来年から運用が始まるマイナンバー制度をめぐり、準備に関わっていた厚生労働省職員の汚職事件が発覚した。筆者はある病院長の紹介により今回逮捕された容疑者と今年4月に会食する機会があった。初対面での印象は強烈で、とても違和感を覚えた。

 事件を受けて、省内で幹部らに話を聞く限り、容疑者に対して以前から同じように違和感を覚えていた人は少なくなかった。そうでありながら、なぜ暴走を許してしまったのか。容疑が事実とすれば、罪を犯した本人が何より責められるべきなのは間違いないが、制御しきれなかった組織の責任も重い。

厚労省に調査に入る警視庁の捜査員(10月14日)
厚労省に調査に入る警視庁の捜査員(10月14日)

 「とにかく頭がいいし、先日の講演では、個人情報保護などの難しい話を3時間ノンストップで続けて、全く聴衆を飽きさせない、相当な話術の持ち主です。カミソリのような切れ味ですが、親しみやすいところも多く、会ってみたら楽しいですよ」。

 以前の取材先である病院の院長から、講演会を通じて知り合った厚労官僚を紹介したいとのメールが入ったのは今年3月上旬。その人となりについて、こんな風に記されていた。

 地域医療に力を入れ、実績も上げている病院長がそこまでお勧めするのであれば、と申し出を受けることにしたところ、4月17日に都内で病院長も含めて会食するという話がトントン拍子で決まった。

 迎えた会食当日、厚労官僚と初めて顔を合わせた筆者は面食らった。長髪を頭の後ろで束ね、真っ黒なスーツに赤色のシャツ。サングラス風の眼鏡を鼻まで下げ、いくつもの派手な指輪、ブレスレットもつけていた。その風貌は、一般的な官僚のイメージと大きくかけ離れていた。

 見た目だけで判断してはならないと思い直して名刺を交換すると、またも驚かされた。「厚生労働省政策統括官付情報政策担当参事官室長補佐」の下に、同じ文字サイズで「北海道大学大学院保健科学研究院客員准教授」「秋田大学医学部付属病院医療情報部非常勤講師」とあり、さらにその下には、一回り小さい文字サイズで、どこそこの協会の委員長を務めているなど、四つの役職が書かれていた。長年、厚労官僚の取材をしている筆者だが、これほど肩書きが大量に列記されている名刺を見たことはなかった。

 その相手こそが、マイナンバー制度関連事業をめぐり、業者から現金100万円を受け取ったとして、10月13日に収賄の疑いで逮捕された厚労省情報政策担当参事官室室長補佐の中安一幸容疑者だった。

「この日本を俺が変える」

(写真=ハミングヘッズ社提供/時事)
(写真=ハミングヘッズ社提供/時事)

 中安氏は現在45歳。厚労省によると、高校卒業後の1991年、地方の国立病院の事務職員として採用され、2005年に係長として厚労省の本省に転任した。情報技術(IT)分野で高い専門性を持ち、省内では一貫して医療など社会保障分野の情報政策に携わった。

 各地のシンポジウムなどで講演する機会も多く、中安氏を紹介してくれた病院長いわく、「流行のフレーズやイラストを使って複雑な内容をわかりやすく伝える講演スタイルは評判」だったようだ。

 いわゆるノンキャリア官僚の中安氏。だが、会食の際に、本人が採用経緯や学歴について口にすることは一切なかった。

 会食時の様子をもう少し続けよう。第一印象で筆者が覚えた違和感は、話し始めてみてますます強まった。中安氏は会話のキャッチボールをするタイプではなく、豊富な知識を一方的に話し続けた。医療を情報化することで、医療の効率化や医療費の削減につながるという主張を熱っぽく展開。「この日本を俺が変える」。そうも語っていた。

 また、自分に近い国会議員がたくさんいることや人脈の多さを誇り、医師会の幹部らを呼び捨てにして「低能」などとぶったぎった。

 初対面だった筆者は正直言って、かなり戸惑いを覚えた。結局、この会食以降、中安氏と接点を持つことはなかった。

仕事を任されるようになって身なりが変貌

 中安氏の官僚らしからぬ風貌については、テレビなどで繰り返し報じられているので、ほとんどの人が目にしていることだろう。ただし、厚労省本省に来て1、2年目の2005~2006年のころの中安氏を詳しく知る幹部官僚によると、当初はそこまで派手な外見ではなかったという。「見た目は気にならなかった。だが、大言壮語タイプだとは感じていた。また、押しが強い印象が残っている」と同幹部。

 押しの強さを表すエピソードとして、厚労大臣にレクチャーする際、通常は説明するのはもっぱらキャリア職員だが、中安氏の場合は「自分にやらせてほしい」と志願し、積極的に行っていた。「それだけ自らのIT知識に関する自信があったのだろう」(同幹部)。

 関係者の話を総合すると、中安氏の外見の奇抜さは2009年ごろから際立つようになったという。ちょうどそのころ、中安氏はシステム導入とその企画立案の担当を任され、関連する入札事業にも直接携わるようになった。「彼の仕事ぶりを踏まえれば、そうしたポストに就くのは妥当。周囲から期待もされていた」と話すのは、さる中堅官僚。ただ、その担当をこなすようになって以降、「身なりがどんどん変わっていった」と言う。上下白のスーツを着込み、身に着けるアクセサリー類が増えるなどして、省内では完全に浮いた存在となった。

 中安氏の逮捕容疑は具体的には、マイナンバー制度の導入に備えて厚労省が2011年に公募した2事業の企画競争入札において、都内のIT関連会社が受注できるよう便宜を図った見返りに、現金100万円を受け取ったとされるもの。だが、この贈賄側の会社が2009年以降に厚労省から受注した7つの業務すべてが、中安氏が所属していた部署から発注されていた。そのため、もっと早い段階から贈賄企業との間で金銭の受け渡しがあった可能性も取り沙汰されている。

 今後の警察の捜査を待つ必要はあるが、2009年には不正に手を染め始めていて、それに合わせて見た目も次第に派手になっていったということかもしれない。

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