お正月限定企画として、日経ビジネスの人気連載陣に、専門分野について2017年の吉凶を占ってもらいました。
今年はどんな年になるでしょう。
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2017年の日本の宇宙開発、私は「小吉」と判断する。
ただし、この小吉には、ひとつ間違えれば凶に転ずるたくさんの留保が付いている。その多くは「国家が行うその投資は、本当に役立つものとなるのか」だ。
その一例として、今年3機の衛星を打ち上げて、本格的にシステム展開を行う「準天頂衛星システム」を取り上げる。約1700億円(国庫債務負担行為で確定している投資額)という、少なからぬ国家予算を投じるこの計画は、やり方次第でまったくの無駄にも、国際競争力を持つ売り物にもなるからだ。
日本の真上から測位のための電波を落とす
最初に(新年早々恐縮だが)お勉強だ。
準天頂衛星システムは、3個の衛星を用いて、24時間いつでも、日本のほぼ直上から測位信号を落とす(準天頂軌道という衛星軌道に3機の衛星を打ち上げ、交代で8時間ずつ機能させる。内閣府の解説サイトはこちら)、という測位衛星システムだ。
といっても、よく誤解されるが、この段階では日本単独で測位機能を提供する能力はない。役割は、米国の測位衛星システムGPS( Global Positioning System)の補完だ。
どういう意味か? GPSは最低4機の衛星から送信される電波を受信することで、受信機の三次元的な位置を測定する。GPS衛星は軌道傾斜角55度、高度2万200kmの軌道で24機が稼働しており、日本では完全に空が開けた場所では常時6~10機の衛星からの電波を受信できる。が、山岳などの地形やビルなどの建築物に遮られると、4機の衛星からの電波を同時に受信することが難しくなる。
準天頂衛星システムは、GPS衛星からの測位信号と互換性のある測位信号を、日本の真上から送信する。真上からだから、地形や建築物に遮られずに受信できる衛星がひとつ増えることになって、米国のGPS衛星と“合わせて”、より確実に自分の位置を知ることができるようになる。そういう仕組みだ。
現在、準天頂衛星の試験機「みちびき」(2010年9月11日打ち上げ)が軌道上にあり、測位技術の試験に使われている。2017年に打ち上げられる衛星は3機で、2機が準天頂軌道に打ちあげられ、みちびきと合わせて3機一組で日本直上を8時間交代でカバーする。残る1機は静止軌道から測位信号を送信する。2023年度に、さらに準天頂軌道衛星2機と静止衛星1機を打ち上げ、衛星7機で構成される最終的なシステムが完成する予定となっている。
7機体制になると、東アジアからオセアニア地域では準天頂衛星システムからの測位信号のみで測位が可能になる。全7機の準天頂衛星システムに含まれる静止衛星2機は、独自測位に向けた衛星だ。見上げた空になるべく大きな三角を成すように測位衛星が見えると、精度が良くなる。準天頂軌道の衛星は、日本から見ると真上から南にかけての空を24時間周期で8の字を描いて行ったり来たりする。そこで日本からは東の空と西の空に見える静止軌道位置に衛星をそれぞれ1機打ち上げる。すると、天頂から南の空にかけて大きな三角を成すように衛星が見えるようになるわけだ。
空を見上げれば各種の測位衛星がひしめいている
ビジネスにも、そして軍事にも、自分の位置を把握できる測位衛星システムはもはや欠かせない。「それを他国に頼ることは安全保障上大問題」。そんな議論がなされてきた。
内閣府は、2008年の宇宙基本法施行以降、準天頂衛星システムを「日本の安全保障に必須の宇宙インフラ」として積極的に推進してきた。
が、「測位衛星システムを持つことは国家の一大事」であることから、世界中の経済・技術の両面で測位衛星を保有可能な国や国際組織が次々に測位衛星システムを開発し、しかもそれぞれのシステムが無償で使える民生用測位信号を送信するようになった結果、「測位衛星システムを持っていなくても、いくらでもただ乗りができる」という状況が生まれている。
現在、米国のGPSを筆頭に、ロシアのグロナス、欧州のガリレオ、中国の北斗と、4つの全世界的システムに加えて、インドの「IRNSS」、日本の準天頂衛星システムという2つの測位衛星システムの計画が動いている。しかも、準天頂衛星システムはその中で最後発なのだ。
準天頂衛星システムは 「日本で受信できる測位衛星の数を増やす」というコンセプトで始まっている。2017年に3機の衛星が打ち上げに成功しても、日本において受信可能なGPS互換衛星を増やすだけで、それのみで測位ができるわけではない。2023年に7機体制に移行しても測位可能範囲は東アジア・オセアニア地域のみで、全世界をカバーするわけでもない。中途半端、とも言える。
しかも今や準天頂衛星システムは、技術革新によりその存在意義を脅かされている。GPSだけではなく、ロシアのグロナス、欧州のガリレオ、中国の北斗などの複数の測位衛星システムの電波を同時に使用して測位を行う「マルチGNSS」という新技術だ。携帯電話や衛星測位受信機に組み込む測位チップは、すでに複数の測位衛星システムに対応しており、現状でもスマートフォンの多くはGPS、グロナス両対応となっている。3種類の測位衛星システムを同時に使えるチップも実用化されている。
各測位衛星システムは、それぞれ数十機の衛星を擁する。それらが同時に使えると、測位信号を同時に受信できる衛星数は、なにも真上からわざわざ電波を落とさなくとも格段に増えることになる。
「補強信号」で必要不可欠の社会インフラとなれる
だが、準天頂衛星システムにはもうひとつの機能がある。通常5m程度の測位精度をcmオーダーまで向上させる補強信号を送信することができるのだ。
補強信号とは、精密測量などで高精度で位置が決まっている電子基準点などの場所で測位信号を受信したり、複数周波数の電波の伝わり方を比較して電離層の状態を調べたりして測位誤差を検出し、誤差情報を再度準天頂衛星システム経由で、末端の測位受信機に送り込む、という仕組みである。現状でも静止衛星を使って1m程度まで精度が向上する補強信号を送信する「SBAS」という仕組みが存在するが、電波を受信しやすい真上から補強信号を送信するのは準天頂衛星システムの大きな利点だ。また、cm単位まで精度を向上させる補強信号を送信する仕組みを備えるのも、現状では準天頂衛星システムだけである。
つまり準天頂衛星システムが、社会に必要不可欠なインフラとして定着するには高精度測位を可能にする補強信号が広く使われる必要がある。そのためには、補強信号を生成するための電子基準点などの地上インフラの整備(特にアジア・オセアニアでの電子基準点の整備は市場拡大と海外展開にあたって必須だ)や、補強信号対応の測位チップ開発の促進、補強信号対応受信機の大量生産と低価格化、補強信号ならではの新たな用途の開拓など、やらねばならないことが非常に多い。
そして残念ながら、現状では、補強信号利用に向けたわが国の動きは鈍い。
一方で、北斗を展開する中国は、東南アジア地域に電子基準点を供与するなど、将来的な補強信号ビジネス展開に向けた下地作りを始めている。
2017年、衛星は上がり、システムが動き始めることはもはや決定事項だ。「いらない」と言われないためには、システムを社会に不可欠のインフラとして使いこなす体制作りを急がなくてはならない。さもないと、今年の運勢は…。
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