世界最大級の家電見本市「CES2017」。近年では自動車関連の出展が増えている
世界最大級の家電見本市「CES2017」。近年では自動車関連の出展が増えている

 皆様、大変遅ればせながら、あけましておめでとうございます。1月1日に、すでにこのコラムのことしの1回目が掲載されているわけだが、あれは年が明ける前に書いているので、やはり一度はこう書いておかないと気持ちがすっきりしない。

 さて、ことしは年が明けてすぐ、米ラスベガスで開催された世界最大級の家電見本市「CES 2017」に行ってきた。CESはもともとConsumer Electronics Showの意味で、文字通り家電の見本市だったのだが、最近ではクルマ関連の展示が急速に増えている。これは、クルマのエレクトロニクス化が進み、家電との垣根が急速に低くなっていることに加え、自動車業界のほうでも、家電・エレクトロニクス業界の新しい発想をクルマに取り入れたいとの思惑から、積極的にCESに出展するようになっていることが背景にある。

 このためCESを主催するCTA(Consumer Technology Association)も、家電見本市のイメージを払拭しようと、イベントの正式名称を「CES」とし、Consumer Electronics Showと書かないように、メディアにも要請している(にもかかわらず、実際にはプレスカンファレンスでConsumer Electronics Showへようこそ、などと言ってしまうエグゼクティブがけっこういるのだが)。

トヨタ、ホンダが人工知能車

 筆者はいままでCESに出かけたことがなかったのだが、最近では自動運転関連の発表の舞台としてCESを選ぶ企業が増えていることから、ことし初めて取材に行ってみた。このコラムの今回と次回の2回は、CESを見て感じたことをお伝えしていきたいと思う。

 今回CESの自動車関連の展示を見てまず感じたことは、「ヒトとクルマの新しい関係」を、多くの企業が模索し始めたことだ。その背景にあるのは自動運転と「IoT(Internet of Things)」である。現在実用化し始めている自動運転技術では、例えば高速道路でのハンドル、アクセル、ブレーキ操作を自動化したものがあるが、人間は依然としてシステムが正常に作動しているかどうかを監視する義務を負っている。しかし、この「監視」というのが曲者だ。

 システムが正常に、しかも安全に動作しているかどうかを監視するには、システムがどう動作しているかを人間が正確に知る必要がある。クルマが車線をきちんと認識しているか、周囲の車両を認識しているかを人間が分かっていなければ、「監視している」ことにならないのはいうまでもない。

 しかも、人間の仕事はクルマの監視だけではない。本当に「監視」しようと思えば、道路の状況はクルマが認識している通りなのか、あるいは周囲を走っている車両の様子は本当にクルマが認識しているかどうかを自分の眼で確認する必要がある。つまり、自動運転車を「監視する」ということは、クルマの状況と、外界の状況を常に見比べながら確認するということなのだ。これは、外界の状況だけを注意していれば良かった手動運転のときよりも、むしろ大変な作業なのではないかと筆者は思う。

 人間が運転操作に全く関与しなくてもいい「完全自動運転」の実現はまだしばらく先のことと考えられている。だとすれば、しばらくは人間とクルマが協調して運転する時代は続く。人間の監視作業の負荷を減らしていかなければ、自動運転機能の利用者は「そんなに面倒な作業が必要なら、自分で運転するよ」ということになりかねない。いかに車両の状況や外界の状況を的確に、しかも少ない負担で人間に伝えるか――。この課題が「ヒトとクルマの新しい関係」が求められている第一の理由だ。

クルマがIoTの一部になる

 そして、ヒトとクルマの新しい関係が求められているもう一つの背景がIoTである。IoTは「モノのインターネット」とも呼ばれるが、要はあらゆるものをインターネットに接続することによって、相互に情報交換をしたり、遠隔制御したりすることを可能にしようというものだ。このIoTが、今回のCESではまさに最大のトレンドであり、何をインターネットにどうつないで、どんなサービスをしたら新しい価値を生み出せるかで、巨大企業同士の熾烈な競争が始まっている。

