家庭のご飯と牛丼はコメの特質が違う
家庭のご飯と牛丼はコメの特質が違う

 取材をしていると、相手の何気ないひと言でものの見方が変わることがある。吉野家ホールディングスにコメの調達についてインタビューしたときのことだ。コンビニの弁当やおにぎり、外食で使うコメのことを、ふつう「業務用米」と呼ぶ。とくに意識せずに取材でその言葉を使うと、担当バイヤーは流れを断ち切って次のように語った。

 「個人的な意見ですが、業務用米って言葉嫌いなんですよね」

 今回はこの言葉を手がかりに、稲作とコメの販売、消費、さらに農政のことを考えてみたいと思う。

なぜアグリ吉野家ISを立ち上げたか

 取材の目的は、コメを中心にした食材の調達会社「アグリ吉野家IS」の事業内容を理解することにあった。企業と農業との関わりをテーマに取材し続ける中で、農場を直接運営することだけが、企業がやるべき農業ビジネスではないと思うようになったからだ。

 アグリ吉野家ISは2009年の設立。吉野家と神明、伊藤忠ライスが立ち上げ、その後、木徳神糧も参画した。吉野家と有力コメ卸が組み、コメの安定調達に取り組む戦略会社だ。

 取扱量は3000トン超と、すでに吉野家グループが扱うコメの10%を超えており、近々5000トンに増やすことを目指している。吉野家という膨大な量の食材を扱う外食チェーンの調達の中で、一定のボリュームを持つにいたったと言っていいだろう。

 ただし、アグリ吉野家ISは農協や卸、全国農業協同組合連合会(全農)といった吉野家グループの既存の調達ルートを排除して大きくなってきたわけではない。アグリ吉野家ISは、そこに加わった新たなルートという位置づけだ。そこでポイントは、なぜアグリ吉野家ISを立ち上げたかにある。

 本来、コメ調達の基本は、吉野家グループが求めるコメの品質を全農や農協に伝え、それを組合員たちに作ってもらうというやり方だ。マーケットインの発想に基づくシンプルな生産方法で、これがうまくいけば最も効率的。だが、「このルートがなかなかままならなくなっている」という。

巨大な店舗網を支える調達の仕組みが必要
巨大な店舗網を支える調達の仕組みが必要

 理由はいくつかある。農協のコメ流通はもともと、農協が農家からコメを預かり、代わりに売る委託販売が中心で、マーケットインの発想に乏しい。最近では農協主導でコメの作付計画を作るケースも増えているが、それでも限界はある。ひとつは農協の集荷率の低下。もうひとつは後述するように、補助金を使った飼料米への誘導だ。

 全農や農協ルートで安定して調達できているコメもある。だが、中には「年によっては欲しい銘柄が半分以下になってしまうケース」もある。そこで、卸と組んでコメを調達する努力もしてきたが、そういう取り組みをもっと強め、「吉野家の看板」で産地と直接つながるために立ち上げたのが、アグリ吉野家ISだ。

「顔の見える関係」が前提条件

 取引先の数は、「窓口」で数えて約三十。窓口は生産者グループを束ねる農業法人などが中心で、農協も一部参加している。その場合も、生産者を指定したうえでの取引だ。目的が必要な品質のコメの確保である以上、「顔の見える関係」になるのは前提条件だ。

 当然、バイヤーは産地を訪ね、農家と取引について話し合う。そのことを通し、マーケットがどんなコメを必要としているかを伝え、産地でどんなことが起きているかを理解する。顔の見える関係を築くことで、「お互いにスピード感を持って対応することができる」。

 こういう取引が可能になった背景には、生産者側の変化もある。兼業農家ばかりの時代は、自分が食べたいコメを作り、販売は農協に任せるのが主流だった。それが農業の技術と経営の革新を妨げた面はあるが、個々の農家としてみれば合理的な営農のあり方だった。

 数だけで見れば、今も兼業が中心。だが、専業農家の大規模化が進み、自ら売り先を探す先進農家の存在感が増してきた。彼らにとって、自分が生産したコメがどこで消費されているかを知るのは経営上、大きな関心事。需要にあったコメを作る必要があるからだ。そして、兼業と違い、後継者のいる農家が少なくない。吉野家が取引しているのも、そうした生産者グループだ。

 取引内容は、三年などの一定期間、品種と値段、数量を固定させる複数年契約が理想。外食はスーパーで売るコメと違い、メニューの値段を簡単に動かせないからだ。だが、ここ数年、米価の乱高下が続いており、農家は契約した値段が相場を大きく下回るリスクを懸念する。そこで、今は毎年相場を見ながら値決めする方法が中心になっている。

