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☆異能の脇役・フッ素の素顔(1) 人間はこれまでに自然界から数多くの化合物を発見し、それよりもさらに数多くの物質を合成してきました。では「有機化合物」と名のつく物質はいったいいくつくらいあるのでしょうか?CASという化学物質のデータベースには数千万の化合物が登録されていますが、近年たくさんの化合物を一度に作り出す「コンビナトリアル・ケミストリー」という技術が進展してきていることなどもあって、実際の数は数億、もしかすれば数十億というケタになるものと思われます。 ではその数億の化合物を構成している元素の種類はどれくらいでしょうか。これが意外に少ないのです。詳しい統計はありませんが、おそらく炭素(C)・水素(H)・酸素(O)・窒素(N)・硫黄(S)のわずか5種類の組み合わせだけで、あらゆる有機化合物の95%以上が作り出されていると考えられます。周期表には100以上の元素が載っていますが、有機化学
☆「史上最強の酸」、合成さる いろいろと書きたいネタはたまっているのですが、今回は「今までで最も強い、単離可能な酸が合成された」というホットなトピックがあったので、これを取り上げてみましょう。 高校の化学では、「酸とは水素イオン(H+)を放出する能力のある物質のこと」と習います。そして弱酸の代表として酢酸や炭酸、強酸としては塩酸・硝酸・硫酸などの名を覚えたことと思います。しかしこれら酸の強弱というのは、いったい何で決まるのでしょうか? 一例として酢酸とエタノールを見てみましょう。エタノールは高校の化学では「中性」と習いますが、正確には極めて弱い酸と考えることが出来ます。 酢酸とエタノールの違いは、水酸基の隣にC=O二重結合(カルボニル基)がついていることです。二重結合の酸素は電子を自分の方に引っ張り込むために隣の水酸基のO-H結合が弱くなり、結果として水素イオンが外れやすくなるという理屈で
嫌われ者の昆虫ナンバーワン、チャバネゴキブリの性フェロモンが構造決定されたとの報告がなされました。単離したのは野島らのグループで、メスのゴキブリのしっぽにある腺を約15,000匹分集め抽出したそうです。これだけのゴキブリを集めても得られたのはわずか10マイクログラムほどで、化合物が熱に不安定でもあるため構造決定(NMR,MSなどによった)には大変な苦労があったものと思われます。 化合物はゴキブリの学名(blattella germanica)と、キノン骨格(左方の6員環部分)を含む構造から「ブラッテラキノン(blattellaquinone)と命名されました。キノンを含む化合物を防御物質として使っているゴキブリが他にもいることから、この化合物ももともと防御物質であったものが性フェロモンに転用された可能性があります。 ブラッテラキノンは見ての通り不斉炭素のない比較的単純な構造ですから、市販さ
☆異能の脇役・フッ素の素顔(3) フッ素の話、第3回は生体とフッ素の関わりについて。 歯の表面にフッ素(正確にはフッ化ナトリウム水溶液)を塗る虫歯の予防法は、一般にもよく知られています。これは歯の表面を作る成分の水酸基の一部がフッ素に置き換わることにより、虫歯菌の出す酸に強い「ヒドロキシフルオロアパタイト」に変わるためです。 現在、世界の38ヶ国でフッ素が水道水に添加されており、虫歯予防に大きな成果を挙げています(このためアメリカでは大学の歯学部が閉鎖に追い込まれているほど)。ただし、フッ素の濃度が高すぎると歯がまだらになってしまう他、フッ素が環境を汚染するという反対運動などもあって、今のところ日本では実現していません。反対論者の意見の正否の判断はみなさんにお任せしますが、少なくともフッ素添加を行っている国々での調査では、特にこれといって問題は起こっていないようです。 反対論といえば、「テ
☆ホルムアルデヒドの話 Yahoo!ニュースの「サイエンス」トピックスでは科学に関するニュースが項目別に分類されており、リアルタイムでたくさんの情報が見られるので筆者も便利に利用しています。ここには「物理学」「天文学」「医療」などの他「ナノテクノロジー」「SARS」「遺伝子組み換え食品」といった項目までが揃っているのですが、残念ながら「化学」という項目は存在していません。「化学」と名のつくトピックは「化学物質と健康」があるだけで、化学がニュースになるのは人の健康を害したときだけなのか、と化学者の端くれとしてはやや情けない思いになってしまいます。 その「化学物質と健康」トピックの中で、最近ダイオキシンなどと並んでよく登場するのが今回の主役「ホルムアルデヒド」です。シックハウス症候群の原因物質として悪名を高めているこの化合物、今回はその実体に迫ってみましょう。 まずホルムアルデヒドとはどんな化
