。サトーカメラの収益源はカメラの販売だけではない。むしろ利益面で貢献しているのは店内での写真印刷事業だ。粗利額の約50%は写真プリントが占める。

 同社の顧客の中心は、写真に目覚めたばかりの初心者層。マニアと異なり、家庭での印刷体制は十分に整っておらず、撮影した写真は店で印刷する人も多い。そんな顧客のためにソファ席には、撮影した写真を印刷するためのパソコンが設置されており、担当の販売員と1枚ずつ選び印刷する。

 この印刷代が大きい。同社では現在週に36万枚の写真が印刷されているが、印刷代の利益率はカメラの販売より高いという。

 もっとも、最近は大手量販店でもセルフプリントの端末が設置されており、店員が接客しなくても端末上のガイドで簡単にスマホやデジカメのデータを印刷できる。あえて店員が付きっ切りで印刷するサトーカメラのやり方はこれまた非効率に映るが、ここにも大きな意味がある。

 佐藤専務は「一緒に写真を選ぶことで、よりお客様のことを理解できる」と説明する。どんな写真が好みなのか、生活の中でどんな撮影機会があるのか。「それらを把握することで、次にどんな関連製品をお薦めすれば喜ばれるのか見えてくる」(佐藤専務)という。また、デジタル技術に疎い高齢顧客も安心してもらえるというメリットもある。

 同じ非効率なアフターフォローで言えば、同社はカメラの保証期間も長く、業界で唯一11年保証を掲げている。カメラメーカーは原則、交換部品を10年間ストックしており、保証期間内なら何度でも修理や部品交換が可能だ。

 当然、11年も保証してしまえば新商品の買い替え需要は減る。が、収益の柱が印刷にある同社には、カメラを買い替えてもらうより、使い慣れたカメラで1枚でも多く写真を撮影してもらった方がありがたい、とも言える。

 超長時間接客による初心者中心の顧客開拓、利益の柱を印刷事業に置く収益構造、手厚すぎるアフターフォローによる顧客との関係強化…。同社の不思議な戦略は、全て有機的につながっている。

 同社の非効率戦略は、商品構成にも及んでいる。新製品などのメジャー商品より、スポットの当たらないマイナー商品に目を向けていることだ。

 世の中に流通しているカメラのうち、量販店が扱っているのは約1割と言われる。機能が大きく劣るわけでもないのに、残り9割は周知されることなく消えていく。サトーカメラはここに着目した。実際、サトーカメラの店舗に行くと、一部人気商品も置いてあるものの、聞き慣れないブランドや、大手メーカーでもマイナーな製品も多い。

 こうした製品は、メーカーによる大掛かりな宣伝がない分、普通は売りにくい。在庫が滞留する可能性も高く、資本効率を高める上では得策とは言えない。それでも、マイナー中心の商品構成を敷くのはやはり、大手との競争を回避し、顧客満足を高めるためだ。

 「人気商品の販売で真っ向勝負しても勝てないから、マイナー製品で戦うしかない。カメラ好きの中には、誰もが持っている商品より希少価値の高い製品を好む方も少なくない」。佐藤専務はこう説明する。

 マイナー商品は基本的に、販売員が直接メーカーに足を運び仕入れているが、同社の販売員は長時間接客やアフターフォローを通じて、常連顧客の趣味をよく知っている。このため、全く見当違いの商品を仕入れ長年ほこりを被るような事態にはならないのだ。

 大手と競わず自社で顧客を育てるサトーカメラは、商品も自分で発掘したものを自らヒット商品に育てている。

 無駄と非効率を肯定し、大手家電量販店にはない戦略を貫く同社。その最大の弱点は、「何らかのきっかけで写真に関心を持ち来店するカメラ初心者」が途絶えると、その仕組み自体が回らなくなることだ。佐藤専務が言う「ノンカスタマー」がいなくなれば、超長時間接客も11年保証も色あせかねない。

 そこで、そうならないよう同社が重視しているのが、紙のチラシだ。

 クリック一つで一瞬にして何万人、何十万人に広告を効率的に届けられるウェブマーケティングが完全に主流の時代だが、「ウチにとっては、チラシこそ最高のマスメディア」と断言する。その意味は、実際に同社のチラシを見るとすぐ分かる。