硬くて粘らないコメ

 ここまで、コメの直接調達に向けた吉野家の取り組みを説明してきた。生産者と利益を奪い合わない安定した関係を目指すという面で、企業の農業ビジネスはこうした形がもっと増えて行くだろう。だが、本題はこの先。ここからは「吉野家グループはどんなコメを求めているのか」を考えたいと思う。

 この問いに対する担当者の答えは、「白米で食べたら、硬くて粘らないコメ」。コメのことをあまり知らないと聞き逃してしまいそうな言葉だが、これは多くの農家が作っているコメのイメージとは違う。今稲作の主流になっているのは、「粘りがあってモチモチ感のあるコメ」だからだ。

 当然のことながら、吉野家がまず念頭に置くのは、牛丼という「最終製品」に適したコメだ。その特徴を一言でいえば「タレ通りがいいコメ」。粘りの強いコメだと、コメがくっついてしまい、タレがご飯にしみこみにくい。

 アグリ吉野家ISを設立し、産地に入って行ったわけもここにある。生産者の自由に任せておくと、コシヒカリやひとめぼれなどの粘りの強いコメばかりになってしまう。まず「家で自分が食べるコメ」が頭にあるからだ。

 「業務用米という言葉は嫌いなんです」と担当者が語ったのは、取材でこういうやり取りをしていたときのことだ。わけを聞くと、「個人的な意見」と強調しながら、「イメージがあまりよくないから」と説明した。

 ブランド米と比べて「イメージ」が落ちる理由のひとつに、中食や外食が求めるコメは値段が安いものが多い点がある。担当者は「確かに安価にはなっているが」としたうえで、次のように語った。ここで「特A」は、日本穀物検定協会が実施している食味ランキングで「最上級」のコメを指す。

 「特Aのコメは白米として食べるのに適したコメです。だったら、カレー向けのコメ、すし向けのコメ、どんぶり用のコメという言葉でもいいんじゃないですか。それを全部…」

 このあと、「業務用とひとくくりにして欲しくない」という言葉を飲み込んだのだろう。

「特A戦争」の意味

 これは重要な指摘だ。コメの食味ランキングで特Aになるのは、どれもコシヒカリかそれと似たようなものばかり。審査は産地から送られてきたコメを、検査員が一口ずつ食べて実施する。基準となるコメはコシヒカリ。もちろん、一緒におかずを食べたりはしない。白米だけで食べることを念頭に置いた審査方法だ。だが、家庭で食べるコメ消費はどんどん減り続けている。

 一方で、日本のコメ消費を下支えしているのは、レストランやコンビニ弁当などの中食・外食業界だ。彼らは、売り上げを伸ばすため、懸命になってご飯の食べ方を研究してきた。そのことを考え合わせると、吉野家の担当者が語った「白米用のコメ」「どんぶり用のコメ」という言い方には、「消費者が望んでいるコメはどちらなのか」という思いが込められていることがわかる。

 そのことに照らすと、メディアでもてはやされる「特A競争」の意味が違って見えてくる。農家には「おれの作ったコメはおかずが要らない」という言い方で、コメのおいしさを語る人がいる。だが、おかずなしにご飯を毎日食べる人などまずいない。確実に需要が減り続けるそうした市場に、品種や生産技術の開発努力を傾けているのが特A競争だと言えないだろうか。

 国の政策も、市場の需要の変化に合っていない。生産調整(減反)の一環で飼料米の補助金を拡充したことで、コメ農家は雪崩を打つように飼料米に傾斜した。その結果、あおりをうけたのが中・外食業界だ。値段の安い中・外食向けのコメを補助金の出る飼料用に回すのは農家にとっては合理的な行動。だが、コメ消費の減退に歯止めをかけようとすれば、政策的には逆効果になりかねない。

 大切なのは、需要を見すえて経営努力をすることだ。プロのコメ農家に「おいしいコメを作る」ことへのプライドがあるのと同様、健全な中・外食企業には「消費者に求められるメニューを作る」ことへの誇りがある。その2つを結びつけるには何が必要か。政策は何を応援すべきなのか。吉野家の取り組みは、そのことを見つめ直すヒントになるだろう。

新たな農の生きる道とは
コメをやめる勇気

兼業農家の急減、止まらない高齢化――。再生のために減反廃止、農協改革などの農政転換が図られているが、コメを前提としていては問題解決は不可能だ。新たな農業の生きる道を、日経ビジネスオンライン『ニッポン農業生き残りのヒント』著者が正面から問う。

日本経済新聞出版社刊 2015年1月16日発売

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