労基法違反で是正勧告を受けたヤマト運輸が、大規模な労働環境調査に乗り出す。巨額の残業代を支払うことになる可能性も出てきた。背景には電通のケースでも明らかになった、労働行政の大きな方針転換がある。

ヤマトホールディングス(HD)はヤマト運輸など複数のグループ企業の社員を対象として労働環境調査を始めた。
ヤマト運輸は昨年、残業代の一部を支払わず休憩時間を適切にとらせていなかったとして、横浜北労働基準監督署から労働基準法違反で是正勧告を受けている。出社や退社時に打刻するタイムカードではなく携帯端末を稼働させる時刻で労働時間を管理していたため、電源を入れる前の仕分け作業や切った後の伝票作成などの業務が未払いとなっていた。
調査の対象人数はおよそ7万6000人とされ、残業代の支払いに必要な原資は数百億円に上る可能性がある。ヤマトHDは2017年3月期の営業利益を580億円と予想しているが、業績への影響は避けられない状況だ。ヤマト運輸は「未払いが判明すれば、企業としてしっかりと対応する」(広報)としている。
使用者側の代理人として労働事件の経験が豊富な杜若経営法律事務所の岸田鑑彦弁護士は「実態として、労使合意の下で労基法と異なる労働時間管理をしている企業は少なくない。ただ、労働環境の悪化などをきっかけに争いになれば、合意があっても企業が負けるケースが多い」と注意喚起をする。
労基署業務の民間委託を検討
ヤマトHDが是正勧告を受けた事業場だけでなく、企業全体の労働環境の自主チェックに乗り出す背景には労働行政の大きな方針転換がある。これまでのように事業場単位ではなく、企業単位でチェックしようとする姿勢が鮮明になっているのだ。
その典型的な例が、違法な長時間労働を社員にさせた疑いで電通が書類送検されたケースだった。「過重労働撲滅特別対策班(かとく)」が、全国の労基署と連携して本社や支社、子会社などに一斉立ち入り調査を実施した。かとくとは、15年4月に発足した専門組織で高度なIT(情報技術)スキルを備えた人材を擁しているほか、全国の労基署と情報を共有する体制を整えている。
勤務実態について形式的な出勤簿やタイムカードではなく、電子入退館記録などと厳密に突き合わせて判断するのが、最近の労基署の手法。この時も自殺した新入社員が違法残業をさせられた事実を突き止めた。
対応が後手に回って最後は、社長辞任という最悪の事態に追い込まれた電通。ヤマトHDの対応は、その教訓を生かして先手を打ったものといえる。
厚生労働省によれば15年度に時間外労働などに対する賃金未払いで是正指導を受けた企業の数は1348あった。是正指導を受けて支払われた割増賃金の合計額は99億9423万円に上る。
これらは氷山の一角にすぎない。各地の労基署は人手不足に陥っており、監督の目が行き届いているとは到底いえないからだ。こうした実態を踏まえて、政府の規制改革推進会議は労基署の業務の一部を民間委託する検討に入った。
ヤマト運輸はアマゾンジャパン(東京・目黒)などの大口顧客に対して、値上げ交渉を始めた。顧客から適正な対価を得た上で、労働者に正当な賃金を支払う。当然の循環を再構築できるかが問われている。
(日経ビジネス2017年3月20日号より転載)
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