 サトーカメラのチラシは、「カメラ単体の紹介」より、「とにかくカメラに少しでも興味を持って来店してもらうこと」が狙いだ。他社の新聞折り込みチラシに比べて商品の掲載数は少ないが、その分、商品説明は充実していて“モノ雑誌”のようなレイアウトになっている。

 例えば最新号のチラシには、「懐かしい幼少時代へタ~イムスリ~ップ!」とのタイトルで、佐藤専務自身の子供の頃の写真を掲載し、こう続けている。「今では記憶にもない昔の思い出が映像で残っているってうれしいですね! DVDダビングで残しましょう!!」。DVDダビングが何のことか分からなくても、孫の写真を手に思わず来店する高齢者が目に浮かぶ。

チラシには印刷に興味を持ってもらうウンチクが
チラシには印刷に興味を持ってもらうウンチクが
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 さらに、各店舗の店長の顔写真と出身校がチラシにも載っているのも特徴だ。このスタッフの情報開示も重要な集客戦術。旧友や自分の出身校の店長をチラシで見つけた人が、カメラに関心がないのに来店してくることもある。

 そうやってチラシを見て来店してくれた顧客を、これ以上ない情熱で接客しカメラファンになってもらう。そんな地道な作業の積み重ねで、サトーカメラは生き残ってきた。

 同社が現在の営業スタイルに本格的に転換したのは2003年。フィルムカメラ市場の衰退がきっかけだった。

 大手家電量販店の隆盛が始まった1980年代後半以降も、同社が存続できたのは、カメラの売り上げが減っても、フィルムの販売と現像代の収入はさほど変わらなかったからだ。多くの人はカメラ自体は量販店で購入しても、フィルムの購入や現像は近所のカメラ店で済ませることが多い。が、2000年に入りデジタルカメラが普及するとそんな貴重な収入が一気に減ってしまう。

 どう事業を継続するのか。たどり着いたのが、他にない商売のスタイルを確立することだった。

栃木から一足飛びに中国へ

 こうして栃木県内で不動の地位を築いた同社は、昨年からついに、県外への営業エリア拡大に乗り出した。といっても茨城や群馬、あるいは東京に出店したわけではない。進出先は中国・蘇州市。地場のカメラ店をFC(フランチャイズチェーン)化し第1号店とした。

 中国の古き良き伝統的な景観がまだ残る蘇州市。駅から少し離れた大通り沿いに、華為技術や小米など大手スマホメーカーの販売店と並んでサトーカメラの中国1号店はあった。窓にはたくさんのPOPや写真、そして店内の天井には印刷された写真が国旗のようにずらりと連なってつり下がっている。写真をデコレーションするためのテーブルや椅子のほか、同社おなじみのソファも置いてある。宇都宮で見た光景が、そっくりそのまま蘇州でも再現されていた。

殺風景な販売店の間に立つ、サトーカメラの蘇州店。にぎやかな外観が目立つ
殺風景な販売店の間に立つ、サトーカメラの蘇州店。にぎやかな外観が目立つ
中国事業を統括する佐藤勇士副社長(左)と陳彭齢氏(右)
中国事業を統括する佐藤勇士副社長(左)と陳彭齢氏(右)
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 それにしても、なぜ栃木限定で商売をしてきた中小企業がいきなり中国進出なのか。その答えは単純明快。「他県に進出するよりここに来た方が、最もウチの特徴が際立つ」。佐藤専務の息子で、中国事業を担う佐藤勇士・佐藤商貿副社長はこう話す。

 中国の一般の小売店では今も接客という概念があまりない。市場の成長は鈍化しても、物が売れていく状況が続いており、現地の店舗の販売員は業種を問わずそっけなく、「おもてなし」の姿勢などほぼ皆無に等しい。

 ただ、サービスレベルは以前のままでも、経済成長により庶民の間の消費者意識は確実に高まっている。例えばカメラも、アフターサービスなどない路面店で、ろくな商品説明を受けずに買うのが一般的だったが、今は多くの人が真っ当な接客を求めている。ここに、サトーカメラの勝機がある。

