古代ローマの碑文、じつに美しいですね。このローマ字の A と V 、左右の斜め線のうちの A は左側が細い、 V は右側が細い。この太い細いのバランスってどこから来ているんでしょう。
私の本『欧文書体』にも書きましたが、碑文を彫り始める前には下書きをしなくちゃいけません。それを古代ローマの人は平筆か刷毛のようなものでして、それから彫ったと考えられています。それが今の書体のバランスの元になった。そういうことを今から約20年前、イギリスで勉強していて石彫りの人のうちに泊まり込んだときにはじめて教わった。きっと目がまん丸になってたと思う。
平筆を持ってシミュレーションをすると、どっちが細くなるのか一発でわかります。平筆の先端が水平じゃなくて、ちょっと左が下がると書きやすい。
それで書いてみるとこんなふうになる。下に敷いた青い A の字は、ローマの西暦114年ころの碑文を元にした書体
Trajan(トレイジャン)です。デジタル書体時代の今でもよく使われてます。
薄い墨で書いてみました。ね、だから左が細くなる。同じ筆の持ち方で V を書くところを想像してください。逆に V は右が細くなりますね。それがローマ碑文の写真にある AとV の関係です。
サンセリフ体ってありますね。みんな同じ太さの線に見えるやつ。それも、ほんとに微妙に太さの差をつけている場合がほとんどです。これはオモテ。普通に見えるはず。
これはたいがいの書体でそうなっている。いや、そうしなくちゃ気持ち悪い。歩くときに右手と右足とをいっしょに出したみたいで。だから、裏返しのやつを見ると落ち着かないんです。裏返してみました。