☆タンパク質の話(6)~プリオン・発狂するタンパク質 前項で述べた通り、タンパク質は一定の形に折りたたまれて初めてその機能を発揮します。そして20種類のアミノ酸の並び順、数さえ決まれば、仕上がりのタンパクの形は必ずたった一つの形態に落ち着く、とこれまでは考えられてきました。例えば下に示すリボヌクレアーゼAというタンパクは、尿素という物質を加えてやると立体構造が崩れて機能を失いますが(変性)、尿素を取り除いてやると勝手に元の形に復元し、機能も同じく再生します。この「アミノ酸配列が決まれば立体構造も一通りに決まる」という考えは、提唱者の名を取って「アンフィンゼンのドグマ」と呼ばれ、生化学の最も基本的な原理とされてきました。 ところが近年になり、その根本法則に反例が発見されました。しかもその反例は、世界を震撼させる恐るべき病原体としてその姿を現したのです。病原体の名はプリオン、そしてその病気の名
「創薬化学入門」サンプルページ 第2回 医薬が世に出るまで 第5回 医薬のベストバランス 第14回 脂質異常症治療薬 有機化学美術館 有機化学美術館・分館
植物をエサとして生きている動物は非常にたくさんいます。この関係は動物が種を運んでくれるなど植物側にメリットがある場合もありますが、手間ひまかけてこしらえた葉や実を食われるだけ、植物側の一方的な損害であるケースも少なくありません。 オーストラリアに住む珍獣コアラがユーカリの葉しか食べないことは有名ですが、これなどユーカリの側からすれば大変に迷惑な話で、コアラは可愛いどころか恐るべき天敵以外の何者でもありません。実は最近の研究によると、ユーカリはコアラの食害を防ぐためにいろいろな工夫を凝らしてきた歴史があることがわかってきました。 これまでにもユーカリは動物の嫌うテルペン類、タンニン類などの化合物を合成して対抗しようとしていたのですが、これらではコアラの食欲を抑えるのに十分ではありませんでした。ところが最近一部のユーカリが有袋類に対して強力な毒性を持つ化合物(ホルミルフロログルシノール類、FP
☆窒素はどこまでつながれる? 有機化学という一大ジャンルの主役となる元素は、もちろん炭素です。周期表を埋める100あまりの元素のうち、炭素だけが長くつながり、他の元素とも手を取り合って多彩かつ安定な分子を作り出せるからです。 では他の元素、例えば周期表で炭素の隣を占めている窒素ではどうなのでしょうか?残念ながら窒素同士は炭素ほどに長くつながることができず、数個つながっただけで不安定になってきます。このため窒素は炭素のように複雑な分子を作り出すことができず、当然窒素をベースとした生命などというものも考えられません。 では窒素同士の結合はなぜ炭素同士のそれに比べて不安定なのでしょうか?これは窒素が炭素と違い、「非共有電子対」を持つことが原因です。例として、それぞれ炭素・窒素同士が2つがつながったエタンとヒドラジンという2つの分子を比べてみましょう。 エタン分子の中の外殻電子は全てが水素との結合
観光地にも寄らず買い物もせず、ただただ国道を走り回っていったい何が楽しいんだ、とよく聞かれます。走ること自体が好きだというのが最大の理由ですが、よく道路を観察していれば、「ほほうこりゃ面白い」という物件にもめぐり会います。そんな中から筆者の好みでいくつかセレクトしてご紹介しましょう。 登山道国道(R289・福島県西郷村) 千里浜なぎさドライブウェイ(石川県羽咋市) 迷宮国道(R101・秋田県男鹿市) 海上を走る国道(R150・静岡県静岡市~焼津市) スペルミスおにぎり大全(R361・長野県開田村他)(01.10.20追加) 岩のトンネルをくぐる国道(R305・福井県越前町) 変わり種おにぎり各種(R457・宮城県仙台市他)(06.5.7) 新旧天城越え(R414・静岡県河津町) 最後のダート国道(R458・山形県寒河江市) 四国の酷道(R193霧越峠・徳島県上那賀町他) 全国唯一・竜飛岬の
