「なぜ未だに社長が出てきて謝らないんだ!」「こんな空疎な誠心誠意という言葉は聞いたことがない」

 建物が傾いた結果、販売した住友不動産(施工は熊谷組)が全棟建て替えを提案するに至った横浜市西区のマンション。3月26日土曜日に開かれた説明会で、幾度となく住民側から住友不動産に対して厳しい言葉が浴びせられた。

 同マンションを巡っては2013年春、住民が渡り廊下にずれがあると事業者側に指摘。その後、2014年に建物を支える杭の施工不良が明らかになった。更に2016年3月に調査で、新たに地下ピットで配管を通す穴(スリーブ)を開ける際に23カ所で鉄筋を切断していたことなどが判明した。そして3月5日、住友不動産は「将来にわたって建物の安全性が確保できない」として全棟建て替えを住民側に提案。26日はその詳細を伝える場だった。

 住民の追求の厳しさは、とどまることがなかった。ほとんどの住民が最初の問題指摘から3年間、対応を引き伸ばされてきたと受け止めている。そもそも建築に詳しい住民がいなければ、泣き寝入りになった可能性も高かったという。

住民説明会に臨んだ住友不動産と熊谷組の担当者
住民説明会に臨んだ住友不動産と熊谷組の担当者

リスクマネジメントの失敗

 記者は昨年末、日経ビジネスにおいて「謝罪の流儀」という特集を執筆した。昨年起きた様々な企業不祥事において、各社がどう対応したかを取材してまとめたものだ。その観点で言うと、今回のケースはリスクマネジメントの典型的な失敗と言える。こうした場合、社長が出来る限り早く出てきて直接謝罪するのが鉄則だ。

 ここまで解決が長引いた経緯と、全棟建て替えという提案の重さ。メディアに属する人間の感覚としても、このタイミングで顧客に対して社長が謝罪することに特に違和感はない。ところが、住友不動産は頑なに社長による謝罪を拒んでいる。そこで、本件を担当する住友不動産の取締役に説明会後、「社長は住民の意向についてどう言っているのか」と尋ねてみた。

 答えは「当初から私が担当していて経緯結果も熟知していますから、(自分が)社の代表、責任者として当たれということだと思います」というものだった。

まずはトップが謝るべき

 多くの企業が陥ってしまう罠が、ここにある。「社長は切り札だ」と思いこみ、「正確な情報と解決策」が用意できるまで、社長を公の場に出せないと思ってしまうのだ。

 これは、まったく逆である。時間が経てば経つほど、被害者や社会から「被害者より社長を守ろうとしている」と不信感を抱かれるリスクだけが増していく。「謝罪の流儀」としては事実関係がわからない段階でも、顧客や社会に一定以上の迷惑をかける重大なトラブルに企業が直面したら、出来る限り早いタイミングでトップが出て謝罪するべきだ。近年の代表的な不祥事対応の事例が、それを如実に示している。

 トヨタは昨年、広報担当の外国人役員が麻薬密輸容疑で逮捕されるという危機に遭遇した。メディアや広報関係者があっと驚いたのは翌日、豊田章男社長が緊急会見を開いたことだ。迅速な対応が評価を集め、事態は一気に収束に向かった。

 トヨタは2009年に発生したプリウスの品質問題で、豊田社長が公の場で説明するまでに7カ月をかけてしまったことがある。その間、世の中の批判が一層高まり、火消しに追われるという苦い体験を経ていた。当時、豊田社長は自身が登場しなかった理由を問われ、「社内で一番詳しい人物に説明してもらった」と弁解している。

 今、死亡事故も起きた欠陥エアバッグ問題で、経営危機にあるタカタ。エアバッグのリコール(回収・無償修理)が始まってから一番事情を知り正確な説明ができる役員に、対外的な説明を任せていた。7年余りもトップが公の場に出ることはなく、全米で批判が高まり、会社の存続が危ぶまれる事態に陥った。

 TDKは2013年、同社製加湿器が長崎県で死亡者も出た火事の火元になった疑いがあると知るや、上釜健宏社長が現地に飛び会見を開いた。翌日には現場で謝罪している。当時、原因はまだ特定されていなかった。

 これらの事例が示していることは、ただ1つだ。被害者は実際には、社長に詳細な説明を求めているのではないし、いきなりすべてが解決すると思っているわけでもない。まず企業トップにきちんと謝ってもらい、少なくとも真剣に対応するという企業姿勢を示して欲しいのだ。

 説明会では担当者たちが住民から「もうあなた達の顔を見たくない」「総退陣してくれ」といった言葉が浴びせられ、顔面蒼白となって立ちすくんでいた。既に説明会は10回以上も開かれており、住民から見ればそれだけの不信感の積み重ねがあってのことだろうが、冷静な対話ができる関係性ではなくなっているように感じた。一方で、記者も企業に属する1人であり、事業者の担当者の立場にも思いが至らぬわけではない。いたたまれない光景であった。

 不祥事という局面において、当事者の企業が無傷で済むことはあり得ない。その時、矢面に立って組織を守り被害を最小限に抑えるべきはトップの役割か、それとも部下の役割か。現在のところ、自分の中で答えは1つしか無く、説明会を取材して確信は更に深まっている。

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