 現実に、蘇州店にはオープン以来、顧客が殺到。来店者数はFC化前に比べ2倍に増え、粗利額は30%上がった。昨年冬、その盛況ぶりを聞きつけたキヤノンなど中国全土の販売代理店担当者約100人が訪れた。

 「正直かなり驚きました」。キヤノン中国の伊藤裕之総経理はサトーカメラの店舗の印象をこう語る。キヤノン中国は今年3月、上海にショールームをオープンしたが、座って接客ができるスペースを設けるなどサトーカメラの手法を一部参考にした仕組みを取り入れている。

課題は現地での人材育成

 サトーカメラの中国展開の今後のカギとなるのは、人材育成だ。蘇州店でも最初は勤務する中国人社員の大半が、中国ではあり得ない手厚い接客をすることに拒否反応を示していたという。

 その雰囲気を変えたのが、日本で20年間以上生活していた上海出身の店舗指導者、陳彭齢氏だ。陳氏は日本にいた頃、「中国で自分の店を持ちたい中国人を探している」と言う佐藤専務にスカウトされ3年間サトーカメラで勤務していた。最初は非協力的だった現地社員も、物腰が柔らかい丁寧な接客でカメラを次々に売る陳氏の姿を見て考え方を変えていったという。

 いずれ陳氏に続く人材が1人また1人と増えるのに合わせ、少しずつ店舗網を拡大していく。これが、現地での当面の戦略となりそうだ。

 国内どころか中国でも独自の接客で旋風を起こし始めた孤高のカメラ店チェーン。そのユニークな生き残り術には、厳しい環境に身を置くすべての小売業が存続を図るために必要な知恵がちりばめられている。

INTERVIEW
佐藤千秋社長、勝人専務に聞く
2016年度に粗利率50%、
中国でコンサル事業も

佐藤千秋社長(以下、社長) 2003年に専務が「フィルム」をやめると言ったときは正直反対しました。いくらなんでも極端すぎるだろうって。しかし、中・長期的に今後のサトーカメラをどう成長させていくか考えたときに、売り上げの9割を占めながらも毎年徐々に減少しているフィルムカメラからすっぱりと撤退するのも一つの生き残り策だと思いました。

佐藤勝人専務(以下、専務) サトーカメラの会社方針は、「想い出をキレイに一生残すために」です。写真文化を啓蒙するためにビジネスをしているんですね。であれば、カメラがデジタルカメラであってもフィルムカメラであっても関係ないんです。2003年が我々にとって大きなターニングポイントになりましたね。

 売り上げはガクンと落ちましたが、粗利率は約20%からスタートして13年連続で前年比増です。2014年度の粗利率は43%でした。2016年度には50%にしたいと考えています。

社長 実は2011年に一度だけウェブメディアでサトーカメラが取り上げられたことがありました。そのときまで、我々の販売手法が一風変わっているとは知りませんでした。

経営を手掛ける千秋社長(左)と販売戦略を練る勝人専務
経営を手掛ける千秋社長(左)と販売戦略を練る勝人専務

専務 栃木県外では初めてとなる、中国市場への挑戦も我々にとっては大きなチャレンジでした。これまであまり中国市場を意識したことはなかったのですが、数年前に参加したあるイベントで、知人の中国人から「中国では人と人との人脈をとても大切にする」と教えてもらいました。中国は国土が広大なだけに地域ごとの地元意識が強く、日本人以上に人脈を大事にする傾向があると言います。

 しかし、実際に中国を視察すると、この考え方をビジネスに取り入れている小売業は全くありませんでした。地元に根差し、人脈作りにつながる接客をするサトーカメラ流のやり方なら、中国の人にも受け入れられる新しい小売業になれると考えました。

社長 今後は直営店なのかFC店で店舗を広げていくのかは、まだ決まっっていません。現地の他の販売代理店向けのコンサルティングの仕事も今後は増えそうです。

専務 国内で栃木県以外の進出を全く考えていないわけではありません。それこそ、東京に宇都宮と全く同じスタイルの店舗を構えてもいいと思っています。周囲から「無駄」や「非効率」と言われているサトーカメラ流の経営スタイルは変えません。場所がどこであれ、その周辺地域の一番店を目指します。

(日経ビジネス2015年12月14日号より転載)

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