「iPod(アイポッド)をちょっと大きくしたようなもの」

 米アップルのタブレット機「iPad(アイパッド)は、そんな風に説明されることが多い。
 だが、ちょっと大きくしただけでこんなに変わるのかと思わせるのが、実際のユーザーたちのiPad利用方法である。日本に先んじること約2カ月。発売されてから米国のユーザーはどうiPadを使ってきたのか。テクノロジーのプロから、リタイアした女性まで、熱心なユーザーを訪ねた。

 「1週間で決めました。もうラップトップはいらない、と。使い始めたらすぐにやみつきになりましたから」

 こう語るのは、ツイッターの共同創設者兼会長で、現在は別のスタートアップで CEO(最高経営責任者)を務めるジャック・ドーシー氏だ。サンフランシスコ市内のがらんとしたオフィス内を歩く時も、iPadをいつも手にしているほどの一心同体ぶり。買ったのは、第3世代(3G)携帯通信機能 付きの64GBモデルである。

今やっている仕事に集中できるようになった

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 ドーシー氏は、iPadの利点を次のように挙げる。
 ポータブルで持ち歩けること。それでいてバッテリーの持ちを犠牲にしなかったこと。そして何よりも大きいのが、空港のセキュリティーでiPadを鞄から取り出す必要がないことだ。

 空港のセキュリティー上、コンピューターは鞄から取り出してトレイに出すことが義務づけられているが、iPadや電子書籍端末はこの対象外。サンフランシスコとニューヨークの東西二都市を拠点にし、毎週1回は往復するドーシー氏にとって、鞄からいちいち出さなくて済むということは、時間と手間の大きな節約になるのだ。

 同氏のiPadは、すでに電子メール、種々のドキュメント、スケジュール、音楽などでフル稼働状態だ。キーボード付きのドックを利用して作業する。二都市間を移動する5時間あまりの飛行機の中でも、このスタイルで仕事する。もうコンピューターに向かうのは、ハードにプログラミングする時でしかないと言う。

 しばらく使って気がついたこともある。それは、iPadで仕事をすると集中できるということだ。

 コンピューターならば、広いスクリーンにいくつものアプリケーションのウィンドウが開いている。ドキュメントを作成していても、メールが気になってそちらへ移ってしまったり、そこからまた別の作業に移行してしまったりして、あれこれ手が広がり、結果的に注意散漫になってしまう。

 ところがiPadでは、小さなスクリーンいっぱいに「今やっている作業」しか見えない。ともかくこれを片付けようという気になる。「おかげで気が散るのをうまく抑えて、自分の仕事をオーガナイズできるようになりました」

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 アップルは、今夏発表するiPhone(アイフォーン) OS 4.0でマルチタスク機能を搭載することになっているが、ドーシー氏はアプリケーションの切り替えは、今でもまったく気にならないほど素早いと語る。

 タッチスクリーン機能もいい。「ソフトウエアの仕事というのは触感がない。ところが、タッチスクリーンだと、スクリーン上でデータをタッチしたりつかんだりすることができます。表計算ソフトでも、数字にズームインできる。その中にすっかり入り込んだ気分になります」とドーシー氏は言う。

 よく使うのは、「ノート」。いろいろメモを取り、後でそれが検索できるのが便利だ。データはすべて、自宅のコンピューターにシンクロしている。アップルのオンラインサービス「MobileMe(モバイルミー)」にも登録しているが、頻繁に利用するのはグーグル・アカウントだ。

 iPadの難点を挙げるとすれば、「メモリーが限られているのでウェブページがキャッシュされず、いつも再読み込みして時間がかかること」。それを除けば、コンピューター代わりに常用して、まったく不便はないという。

新しい決済ビジネスにも最適な道具

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 ドーシー氏がCEOを務める新しいスタートアップは、モバイル支払いサービス「Square(スクエア)」だ。面倒な手続きや高価な機械を購入することなくクレジットカードでの支払いを可能にするサービスで、iPhoneやiPadなどに小さなカードリーダーをつけて利用する。

 小さな個人商店での利用や友達の間での支払いにも使える。支払時には、画面上に指でサインするのだが、個人的なデバイスというイメージが強いiPhoneなどの携帯電話だと、客に手渡すのに抵抗を感じるだろうが、iPadならばちゃんとした商売の道具に見える。サインをする客に見せるのも抵抗がないはずとドーシーは見ている。

 最後にドーシー氏のiPadとの1日を追ってみよう。

 5時半起床。ナイキのアプリケーション搭載のiPhoneをつけてジョギングに行く。帰宅後シャワーを浴びて、iPadを開く。「エコノミスト」誌や「ニューヨークタイムズ」などを見てニュースに目を通し、その後ツイッターをチェック。さらにスクエアのダッシュボード(業績データ一覧)を確認して、仕事の現状を把握。

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 歩いてオフィスへ。
 オフィスでは、メールを読んで、いらないものをトコトン捨てる。「カレンダー」はとても見やすいので大変気に入っている。他にも表計算ソフト「Numbers(ナンバーズ)」など、統合ビジネスソフト「iWork(アイワーク)」のアプリケーションを多用して仕事。

 帰宅。iBookで読書。iBookは、まるで本当の本を読んでいるような見た目と UI(ユーザー・インターフェース=操作性)がいい。ハイライトをつけたり、辞書を呼び出したりするのも簡単だ。全体のどのあたりを読んでいるかも、わかりやすい。Kindle(キンドル)は使わなくなった。読書は、ジャズなどの気に触らない音楽を聴きながら、ということも多い。暗闇でもよく見える。そしてそのまま眠りに…。

「これは私のために作られたデバイスだと思いました」

 「iPadが発表された時、これは私のために作られたデバイスだと思いました」

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 嬉しそうにそう語るのは、キャロライン・エリクソンさん。マーケティングとデザイン関係の会社を経営した後、8年前にリタイアした68歳の女性だ。

 エリクソンさんは、1992年からの長いアップル・ユーザー。自宅にはデスクトップもあり、株価のチェックやメールに使っている。だが、それだけでは不便な思いもしてきた。

 リタイア後の生活の楽しみは旅行することだというエリクソンさんにとって、ラップトップは持ち歩くには重い。それに、ホテルの金庫にも収めきれないので、買わないままだった。かくして、旅行中はメールもできない、ウェブも見られないという状況に陥ってしまった。ホテルのビジネスセンターでコンピューターを利用するのも、料金が高すぎるので敬遠してきた。

 「iPhoneも持っていますが、いくら何でもあのスクリーンで新聞を読むのは無理です」。そんないろいろな問題を、iPadが一挙に解決してくれた。

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