得意技術の一部を国際標準に押し上げれば、世界市場の開拓に弾みがつく。川崎重工業は水素社会をにらみ、自社技術をベースとする規格づくりを進める。日本企業は「技術で勝ってビジネスで負ける」という失敗を繰り返してはならない。

 2024年10月、世界の海運・造船業界のキーパーソンが神戸市を訪れた。国連の専門機関、国際海事機関(IMO)のアルセーニョ・ドミンゲス事務局長だ。向かった先は、川崎重工業の神戸工場。海辺に停泊する世界初の液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」に乗り込んだ。担当者の説明を聞き「水素運搬船は取り扱いが液化天然ガス(LNG)船とほとんど同じだ。問題はない」とうなずいた。

 水素は燃やしても二酸化炭素(CO2)が生じない。再生可能エネルギー由来の電気などからつくった水素を使えば、製鉄やセメントなど電化が難しい産業の脱炭素に資する。ただ日本は水素を海外から輸入する必要がある。水素運搬船は国際的な水素サプライチェーン(供給網)の中核を担う。

 IMOは水素運搬船のルールづくりの舞台だ。LNG運搬船の設計・製造はIMO規則に準拠することが求められている。水素運搬船はその規則づくりの真っ最中だ。国土交通省や川崎重工などが連携して議論を主導しており、24年に日本が提案した安全基準の改正案が暫定勧告として採択された。

 「水素は当社の歴史の中で最もルール形成や国際標準を意識して進めているプロジェクトだ」。川崎重工の西村元彦専務執行役員は強調する。31年3月期に売上高4000億円を目指す水素事業は、同社の成長戦略の大きな柱となる。

液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」について説明する川崎重工の西村専務執行役員
液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」について説明する川崎重工の西村専務執行役員

 プロジェクトの一環で国際規格づくりにも取り組む。24年7月には、船舶に水素を送る腕型の荷役設備「ローディングアーム」について、川崎重工など日本側の提案に沿った形で、安全要件や検査・試験手順を定めた国際標準化機構(ISO)規格が発行された。

 規格を議論した委員会ではエネルギー大手、英シェルの出身者らの協力を取り付けた。シェルは液化水素を船で運ぶ実証実験に参加したパートナーの1社だ。「国際的なルールづくりにおける日本の立場は強くない。先行して取り組むことと欧州などに仲間をつくって提案することが重要だ」(西村氏)

強みは守りつつ仲間を増やす

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