IoTをメインテーマに据えた独ボッシュのプレスカンファレンス
IoTをメインテーマに据えた独ボッシュのプレスカンファレンス

 その渦の中に、当然クルマも巻き込まれており、クルマをインターネットにつなぐことによって、様々な情報を車内で利用できるようにしたり、クルマの機能を外部から制御しようとしたりという動きが活発になっている。確かに、スマホで利用している様々な情報やサービスを車内でも同様に利用できたら便利だろうと思うし、つながるクルマが一般化すれば、いままでに存在しなかった、クルマ向けの新しいサービスも登場するだろう。

 しかし、ここでも課題がある。それは、ヒトとクルマのコミュニケーション手段である。先ほど自動運転のところでも説明したように、現在の自動運転技術はまだ不完全であり、外界の監視に加え、クルマの状態の監視さえも必要だ。従って、現在のスマホのような、タッチパネルなどを通じた情報入力を運転中にすることは危険を伴う。

 つまり自動運転にしても、IoTにしても、人間が監視したり、チェックしたりする情報は増える方向にあり、これをどう整理して分かりやすく人間に伝え、多彩な機能をいかに容易に使いこなせるようにするかが大きな課題になっているということだ。これが「ヒトとクルマの新しい関係」が求められている所以である。難しい言葉でいうとHMI(ヒューマン・マシン・インタフェース)に変革が求められているということになる。HMIは、直訳すればヒトとクルマの接点ということだが、この接点が、今まさに変わることを求められているのだ。

人工知能活用するトヨタ

 こうした課題に正面から向き合ったのが、今回トヨタ自動車が出展したコンセプトカーだ。その名も「Cocept-愛i」という。二つの「アイ」があるのは、「愛車」、つまり愛されるクルマと、「Intelligent」、つまり賢いクルマという二つの方向を目指しているからだ。

トヨタ自動車が出展したコンセプトカー「Concept-愛i」
トヨタ自動車が出展したコンセプトカー「Concept-愛i」

 このコンセプト車の特徴は、「人間について理解する(Learn)」「人間を守る(Protect)」「人間を触発する(Inspire)」という三つの機能を備えていることだ。このうち「Learn」の技術は、ドライバーの顔の表情や動作、声の調子、心拍数などの生体データ(ウエアラブルデバイスなどから収集することを想定)などをデータ化して、ドライバーの状態を推定する。

 それだけではない。面白いのは、ユーザーの状態だけでなく、ユーザーの嗜好についても理解しようとすることだ。具体的には、「フェイスブック」「ツイッター」などのSNSでユーザーがどんな情報を発信しているか、GPS(全地球測位システム)によりユーザーがどんな場所に行っているか、そしてクルマとユーザーの会話にどんなキーワードが含まれているか――などからユーザーの嗜好を推定する。そのために、世の中のニュース、雑誌、Webに含まれている一般的な情報に比べて、ユーザーの発信するトピックの頻度が高いものを、ユーザーの関心がある話題だと判断する。こうしたユーザーの状態の推定や、ユーザーの嗜好の理解については、ディープラーニングなどの人工知能技術を活用する。

ユーザーの覚醒を支援

 このようにして得た得たドライバーの状態や嗜好についての理解を、次の「Protect」と「Inspire」の機能に活用する。「Protect」の機能では、ドライバーの感情が不安定だったり、疲労が溜まっていたり、眠そうだったりと推定された場合には、室内の色彩を調節したり、精神状態に合わせた音楽を流したりする。具体的には、もし人間を覚醒状態に導くことが必要だと推定される場合は、室内の照明を交感神経を刺激する青い色にしたり、心の落ち着くクラシック音楽を流したりする。

 「Inspire」の機能では、ドライバーの嗜好を基に、ドライバーの興味のありそうなニュースを紹介したり、少し遠回りになっても、ドライバーの関心のありそうな場所を巡るルートを提案したりして、ドライバーに「新たな体験をもたらす」ことを狙っている。

Concept-愛iの内装。人間が話しかけると中央の丸いアイコンが動いたり形を変えたりして反応する
Concept-愛iの内装。人間が話しかけると中央の丸いアイコンが動いたり形を変えたりして反応する

 意外なのは、このドライバーの嗜好を理解する機能が、安全性の向上にも寄与するということだ。先程説明したように、現在の自動運転技術では、ドライバーが常時クルマの動作状態を監視し続ける必要がある。しかし、監視という作業は長時間続けるとだんだん注意力が維持できなくなることが分かっている。今回のCESのプレスカンファレンスでも、トヨタが米国に設立した人工知能の研究機関であるTRI(Toyota Research Institute)CEO(最高経営責任者)のGill A.Pratt氏は、2時間の監視作業で人間の注意力がかなり低下することをデータで示していた。

