
情報の「公開」と「非公開」の間
インターネットなどのテクノロジーの発展が社会にもたらしたものの一つは、情報の「透明性」への期待だろう。
ここで私は「期待」という言葉を使いたい。なぜならあらゆる場面で、すべてを透明化する必要はない、と思うからだ。その上、情報を公開して“ガラス張り”にすることがあまり望ましいことではない場合もある。
とはいえ、確かにネット社会では透明性への期待が高まっている。例えば、内部告発情報を開示する「ウィキリークス(WikiLeaks)」のような突出した存在のウェブサイトだけではなく、すべての人が大量の情報を入手でき、それについてオープンに意見を述べることができる多種多様のフォーラムが現在、ネット上には存在する。
この透明性への要求の高まりは、企業内で社員が最も苦手とする部署である「人事部」にも波及している。人材管理部門は真の意味で透明な存在であるために、今、大きな壁に直面している、と私は見ている。
人事部における透明性ということで一番の問題となってくるのは報酬、給与だ。自分の報酬はすべての人に知られるべきなのか? もちろん答えは「NO」である。なぜなら厳密に言って、給与体系というものは公平ではない。少なくとも、社員が求める公平さを十分に満たしているわけではない。
企業はその時々の状況に合わせて組織を再編してきた。多くの欧米の企業では報酬はポスト名で決まることが多いが、それぞれのポストの重要度は時の流れの中で変化している。しかし、既に決まっている給与の額を修正するのはなかなか難しい。また、報酬の決定において、企業内における公平さに合わせるよりも、人材市場の動きにマッチさせたものになってきているのも事実だ。
こうした複雑な要因を背景になされる決定を、すべて包み隠さず公開したところで、その決定を社員が不公平感を持たずに、すんなり受け入れるのは難しい。
この人事部の「透明性」の裏側に横たわる問題点とは、各個人によって考え方の基準が異なることだ。各人のものの見方は違う(自らにとって有利となる決定や見方をするのは当然だ)。こういった観点から、私は経営側、あるいは人事部が下す決定を擁護する気はない。全く不公平なものがあるはずだと考えるからだ。
おしなべて人事は最終的に、企業全体で見れば「±0」になる。ゼロサムゲームである。つまり、ある社員が勝てば、他の社員は負けるか、現状維持となる。こんなふうに勝者と敗者が入り乱れる複雑な世界で、透明性重視という昨今の傾向を取り入れるためのコンセンサスを取りつけるのは難しい。
ゲームのルールの透明化が重要
以上、透明性の難しさについて述べてきたが、私がここで言いたいのは、企業は判断や決定の基準を明確にすることが大切だ、ということだ。つまり、ゲームのルールを明確に、そして透明にすることだ。
社員と人事部の間でオープンなコミュニケーションがなされていない、というだけではなくて、時としてその伝え方が無自覚で軽率なことは多い。こうした無自覚さや軽率さに社員は非常に敏感で、企業や経営陣への信頼が失墜することにつながりがちだ。
企業の判断・決定基準をオープンにすることにより、経営サイドの立ち位置を明確にする。そうすれば、日々下される数々の決定に一貫性が見られるようになるはずだ。こうなると細かいことまでいちいち情報公開して、ガラス張りにする必要はなくなるのではないだろうか。
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