☆ドーパミン ~文明を創った物質~ 宇宙に生命はいるのか?これは人類の好奇心をそそる永遠のテーマだ。今のところ、他の惑星に我々の遠い友人が住んでいることを示す直接の証拠は何もない。が、「『いる』と考える他はない」と主張する科学者は少なくない。 この論拠の一つは、地球に生命が現れた時期だ。生命の誕生は約38億年前と考えられているが、これはようやく原始地球への隕石衝突が静まり、地表が固 まってきた時期だ。要するに生命は条件が整うやいなやあっという間に登場しているわけで、生命の誕生はそう特別なことではない、むしろ条件を満たす惑星上 でなら必然的に起こることと考える根拠がある。 が、我々人類と同じように知性を備え、文明を築くような種族がいるかとなると、こちらは悲観的な意見が多い。例えば「眼」や「社会生活を営む昆虫」は、 生命史の中で独立に10回以上発生しているとされるが、知性や文明はこの38億年間
さてこの3種の分子を混ぜたとします。ABは水素結合及びπスタッキングという力によってAとBを近くに引き寄せます。3分子は下の図のような形をとります。と、Aの脱離基とBの窒素が極めて近い位置(下中央)にやってきます。 要するにABはAとB2分子を引き寄せ、都合のよい位置に引っ張ってくることで、新しい仲間の誕生をアシストしてやっている(触媒作用)ということです。触媒であるABはどんどん増えてゆきますから、AとBが存在する限りABは加速度的に増えてゆくことになります。 Rebekらはもう一種類、似たような機構で増える自己増殖分子(A'B'としておきましょう)を発表しています。面白いことに、両タイプの合いの子(AB')は両親であるABやA'B'よりも効率よく増えてゆくことがわかっています。「藍よりも青し」を地で行くような話ですが、AB'は両親を超えた、あるいは「進化した」と表現してもいいでしょう。
☆旧道に残された国道標識 ほんの40年ほど前まで、日本の国道はほとんどが細く頼りない砂利道で、車がすれ違えるかどうかという区間がたくさん残っていました。そうした道たちは数十年かけて徐々に幅が広げられ、舗装がなされ、バイパスが建造されて、今見るような快適な道路が整備されていったわけです。 バイパスが開通すると、その区間の旧道はたいていの場合県道や市道に格下げとなり、国道指定が外されます。通過車両はバイパスを走り抜け、旧道は地元民が利用する生活道路にその性格を変えてゆきます。 地図などを見ながら、旧道がどのようなルートをたどっていたかを推理するのはなかなか奥が深い楽しみです。現地を訪ね、かつて国道であった証拠を見つけることができれば喜びもさらに増すというものです。 下の写真は、福島県いわき市の諏訪集落付近に残存していた古い国道標識です。左上のガードレールが現役の国道49号で、すれ違いさえ難しい
☆臭い化合物の話 これまで数々の美しい分子、変わった分子、面白い機能のある分子を紹介してきました。ではその新しい分子たちを作り出している現場、有機化学の研究室というのはどんなところなのでしょうか?これが実際にはけっこうな修羅場です。 特に大学の研究室は朝から晩まで実験、実験で肉体的にも精神的にも相当にきつく、男ばかりであまりうるおいのない環境なので、片づけも行き届かず汚くなりがちです(まあ筆者の出た研究室が特別にその傾向が強かったという話もありますが)。よく嫌われる職場の条件で「3K」などといいますが、有機の部屋の場合はきつい、汚い、危険、厳しい、苦しい、臭い、体に悪い、給料がない、教授が恐い、彼女ができない、などなど簡単に8Kや10Kくらいいってしまいそうです(笑)。 まあきつさ、汚さ、厳しさなどは先生の性格によってもずいぶん左右されるでしょうが、「臭い」という項目に関してはおそらくほと
☆医薬の王様・アスピリンの物語(1) 人類と医薬のつきあいは有史以前から始まっています。これまでに用いられた医薬の種類は、それこそ呪術師のまじない程度のものから遺伝子工学を駆使して作られた最新の医薬まで、全てを含めれば数十万、数百万という単位にのぼることでしょう。 ではその中で人類に歴史上最も多く使われた、「薬の王様」というべき薬は一体何か。その座に就くのはまず間違いなく、今回の主役「アスピリン」をおいて他にありません。アスピリンは19世紀末に発売されて以来、最もポピュラーな抗炎症剤・鎮痛剤として現在に至るまで使われ続けており、その圧倒的な生産量は他の薬剤の追随を全く許しません。今回はそんなアスピリンの過去・現在・未来についてお話ししていきましょう。 アスピリンのそもそもの歴史をたどれば、東洋・西洋で共に古くから鎮痛剤として用いられていた「ヤナギの枝」に行き着きます。いわゆる爪楊枝は、虫歯
