富士フイルムホールディングスが4月27日に予定していた決算発表を延期した。傘下の富士ゼロックスの海外子会社で確認が必要な会計処理が見つかったためだ。純利益ベースで累計約220億円が過大計上された可能性があるという。そのからくりと問題点を徹底検証する。

「第三者委員会を設置することを決議いたしましたので、お知らせいたします」。富士フイルムホールディングス(HD)がこんな内容のニュースリリースを出したのは4月20日のことだった。傘下の富士ゼロックスのニュージーランド子会社、富士ゼロックス・ニュージーランド(FXNZ)で「一部のリース取引に関わる会計処理の妥当性について確認が必要となった」ことがその理由だ。
「一部のリース取引に関わる会計処理」とは何か。同日の発表内容を整理するとこういうことになる。
現地で富士ゼロックス製の複写機やコピー機を提供するFXNZでは機器を販売するのに、消耗品やメンテナンスサービスを含めたかたちでのリース契約を顧客と結んでいた。その契約に不備があった。具体的には「リース機器の代金を回収するために設定すべき毎月の最低利用量が、明確に設定されていなかった」。平たく言えば、顧客に機器を提供したのはいいが、その代金を回収できない案件があったのだ。この結果、純利益ベースで累計で約220億円の損失が出る可能性が出てきたという。
富士フイルムHDは4月27日に予定していた2017年3月期の決算発表を、第三者委員会の調査結果が出るまで延期することも併せて発表した。
写真フィルムから高機能材料や医薬品へと大胆に事業を組み替え、株式市場からの評価も高かった富士フイルムHD。傘下の富士ゼロックスはグループを支える主力企業でもある。そんな事業構造改革の優等生に突如として浮上した「不適切会計」の疑い。市場は即座に反応した。富士フイルムHDの翌21日の株価は一時、年初来安値の3966円をつけた。
日経ビジネスは問題となった会計処理がどんなからくりであったのか、詳細に調べてみた。すると、数々の疑問点が浮かび上がってきた。
債務超過の会計年度も
まず、不透明な会計処理が疑われるFXNZ。本誌が入手した同社の決算書類を見ると、売上高がここ10年で2倍近く伸び、急成長を果たしたことが分かる。だが、利益は思うように上がっていない。営業利益は10年間で赤字の年が6回、純利益では赤字が8回もあった。
バランスシートを見ると、苦しい台所事情が透ける。資産に対して借入金や買掛金といった負債の割合が大きい。12年や16年3月期は負債が資産を上回る債務超過になっているほどだ。
本誌はFXNZがリース販売をする際に取引していたリース会社の財務諸表も手に入れた。富士ゼロックスグループで、ニュージーランドに本拠を置く富士ゼロックスファイナンスである。
このリース会社の売上高に相当する金融収益は年20億円前後で「安定」していた。だが、利益は赤字と黒字を行ったりきたりしている。不思議なことに、FXNZが赤字のときは、このリース会社は黒字を計上。逆にリース会社が赤字の年はFXNZは黒字であることも分かった。しかも、15年3月期までの7年間は税引き前利益の赤字額と黒字額を足し合わせるとほぼゼロになる。
積み上がる売掛債権
FXNZのこのリース会社に対する売掛金は09年に20億円ほどだったのが、13年には約100億円、15年には約160億円まで積み上がっている点も気になる。もちろん、リース会社が潤沢に資金を抱えているのなら、問題はない。だが、15年度の決算資料からは、とてもそんな資金力があるとは見えない。短期の売掛金は現地通貨ベースで1億8900万ニュージーランドドルあるのに対して、短期の借入金や買掛金は3億4200万ニュージーランドドルもある。つまり、入るよりも出るお金が大きい状態なのだ。
このデータを見たある公認会計士はこう指摘する。「売上高が20億円で赤字も出して資金力が乏しい会社にFXNZが巨額の売掛金を積み上げている状況は異常だ」
富士フイルムHD全体の会計情報を見ると、ニュージーランド事業のいびつさが際立つ。有価証券報告書によると、グループ全体で、複合機などのドキュメントソリューション事業の売り上げは1兆2000億円弱。そのうちニュージーランドはFXNZとリース会社の2社を足し合わせても約200億円と2%もない。
しかしリース債権を見ると、富士フイルムHD全体で2300億円程度に対して、ニュージーランドのリース子会社だけで330億円超を占める。全体の約15%だ。
