誰でも手軽に動画を撮影できるようになり、映像を取り入れた社員教育が容易になった。映像を使うと言葉では表現しきれないコツを伝えられ、時間や場所によらず予習や復習ができる。若手が育たないと悩む社長のために、動画を使った社員教育のヒントを紹介する。
左官といえば、他の職人仕事と同様に、習得するまで厳しい修業が不可欠とされる。若い人材が入ってきても長続きしないため、多くの業者が慢性的な人手不足に陥っている。
そんな中、中屋敷左官工業(札幌市)は、人材不足の解消に成功しつつある数少ない例だ。
カギになったのは、動画を使った教育だ。同社では、2013年、社員育成プログラムを抜本的に改めた。プログラムの中心は「塗り壁トレーニング」。先輩職人が壁を塗る動画を見て動きをまね、縦2m×横1mほどの壁をひたすら塗り続ける。1カ月の訓練期間中に1時間以内で20回塗れるようになるのが目標だ。
最初に10年選手の社員が何も見ず、試しに挑戦したところ、20回塗るのに3時間半かかった。以後、動画を用いた訓練に切り換えてから、経験によらず社員は次々と目標をクリア。今では未経験者でも、2週間程度で1時間を切れるようになるという。
ただし、これが塗り壁トレーニングの目的ではない。観察力であり、まねをする力を身につけることこそが本当の狙いだ。そのスキルを初期の段階でたたき込むことで、その後現場に入ったときに、先輩の職人から技能を盗める。
達成感があるから若手が辞めない
最初の動画は、塗り壁トレーニング初日と同7日目の映像をつないだものだ。初日の映像では、社員のコテの使い方や体の動かし方がぎこちない。ところが、7日目になると動作は滑らかになる。何より、手本となる先輩の技(2つ目の動画)と比べると、7日目の社員たちはその動きをしっかりコピーできていることがよく分かる(動画はいずれも中屋敷左官工業提供)。
「動画ならいつでもどこでも先輩社員の一挙手一投足を繰り返し見られる。言葉や文字では表現できない動きも動画なら一目瞭然で、習得スピードは劇的に向上した」(中屋敷社長)という。
手本のほか、自分の映像を繰り返し見たり、メンバー同士で手本の映像とどこが違うかをアドバイスし合ったりすることも効果が大きい。
動画を使ったトレーニングで、新人はみるみる上達していく。無理だと思っていたことができると達成感がある。もっとうまくなろうというモチベーションがわく。仲間がいることで自然と競争意識も生まれる。まさにいいこと尽くめの研修といっていい。入社3年目の藤木翔希さんは、10月21~24日まで開催されていた「技能五輪」に出場し、銀メダルを獲得するほど腕を上げている。
移動中でも学習できる
不動産管理を手掛けるランドトラスト(千葉市)の小守智社長は、社内マニュアルに動画を積極的に取り入れている。
小守社長自ら、不動産取引に関する基礎知識や新しい会社の方針などを解説し、それを社員がタブレット端末で録画する。作成した動画は、社員がネット経由で社外からいつでも見られる場所に置いている。営業社員は移動中にも動画マニュアルを見られるので、効率的に学習できる。
次の動画(提供:ランドトラスト)は、同社の営業担当者(奥側)が取引先である不動産業者にリース契約の解約について説明しているところだ。営業担当者が説明すべき項目は何か、どのくらいの速さで話すと相手に伝わりやすいかなどのポイントがよく分かる。
ランドトラストでは、社員研修などの際に、電話営業や訪問営業のロールプレイングを実施。それをすべて録画し、優秀な社員が話している動画は全社員が手本として見られるようにしている。
動画のほうが成果が出ると気づき、中途採用の社員が営業に配属になったときの教育もロールプレイングの動画中心に切り替えた。
飲食店運営のゴリップ(京都市)は、接客マニュアルに動画を使う。アルバイトのスタッフにはシフト入り前後の休憩時間に見てもらい、接客の向上に役立てている。
ゴリップは、韓国風焼肉サムギョプサルの「ベジテジや」、ステーキの「ゴッチーズ・ビーフ」など様々な業態を手掛けて店舗数を拡大。現在は東京や埼玉、愛知などにも出店している。
店舗ごとの教育水準のバラつきを解決
ゴリップでは、地域拡大に伴い、店舗が京都中心だったときの教育水準をどうやって全店で維持するかという点が課題になった。
サムギョプサル店の場合にはスタッフが肉を葉野菜で包んで食べる方法などを細かく説明する必要があるなど、気配りのある丁寧な接客が求められる。
そこで、お客が来店した時の客席への案内、オーダー、料理の提供、退店時の見送りなどをすべて動画で撮影。全店で参照できるマニュアルとして活用している。
次の動画(提供:ゴリップ)は、「ベジテジや」にお客が入店したときの対応方法を撮影したもの。対応を丁寧にすることの意味を詳しく解説してから、実際の接客を演じてみせる。身振りや声の掛け方など、言葉で通じにくい内容が伝わりやすい。

「若いスタッフは、スマートフォンでSNS(交流サイト)に投稿するのと同じ感覚でマニュアルを作成できる。マニュアルは、現場のスタッフにより伝わりやすいものに進化させることが大事」と、ゴリップの洪大記副社長は話す。
スマホさえあれば、動画を使った社員教育の教材は簡単に作成できる。社員育成に悩む社長は、動画の活用を試してみてほしい。
(この記事は『日経トップリーダー』2016年11月号の特集「動画で社員教育 仕事は見て学べ」を抜粋・加筆したものです。編集:日経トップリーダー)
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