最近にわかに消費増税再延期論が高まってきました。安倍晋三首相の気持ちも再延期に傾きつつあるように見えます。今回は消費増税先送りの可能性と、それが日本株に与える影響について考えてみます。

安倍首相は2014年11月、消費増税の延期について信を問うべく衆院を解散した(写真:AP/アフロ)
安倍首相は2014年11月、消費増税の延期について信を問うべく衆院を解散した(写真:AP/アフロ)

選挙と株安が消費増税先送り論を呼ぶ

 ます消費増税の再延期を主張する声が高まった背景について考えます。根底にあるのは国内景気の弱さです。2015年10~12月の日本の実質GDP(国内総生産)成長率は前期比年率でマイナス1.7%でした。16年1~3月も、日本経済センターが集計したエコノミストの平均予想ではプラス0.8%となっていますが、マイナス成長を懸念する声も少なくありません。

 2四半期連続でマイナス成長となれば、景気後退と見なされる可能性がある。こうした景気の弱さが消費増税再延期論が出てくる根本的な理由です。

(図表1)日本の実質GDP成長率(四半期、前期比、年率換算)
(図表1)日本の実質GDP成長率(四半期、前期比、年率換算)
出所:ブルームバーグより大和住銀投信投資顧問作成
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 ただし、景気の状況や見通しが、ここに来て急に悪化しているわけではありません。例えば政府は3月の月例経済報告で景気判断を引き下げましたが、個別に見ると設備投資や輸出の判断を逆に引き上げています。景気の状況が急変したわけではないのに消費増税再延期論が高まったことには他に理由があります。1つは選挙、もう1つは株安です。

 7月には参議院選挙が控えています。与党の候補者としては、増税を理由に対立候補に攻撃されるのは避けたいところ。例えば自民党の溝手顕正参院議員会長はテレビ番組で消費増税の延期と衆参同時選挙の可能性に言及しました。こうした自民党内部、特に今回選挙を控えている参院議員の声が、先送り論の1つの出所になっている模様です。

 ただし、自民党でもすべての議員が先送りに賛成というわけではありません。麻生太郎財務相や谷垣禎一幹事長などは予定通り消費税率を引き上げるべきとの立場です。また公明党も予定通りの税率引き上げを支持しています。この点については後程改めて触れます。

 もう1つの理由は年初からの株安です。株式市場関係者の中にはお上の政策頼みの論者が相変わらず大勢います。こうした論者からは当然のように消費増税先送り論が出ています。

著名経済学者を招き先送りの地ならし

 こうした中、従来断固として税率引き上げを実施するとしていた安倍首相の姿勢にも変化が出てきました。従来は「リーマン・ショックや大震災級の事態にならない限り予定通り引き上げる」と説明していました。それが最近は増税先送りのハードルを大幅に引き下げるような発言が増えています。例えば3月18日の参院予算委員会では「経済状況を注意深くみていきたい。経済が失速しては元も子もなくなる」と述べました。

 プリンストン大学のクルーグマン名誉教授やコロンビア大学のスティグリッツ教授など著名経済学者を招いて意見を聞いています。増税先送りを是とするための地ならしのようにしか見えません。

カギを握るのは1~3月のGDPと公明党

 ただし、安倍首相が消費増税の再延期を最終的に決断するかどうかは現時点では不透明です。カギを握るのは1~3月のGDPと公明党です。

 1~3月のGDPは5月18日に発表される予定です。もし1~3月に続いてマイナス成長となれば、消費増税の先送りの判断を後押しすることになると思います。一方、プラス成長であれば、先送りの決断は難しいと思われます。

 もう1つの公明党について。前述のように公明党は消費増税の再延期に慎重な立場です。消費増税先送りのために公明党の了承を得るのは意外と高いハードルであるように見えます。

 公明党が先送りに反対するのは、2017年4月の消費税率引き上げに向けて自民党から勝ち取った軽減税率の意味が薄れるためです。公明党は軽減税率導入のために自民党と協議に協議を重ね、自民党に主張を飲ませることに成功しました。これは昨年の安全保障法案審議で自民党に譲歩したことへの代償であり、公明党が参院選を戦ううえで掲げる実績でもあります。

