2月24日、東京・青山のホンダ本社で開かれた記者会見。今後の経営方針を説明した八郷隆弘社長の立ち居振る舞いは、今までよりも堂々としていた。

「自分の言葉」で語るシーンが増えた八郷社長
「自分の言葉」で語るシーンが増えた八郷社長

 社長交代の発表はちょうど1年前の2015年2月で、同年6月末に社長に就任した。この間、八郷社長は現場を回りながら、ホンダの「次のあるべき姿」を考えてきたはずだ。それがようやく外部に発信できるものとなり、ホンダの8代目社長として腹をくくった様子が垣間見えた。

 会見の中身は今後の商品戦略や開発・生産体制、新たな経営体制まで多岐に渡った。中でも具体的かつ新たな方向性として示されたのが、今後のパワートレインの考え方だ。

 新たに打ち出したのが、2030年をめどに商品ラインナップにおける販売数の3分の2をPHV(プラグインハイブリッド車)とHV(ハイブリッド車)、FCV(燃料電池車)、EV(電気自動車)などの電動車にする目標だ。中でも家庭などでも充電できるPHVを主力に位置付け、「2018年までに北米でPHVの新型モデルを投入し、主要モデルへ順次拡充していく」(八郷社長)と宣言。北米と日本、中国を中心に、積極的に商品を投入する計画を明らかにした。

 ホンダはこれまでもHVなどクルマの電動化に積極的に取り組んできた。今年3月には、FCV「クラリティ」を日本でも市販する。いわば全方位で取り組んできたが、今回、PHVやEV(電気自動車)へのシフトを宣言したことになる。

開発体制は原点回帰も

 クルマの開発では「グローバル6極体制」と呼ぶ地域別の分業体制を進化させることや、「シビック」や「アコード」「CR-V」といった旗艦車種を強化する方針が改めて示された。

 これらは、伊東孝紳・前社長の時代から進めてきたことの延長線上にあるもの。だが過去数年、開発現場は「身の丈を超えたスピードと規模の拡大に追われ、工数と負荷が増大していた。プロセスが複雑化し、責任が不明瞭になり権限移譲ができていなかった」(八郷社長)。それが結果的に、小型車「フィット」での相次ぐリコールなどにつながったとの反省がある。

 そこで4月1日から、モデルごとに商品開発やデザインの責任者を置く体制に改める。ホンダでは新車の開発は別会社の本田技術研究所が担当するのが原則だが、事業全般を統括するホンダ本社の「四輪事業本部」との連携が欠かせない。今回の体制変更は新車の企画段階から開発の責任が研究所にあることを改めて示すもので、クルマづくりは「青山ではなく現場」という原点回帰とも言える。

 また生産面では、各地域の工場による相互補完体制をさらに進める考え方を示した。これも就任前からの既定路線だ。ただ、昨年7月時点ではカナダの工場から供給する予定だった欧州向けの次期「CR-V」を日本からの輸出に切り替え、カナダ工場は好調な北米市場に特化する計画に変更。フレキシブルな生産体制に向けた改革の成果が見え始めている。

経営陣刷新し「チーム八郷」くっきり

 これらの戦略をどのような体制で進めるのか。4月以降の役員体制について八郷社長は「世代交代」を強調した。その言葉のとおり、4月および6月の人事で、経営体制を大幅に刷新する。

 日本自動車工業会の会長を務める池史彦会長を筆頭に、”番頭役”の岩村哲夫副社長、本田技術研究所の社長を兼ねる福尾幸一専務らが退任する。6月に退任する執行役員は7人。昨年の役員体制の変更と併せると、2年前の経営陣の大半が入れ替わることになり、「チーム八郷」がより明確になる。

 F1の体制も変更する。松本宜行専務が本田技術研所の社長に就任すると同時に、新設されたF1担当役員も兼ねる。

 昨年、7年ぶりに復帰したF1プロジェクトの総責任者である新井康久氏はわずか1年で交代となった。2015年シーズンは決勝での最高順位が5位。予選でも10位以下となることが多く、事前の予想通りに惨敗に終わった。新井氏は昨年の総責任者就任前に「F1の世界に住民票を移すつもりで取り組む」と長期的にコミットする構えを示していた。今回、担当役員を置き責任を明確にすることで、2016年シーズンは「背水の陣」を敷く構えだ。

これからがスタート

 業績では復活の兆しは出てきている。2016年3月期の四輪のグループ販売台数は前年同期比8.4%増の473万5000台とる見通しで、営業利益、最終利益ともに増益を見込む。タカタの問題は引き続き残るものの、フルモデルチェンジした「シビック」などが牽引役となり、北米市場では勢いを取り戻している。

 相次ぐリコールやタカタ問題などの「最悪期」からようやく抜け出し、新体制による経営の方向性は示された。ただそれだけで競争力のある「ホンダらしい商品」の登場が約束されるわけではない。

 これから強化する電動車においても、HVではトヨタに大きく差を付けられ、PHVやEVでは欧州メーカーや日産自動車、米テスラ・モーターズと比べてもホンダの陰は薄い。今回の「電動車3分の2宣言」も、これから最も競争が激しくなる領域への本格参戦を宣言したに過ぎない。

 八郷体制にとっては助走期間とも言えるこの1年で、自動車産業の環境はめまぐるしく変わった。独フォルクスワーゲンはディーゼル車のスキャンダルに襲われEVの強化などへ舵を切った。トヨタはダイハツ工業の完全子会社を決め、小型車の強化に本腰を入れる。

 過去、ホンダは「CR-V」や「オデッセイ」などの“ホームラン級”のヒットで復活を遂げてきた過去がある。ただ、現在の企業規模と事業環境を考えれば一発長打だけでは競争力を維持できない。現場重視の開発や電動化シフトなどの方針の基に、地道にクルマの競争力と収益力を高めることが求められる。ようやく、そのスタートを切ったと言えそうだ。

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