 この、人間の注意力の低下を防ぐ手段の一つとして、トヨタは「会話」に注目した。人間は興味のある内容について会話をしていると、覚醒状態が維持され、監視の注意力も持続する効果があるというのだ。つまり、クルマがドライバーの嗜好を理解し、ドライバーが興味のある話題について、クルマとドライバーが会話をし続けることは、安全性の向上にも寄与するというわけである。

クルマへの「愛」にもつながる?

 さらにトヨタは、クルマが人間の状態や嗜好を理解する機能を、クルマへの愛着にもつなげようとしている。クルマが自分の状態を気遣ってくれて、自分の好みを理解してくれ、しかも自分の好きそうな話題や場所について知らせてくれる存在になれば、それまでの、ヒトからクルマへ、という一方向的な関係から、双方向的な「ヒトとクルマの新しい関係」が生まれるのではないかと期待しているのだ。

 今後、自動運転の機能が進化し、人間の関与を必要としない完全な自動運転が実現した場合、クルマを利用する形態が現在の「所有」から、必要なときにクルマを呼び出す「利用」へと変わる可能性があることを、このコラムの第11回第35回でも指摘してきた。そうした時代に、クルマの所有をいかに維持していくかは完成車メーカーにとっては重要な課題だが、クルマに愛着を持ってもらうための新しい手段として、人間とクルマの間に、新しい、より密接な関係を作り出せないかという模索が始まっているということなのだ。

 今回このコンセプトカーに盛り込まれた機能はまだ完成しているわけではなく、要素技術を研究している段階だが、トヨタは、今後数年内に今回のコンセプトカーに盛り込んだ技術の一部を搭載した実験車両で実証実験を公道で実施する予定だ。

オープンイノベーションを目指すホンダ

 こうした「人間とクルマの新しい関係」の構築を目指しているのはホンダのコンセプトカー「NeuV」でも同じだ。このコンセプトカーは、自動運転機能を備えた小型EV(電気自動車)コミューターで、ドライバーの表情や声の調子からストレスの状況を判断して安全運転のサポートを行うほか、ユーザーのライフスタイルや嗜好を学習して、状況に応じた選択肢の提案を行うなど、狙いとしては極めてトヨタのConcept-愛iに近い。

ホンダが出展したコンセプトカー「NeuV」
ホンダが出展したコンセプトカー「NeuV」

 興味深いのは、今回ホンダがこのコンセプトカーをCESに出展した最大の狙いがオープンイノベーションの加速にあるということだ。前回のこのコラムでも触れたように、ホンダはグーグルと自動運転車の開発で提携する検討を始めた。今後クルマの自動化やコネクテッド化が急速に進む中、単独ですべての開発を手がけるのは難しいと判断し、積極的に他社と協力する姿勢を打ち出している。今回10年ぶりにホンダがCESに出展したのは、そうしたオープンイノベーションへの積極姿勢を示すのにCESが格好の場だと判断したからだ。

 実際、NeuVに搭載しているAI技術「感情エンジン HANA(Honda Automated Network Assistant)」は、ソフトバンクグループ傘下のcocoro SBが開発したAI技術「感情エンジン」をベースにホンダと同社が共同で開発しているもので、機械に擬似的な感情を持たせることで、人間とのより自然なコミュニケーションを実現することを狙っている。

 NeuVの場合も、想定している機能がすべて完成しているわけではなく、むしろホンダの目指す開発の方向を示すことによって「一緒にやりたい」というパートナー企業を発掘することを狙っている。今回のCESでは、海外のベンチャー企業と開発中の音声認識技術やディスプレイ技術も展示し、すでに具体的な事例が出始めていることもアピールした。

 トヨタとホンダ以外でも、今回のCESでは人間とクルマのHMIに焦点を当てた展示が多かった。ますます高度になり、複雑になるクルマの機能。自動運転や、通信のセキュリティ確保など、機能そのものを実現させる技術開発も重要だが、それを使いこなすための技術開発も、それらに負けず劣らず重要だという認識が広がってきていることを強く認識した今回のCESだった。

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