
安保関連法案が衆院平和安全法制特別委員会で可決された。
採決の過程が、与党のみによる単独可決で、いわゆる「強行採決」だったことが批判の的になっている。
新聞各社の社説でも、《戦後の歩み覆す暴挙》(朝日新聞)《「違憲」立法は許さない》(東京新聞)と、さんざんな言われようだ。
まあ、問題だとは思う。
とはいえ、政権与党が単独で議決可能な議席数を確保している以上、最後の手段として自分たちだけで法案を可決することは、言ってみれば彼らの権限でもある。
おすすめできるやり方だとは思わないし、憲政の王道だとはなおのこと思わない。
でも、最低限、違法ではない。
強行採決は、多数決民主主義を支える建前になっている国会審議が膠着状態に陥った場合の最後の手段として、これまでにも度々用いられてきた手法だ。
早い話、野党の側が審議拒否をすることと、与党が強行採決に持ち込むことは、通常の議論が決裂した場合のお約束の大団円だ。
とすれば、事態がこういう形で落着することは、昨年末の総選挙で自民党と公明党が圧倒的な議席数を確保した時点で、半ば予見できた近未来だったわけで、いまさらびっくりしてみせる筋合いの話ではない。
私は驚いていない。
当然こうなると思っていた。
こうなってしまった結末を歓迎しているわけではないし、当然の帰結だとも思っていないが、それでも、こうなるであろうことは、法案が提出された時点で見通していた。いや、自らの慧眼を誇るためにこんなことを言っているのではない。普通に新聞を読んでいる普通の大人であれば、誰にだって見え見えの展開だったということを申し上げているだけだ。
なので、私は、このたびの強行採決についていまさら金切り声をあげようとは思わない。
政権与党に3分の2超の議席を与えた以上、いま進行していることは、当然起こるべくして起こっている既定の手続きに過ぎない。
問題は、別のところにある。
石破茂地方創生相は、件の法案が衆院特別委で可決される前日に当たる7月の14日の記者会見で、以下のように述べている。
「国民の理解が進んでいるかどうかは世論調査の通りであって、まだ進んでいるとは言えない。あの数字を見て、国民の理解が進んだと言い切る自信はない」(こちら)
石破さんのこのセリフは、政府が単独採決をする方針を明らかにした当日のタイミングでの発言だっただけに、内外に少なからぬ波紋を広げた。
「閣内不一致じゃないのか?」
「というより党内鳴動だわな」
「まあ、世論調査でああいう数字が出ている以上、選挙区の声が気になる陣笠の先生方は少なくないのだろうね」
「ってことは、石破さんの発言は選挙区向けのアリバイってことか?」
「100パーセントそうだとは言わないけど、どっちにしてもチキンなご発言だよ」
一見、世論に寄り添っているように見えた石破さんの言葉は、しかしながら、結果としては、冷笑を以て迎えられた。
自民党支持者には「裏切り」「寝返り」「抜け駆け」「風見鶏」「石破氏を叩いてみれば愚痴ばかり」「いい子ぶりっ子」「キャンディー大臣」と酷評され、かといって、自民党不支持層に歓迎されたわけでもない。
「党が大変な時に、月刊誌にキャンディーズ礼賛のお気楽な小論書いてる政治家がいまさら正論言ってもなあ」
「普通のおじさんに戻りたいんじゃないのか?」
「本人の気持ちとしては、渾身の微笑返しなんだろうけど、肝心のそのスマイルが気持ち悪いという」
お気の毒と申し上げるほかにない。
とはいえ、石破さんの発言はタイミングとしていかにも敵前逃亡に見えてしまった面や「お前が言うな」的なスジの悪さはあったものの、内容としては党内の懸念を正しく反映した言葉だった。
その証拠に、翌日には、安倍晋三首相自身が、衆院平和安全法制特別委員会の審議の中で、安全保障関連法案について
「国民の理解が進んでいないのも事実だ。理解が進むように努力を重ねていきたい」
と述べている。
安倍さんご自身も、安保関連法案が国民に理解されていない現状を認めざるを得なかったわけだ。
ここでひとつ不思議に思うことがある。
石破さんと安倍さんが、そろって「理解が進む」という言葉を使っている点だ。
これは、どういうことだろうか。
この法案に関して、政府の関係者は、当初から、「理解」という言葉を連発している。
思うに、「理解」という用語の前提には、
「法案についての理解が進めば法案への支持が高まるはずだ」
という決め付けないしは思い込みが隠されている。
法案を支持しない人々を「理解不足」と決めつける意図が介在していると言い直しても良い。
いずれにせよ、ここで言っている「理解」には、「法案」を「聖典」視させる一種の詐術が含まれている。
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