 しかし、消費増税が再延期となれば軽減税率導入の意義は薄らぎます。下手をすると軽減税率そのものが白紙となる恐れすらあります。このため公明党としては、おいそれと増税先送りに合意するわけにはいきません。また自民党も、公明党が首を縦に振らない限り、消費増税を再延期するのは困難でしょう。今後も選挙や憲法改正審議などで公明党の協力が必要になりますから。

 以上のような理由から、安倍首相としても消費増税の再延期は簡単には決断できず1~3月のGDPと公明党次第になると考えています。

先送りしても効果は一時的

 以上は、消費増税が先送りされるかどうかの予想です。べき論でいえば予定通り引き上げるべきでしょう。景気にとっても株式市場にとっても先送りはマイナスの方が大きいと思われます。

 例えば景気への影響について。先送りすれば来年の景気にはプラスです。ただしそのプラスは一時的なものに過ぎず、日本の潜在成長率が高まるわけではありません。

 また先送りしても1~2年後に引き上げるのならば、タイミングだけの問題で影響は同じです。むしろ将来の税率引き上げという不透明要因が残るよりも、早期に引き上げてすっきりした方が消費者心理や企業の設備投資意欲の改善に繋がると思います。

 また、似たような理由ですが、消費増税の再延期自体が「景気はそんなに悪いのか」との印象を与えることになり、却って消費や投資を委縮させることも考えられます。

 以上の景気への影響は株式市場にも当てはまります。増税延期が決まれば瞬間的には日本株にプラスになるでしょう。しかし、しょせん景気への効果は一過性のもの。であれば株式市場への効果もまた一過性のものに止まるでしょう。

 加えて懸念されるのは安倍首相のリーダーシップに傷がつくことです。2014年に続いて16年、3年間で2回の先送りとなると、投資家は安倍首相のリーダーシップに疑問を持ち始めるでしょう。その結果、「安倍に痛みを伴う改革は実行できない」となれば、安倍首相の下で日本が変わることを期待していた投資家は日本株から撤退すると思われます。そうなれば日本株はまた元のボックス相場に逆戻りです。

目先の景気対策より将来のための成長戦略を

 基本的に消費増税の先送りが許容されるのは、例えば天災やリーマン・ショックのような外的ショックで一時的に日本経済が悪化しているケースに限られます。この場合は、景気が悪化している段階で増税するのでなく、こうしたショックの影響が薄らいで、景気が正常化した段階で消費増税を実施することが可能になるからです。

 しかし、現在はそうした外的ショックで景気が悪化しているわけではないため、先送りしても今よりよい状況で増税することができるかどうかわかりません。であれば増税の先送りは単なる問題の先送りにすぎないことになります。それよりもむしろ今回予定通り消費増税を実施することにより、財政規律をないがしろにしない姿勢と安倍首相のリーダーシップを示すべきでしょう。

 併せて必要なことは、目先の景気のために小手先の対策を打つことでなく、仮に痛みを享受しても日本経済や企業の競争力を引き上げるための成長戦略を実行することです。

消費増税は毅然として実行せよ

 足元の景気は弱いといっても危機というほどではなく、また急速に悪化しているわけでもありません。株価も下落しましたが、2012年から昨年まで4年連続上昇しており、ある程度の下落はやむを得ないともいえます。内閣支持率も40~50%で依然として高水準です。安倍政権は盤石であり、安倍首相があわてる必要はまったくありません。

 しかし、安倍首相は危機感に駆られて何かにつけて動こうとします。これがかえって国民や投資家の不安を募らせます。この意味では足元で生じている不透明感の理由の1つは安倍首相自身にあるといえます。

 安倍首相が毅然とした態度を取り、国民を安心させながら消費税率を引き上げるのであれば、大きな問題が生じることはないでしょう。しかし、首相自身が落ち着きを失っては、却って問題を大きくします。下手をすれば第1次安倍内閣の二の舞になりかねません。

 安倍首相としては長期政権を目指すうえでの1つの正念場を迎えたと思います。毅然としてこの局面を乗り切ってもらえるよう願っています。

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