グローバル人材の採用や育成などに向けて、採用側の企業が学生などに手厚い制度を導入する事例が目立ってきた。トヨタ自動車は理系女子への奨学金制度を、2015年4月をメドに導入すると発表した。ほかにもいろいろな制度を提供する企業があり、このように人材確保に心血を注ぐ企業には良い人材が集まるだろう。

 一方、ここ数年問題視されているのは、若者の理系離れである。これからの日本のイノベーション力を高める上で科学技術が中枢を担うのは間違いがない。日本政府も科学技術政策は最大の関心事項の1つとして取り組んでいる。そのためにも理系人材は今後ますます必要とされるにも関わらず、実態は伴っていない。

 ではなぜ、理系離れが進んだのだろうか。それには複合的な要因があげられるだろう。文系に比べて理系の授業料は負担が大きい(私立)、実験などでの授業の拘束時間が長い、企業のトップや役員になれるのは圧倒的に文系人材の方が多い、生涯年収は理系よりも文系が高い(一部に逆説もあるが)――などといった事実は多々ある。しかし、最大の原因は、理系の真の魅力が正しく若者に伝えられていないことではないだろうか。

 大学や研究機関の研究者の成果は、大きな社会変革を起こす可能性がある。企業技術者は、快適な社会を創る上で、大きく社会に貢献するものである。具体的な事例を上げれば枚挙に暇がないが、こういった技術者のやりがいを伝える力が不足しているように思え、非常に残念な気持ちになる。

サムスン流競争意識

 筆者が所属してきたホンダもサムスンも、高い技術力を元にしてイノベーションを起こし、そして社会に変革をもたらしてきた。理系人材が活躍できる土壌があった企業だと感じている。

 この両社だが、人材を育成するという観点では、大きな違いがあった。まずサムスングループ。人材をマニュアル的に育成する企業はほとんどないだろうが、階層ごとにある程度のプログラムを用意し研修教育していく企業はあり、サムスンはその典型だった。

 ただし、単に個々人を育成するという狙いではなく、むしろ同僚レベル間での競争意識を持たせることで切磋琢磨、自己開発、個々人の胆力を鍛えようとしている。よって、そのような競争意識に立ち向かっていけない新入社員も多く、実際に入社後3年以内で約30%が会社を去る。

 ホンダは人材を育てるが、サムスンは人材を競わせる。同様に、ゼロから研究開発に着手するホンダに対して、サムスンは基本的にM&Aで時間を買う――。このように、ホンダとサムスンでは企業文化や経営スタイルが大きく異なります。

 本書は、ホンダとサムスンで技術開発をリードした著者が見た日本と韓国の比較産業論です。サムスンという企業グループの実態に加えて、日本人ビジネスパーソンと韓国人ビジネスパーソンの特徴、日本の電機大手が韓国企業に負けた理由、日本企業がグローバル市場で勝ち抜くために必要なことなどを自身の体験を元に考察しています。ホンダとサムスンという企業を通して見える日韓の違いをぜひお読みください。

 さらには、語学研修などのプログラムも準備しているし、地域専門家養成プログラム、幹部養成プログラムなど、様々なものがある。基本的には強制するものではなく、自己開発のための機会を広く提供しているのである。

 本コラムでも以前に紹介したが、サムスンに入社する若者の大半の希望は役員になることである。その階段を上っていく過程で同僚や同期は間違いなく強烈なライバルである。

 役員になる平均年齢は47歳くらいだから、一般的な日本企業に比べて早い。しかし長く役員を務められる保障は全くなく、成果が出なければ役員就任2~3年でサムスンの人生を終えることも珍しくない。

 サムスンは競争意識を個々人にもたせることで、より高いスキルを要求し、全体の力を上げる論理を働かせている。革新をもたらす可能性がある人材の選別、新入社員の段階でも将来を特に期待する人材の選別など、いろいろなところでガラス張りのランク付けと分類を図っている。正にシステマティックに競わせるのがサムスン流だ。

ホンダのユニークな人材育成

 一方でホンダは、またがらりと違う文化をもつ。もともとは、創業者本田宗一郎のDNAを継承する文化がある。しかし、サムスングループのような定型的なプログラムがあるわけではない。

 仕事では上司や先輩が「部下に梯子をかけてあげるが、屋根に上がったら梯子を外す」という表現で代表されるように、最後まで優しく面倒を見るような風潮はない。自らが降り方を考えるような工夫を見い出すことを要求している。

 ホンダの場合、研究開発や技術開発の現場では、自身が考え、開発に励み、そして成果を出すような行動に移していかなければ評価の対象にはならない。上司から言われたことだけをやるようなことでは通用しないということである。もちろん、そういう「言われエンジニア」も多いが、彼らはある程度割り切って仕事に取り組んでいるようだ。

 ホンダの技術開発においては、前例がないことを多々実行してきた。他社に前例があっても自社になければ前例を創っていく姿もある。そんなホンダでも、一方では「前例がない」という理由で部下の提案を却下する上司も少なからず見てきた。結局は、人それぞれなのだ。

技術経営の責任

 ホンダでもサムスンでも今後必要とされるエンジニアには、自ら技術ロードマップや技術戦略を描き、その方向が正しいかどうかを客観的に検証できる力を持つことが求められる。そして、その方向にぶれが生じた場合には、勇気をもって方向転換する強い信念も必要だ。

 すなわち、エンジニアの側も技術経営を過信せず、常に自身の洞察からどうなのかという、主体的な考えを持つことが必要だ。もしそこに間違った方向性が見えた場合には、経営側に進言することも躊躇すべきではない。そこで遠慮すると事業の行き詰まりや失敗を招く恐れも生じる。

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