地下鉄工事現場の地上にはホーチミン人民委員会庁舎など歴史的建造物が多い
地下鉄工事現場の地上にはホーチミン人民委員会庁舎など歴史的建造物が多い

 もうすぐ夏休みの季節。旅行先としてアジアの国を選ぶ人も多いだろう。先日はその中の一つ、ベトナムを訪れる機会があった。経済成長著しいこの国ではインフラの整備が国としての急務となっている。建設現場を歩いて見えたのは、アジアで戦う日本企業の技術力の高さと中韓勢の台頭だ。

 東京から飛行機で6時間。着いたのはベトナム最大の経済都市、ホーチミン。深夜に到着し、その日は空港からホーチミン市内のホテルへ直行して宿泊した。翌朝起きて外の様子を見てみると、道路を埋め尽くすほどのバイクの数に驚いた。運転手同士の肩がぶつかるのではというくらいの密度で走っている。二人乗りは当たり前。なかには父親が前方に子供を抱えて運転し、後ろに子供、母親、その後ろにまた子供、なんていう乗り方をしている家族もいる。クラクションは「通りまーす」くらいの軽い意味で使うものだから、そこら中で鳴り続けていて誰が誰に対して鳴らしているのかもわからない。そのような酷い交通の実態を国も真剣に受け止め、インフラの整備に動いている。

 その一つが「都市鉄道1号線」プロジェクトだ。ホーチミン市の中心部であるベンタン市場前から、国道1号線に沿って北東部のスオイティエンまでを結ぶ鉄道で、2020年の開通を目指している。全長19.7㎞のうち、ホーチミン市内の一部区間が地下鉄になっている。この「オペラハウス駅」と「バーソン駅」間の地下鉄トンネル工事を請け負っているのが日本の清水建設と前田建設工業のJV(共同企業体)だ。

地盤は軟弱、地上には歴史的建造物

 今回は建設中の地下鉄駅舎と、地下トンネルを掘り進めるシールドマシンと呼ばれる機械を見せてもらった。このコラムで前回、東京都内で地下配管用のトンネルを掘っているシールドマシンについて書いたが、今回は地下鉄用なのでよりスケールが大きい。バーソン駅の建設予定地から地下へ降りていくと、巨大なシールドマシンが姿を現した。東京都内で見た際はすでに掘り進んでいる状態だったのでマシンの背面しか見ることができなかったが、今回は発進前だったので側面も見ることができた。一見するとシンプルなデザインで、大きなジェット機のエンジンのようだった。

 この地下鉄区間は都市鉄道1号線の中でも特に難易度の高い工事だ。現場のすぐ近くにはサイゴン川が流れており、少し土を掘るだけで水が湧き出てくるほど地盤が軟弱。おまけに地上には100年以上前に建設された人民委員会庁舎やオペラハウスなど歴史的建造物が並んでおり、これらの建築物は基礎工事が不十分だという。道路工事の振動で周囲の建物が傾くなんてことは珍しくない。日本企業の代表としてそれは何としても避けなければならないことであり、逆に日本の技術が信頼されているからこそ任されたとも言える。

建設中の鉄道沿線では早くも開発が進んでいる
建設中の鉄道沿線では早くも開発が進んでいる

質でも迫りつつある中韓勢

 アジアへのインフラ輸出は日中韓が激しい競争を繰り広げている。これまでは今回のような難しい案件を、高い技術力を持った日本勢が受注し、中韓勢はコストの安さを武器に攻勢をかけるという構図だった。しかし日本のライバル達も当然のことながら成長している。清水建設の北直紀常務執行役員国際支店長は「中韓でも一部の企業の技術力は非常に高くなっている。いつまでも日本勢が品質で優位な位置にいられると思い込んではいけない」と警戒心を隠さない。

 ベトナム内の他のプロジェクトを見てみる。都市鉄道1号線の他に、ベトナムを縦断する南北高速道路案件が平行して進んでいる。同じく清水建設はその中で全長2763mのビンカイン橋建設工事を受注している。これも川の中に橋の支柱を建てなければならない難工事だが、円借款の案件ということもあり中韓勢との競争はない。一方、ビンカイン橋に隣接するアジア開発銀行(ADB)案件の区間はコスト面で優位性のある韓国企業が軒並み受注しているというのが実情だ。

 高品質なインフラは寿命も長くメンテナンスにかかる費用も抑えられるため長期的に見ると経済的ではあるが、それは時間が経たないと見えづらい。どうしても目先のコストが優先されてしまいがちになるのもまた事実。そこで多くの場数を踏んだ一部の中韓企業が技術力をつけるのは自然な流れだろう。日本企業の大きな課題はこうして技術力も高まっている中韓勢にどう対抗するかだ。出来上がるインフラに対して環境面などでさらに付加価値をつけるのか、中韓勢に引けを取らないようコストを削減するのか。対応を迫られる時期がそう遠くない将来にやって来る。

ジャングルにショッピングモール

 自由時間の間にホーチミン市内を少し見て回ることにした。バイクに乗せてもらっていると、ちょうど国道に沿って建設中の鉄道路線があったので、しばらく沿線を走ってもらうことにした。「ベトナムのスコールは降り始めてからドシャ降りになるまで5秒くらいしかない」と運転してくれた現地の日本人の方に忠告を受けていたが、半信半疑で聞いていたため雨具を身に付けずにいた。その後見事に降られ、革靴がお釈迦になった。ホーチミンの中心部からほんの十数分走ると、高層ビルがひしめく様は姿を消し、住宅すらあまりない。周りを見渡せばひたすら木々が生い茂っており、まるでジャングルのよう、というよりむしろジャングルである。

 異様だったのが、駅の予定地らしき場所の周囲にだけマンションやショッピングモールが建設されていたことだ。将来の需要を見越し、先回りで開発が進んでいるということだろうが、それにしてもジャングルの中にショッピングモールが突如現れるのは違和感を覚えた。おそらく他の駅の予定地でも同じような状況になっているのだろう。沿線の土地は価格が何倍にも膨れ上がっているという。今後のベトナムの成長のポテンシャルを見て、やはりそれを日本の企業が担ってほしいと感じた。

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