なぜ、こんなことが起きるのか。本誌はFXNZがどんな取引をしていたのかを知るため、FXNZが現地の顧客と結んだ合意書を入手した。
一般的に高価な複合機やコピー機では機器のリース代金以外にメンテナンス代やトナー、紙などの消耗品代を含めて契約する。コピー1枚当たりの利用代金にこれらのすべての費用を含めるケースや、個別に単価を設定するケース、多く使えば、1枚当たりの利用代金が安くなるケースなど、様々な契約が存在する。
FXNZはどうか。入手した合意書に書かれていたのは、顧客がコピーした分だけ支払う「従量課金」の仕組みだった。その料金には機器やメンテナンスサービス、消耗品代も含まれている。仮に顧客が1枚もコピーをしなければ、支払いはタダになる。
こうした契約から透けるのは、代金回収の見込みがないまま、リース会社を通じて顧客に機器を押し込む強引な販売手法だ。
現地では、FXNZの営業社員の高給ぶりがたびたび話題になっていたという。年収が日本円で1600万~2400万円にも達する社員もいたとされる。FXNZでは、営業社員に対して売り上げや販売台数に応じて手数料を支払うコミッション制を採っていたとみられている。
表面上の売上高が伸びたからだろうか。FXNZで社長を務めていたネイル・ウィッタカー氏は15年4月にはニュージーランドよりも事業規模が大きいオーストラリアの富士ゼロックス現法の社長に「栄転」していた。
ビジネス向けSNS(交流サイト)の「LinkedIn(リンクトイン)」で彼を紹介するページには富士ゼロックスグループで優秀な現地法人トップに贈られる「マネージングディレクター・オブザイヤー」を3回受賞したことや、ニュージーランド法人の売り上げを1億4400万ニュージーランドドルから3億3000万ニュージーランドドルへ増やしたこと、ニュージーランドでの事業を成功に導いた後、7年間にわたって業績目標を達成していないオーストラリア事業を担うよう招聘されたことなど輝かしい実績が書かれている。
だが、それほどの期待を背負ってオーストラリア法人の社長に就任したはずの同氏はたった1年2カ月で会社を去っている。
監査法人変更で発覚
そもそも今回の不透明な会計処理が発覚したのは、16年11月に富士フイルムHDの監査を担当するあずさ監査法人が、FXNZの取引に問題があると指摘したことが発端だった。実はあずさは16年6月に新日本監査法人から交代したばかり。新日本は16年3月期まで東芝の会計監査を担当していた。あずさはこれまでの決算内容を精査していた過程で問題を見つけたとみられる。
ただ、取材を進めていくうちに、新たな事実も発覚した。15年にもFXNZにおいて、不適切な会計処理が表面化していたのだ。それは社員による内部通報によるものだった。富士フイルムHDはこの事実を認め、「内容を精査し、16年度以降は(不適切な会計処理に結びつくような)契約は見直した」としている。
こうした問題があったにもかかわらず、4月20日に富士フイルムHDが決算発表の延期を発表するまで、その事実が公にされることがなかった。少なくともあずさから指摘を受けた16年11月の時点で、経営陣は損失を認識していたはず。それなのに富士フイルムHDは17年1月末に公表した16年10~12月期決算でも、この問題を明らかにしなかった。
会計監査に詳しい青山学院大学大学院の八田進二教授は、「今回の一件での重要なポイントは、富士フイルムHDや富士ゼロックスの経営陣がこの会計の問題をいつ、どれぐらい重大な出来事として認識していたのかに尽きる」と指摘する。
ニュージーランドではFXNZと政府の癒着も疑われ、重大不正捜査局(SFO)が一時調査に入る事態にも発展している。それだけの問題を起こしながら、日本側には情報が入っていなかったのだろうか。
さらに投資家にとって気がかりなのは、富士フイルムHDが17年2月に1500億円の普通社債を発行していることだ。経営陣がニュージーランドでの不自然な会計処理をいつ知ったかはなおさら重要になる。決算発表を延期するほどの純損失があれば、格付けなど社債を発行する前提条件が変わってしまうからだ。
富士ゼロックスは本誌からの質問に対して、第三者委員会が調査中であることを理由に「コメントできる状況ではない」と堅く口を閉ざしている。
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