☆結晶にまつわるエトセトラ しばらく堅苦しい話が続きました。今回は、ちょっと息抜きということで、結晶に関わるいろいろな話をエッセイ風に書き並べてみたいと思います。 まず結晶とは何か。専門的には、イオンや分子などが規則正しく並んだ固体のことを指します。我々の身近でいえば食塩(塩化ナトリウム)や砂糖の粒、石などがそれにあてはまります。逆に結晶でない固体というのもあって、例えばガラスなどがそうです。典型的な結晶である食塩の粒をよく見ると、ひと粒ひと粒が全てサイコロのような形(立方体)をしています。これはナトリウムイオンと塩化物イオンとが、まるでジャングルジムのように規則正しく並んでいるせいです。食塩のひと粒には、だいたい1,000,000,000,000,000,000個のイオンがびっしりと並んでいる計算になります。 有機化合物というのはたいてい複雑な形をしているので、食塩のような単純な詰まり方
☆炭素をつなぐ最良の方法・鈴木カップリング(2) ということで前回の続き。 鈴木-宮浦カップリングは、他のカップリング反応で用いられていた有機金属化合物の代わりに、有機ホウ素化合物を使う反応であると述べました。そしてこのホウ素を使うという一見小さな改良は、今までの有機化学の常識をひっくり返すほどの巨大なメリットをもたらしたのです。 有機金属化合物は一般に反応性が高く、いろいろな反応に応用できますが、このことは裏を返せばデメリットにもつながります。つまり有機金属化合物は反応させたい相手(ハロゲン化物)だけでなく、カルボン酸・エステル・アミド・アルコール・アルデヒドなど多くの官能基とも反応してしまうので、これらが共存する分子相手には使えないのです。有機ホウ素化合物はこれらの官能基とは反応しませんので、カップリング相手を選ばず、保護など余計な手間を必要としないというメリットがあります。 また有機
☆尿素の話 今回は東京の神沢真実さんから「尿素配合クリームというのが最近売られているが、尿素というのはなぜ肌の潤いを保つのか?」という質問をいただきました。尿素というと何やら聞こえは悪いですが、実は工業や農業、そして化学史の上でも非常に重要な化合物です。今回はひとつリクエストにお答えして尿素の話をしてみましょう。 尿素はH2NCONH2という分子式を持った化合物です。このような日本名がついている分子はかなりめずらしい存在です。英語では「urea」ですが、これも「urine」(尿)から来ているものと思われます。 尿素はその名の通り尿の中から発見されました。成人はだいたい1日30gほどの尿素を排出するといわれます。こんなにも大量に作られるのは、尿素が窒素化合物の代謝(体内での化学変化)の終着駅であるからです。動物はタンパク質をはじめとした窒素化合物をたくさん取り入れ、不要になった分は分解して排
☆喪われた化合物の名誉のために(1)~DDT~ 化学者の端くれたる筆者にとって悲しいことに、近年どうにも化学のイメージはよくありません。環境破壊の先棒担ぎのような扱いを受け、「化学」「合成」と名のつく物はそれだけで悪者のように見られます。化学のもたらした恩恵は大きいのに、なぜか大きく取り上げられるのは害毒の方だけ、という感もなきにしもあらずです。今回からマスコミによく登場する物質をいくつか取り上げ、その光と影を検証してみることにしましょう。1回目は悪玉化学物質の最右翼、DDTです。 DDTという名称は、ジクロロジフェニルトリクロロエタンの頭文字を取ったものです(ただし現在の命名ルールでは、1,1,1-トリクロロ-2,2-ビス(4-クロロフェニル)エタンという名称になります)。DDTが最初に合成されたのは1874年のことですが、スイスのミュラーによってその強力な殺虫効果が発見されたのは193
Science mini-story (2) ~日本発・113番元素登場~ というわけで前回の続き。 (4)命名権の行方 新元素が発見され、その存在が確定したら当然名前が必要になります。元素の命名権は発見者に与えられ、IUPACという組織がこれを認定して最終決定されます。 とはいえ元素の発見は常にその時代の科学の限界に挑む仕事であり、それゆえに思わぬミスや虚偽はつきものです。「ニッポニウム」と命名された元素が周期表から消された経緯については以前も触れましたが、他にも数多の元素が歴史の中で抹消されており、その数は「本物」の元素の数(約110)を上回るとさえいわれています。 核反応によって元素を合成する時代になっても、この事情は変わっていません。こうした研究は巨大な設備と費用を必要としますので、「新元素発見」の報告がなされても追試を行うことが難しく、しばしば混乱を生じます。特に104番から10
☆タンパク質の話(8)~タンパクを壊すタンパク・プロテアーゼ~ 何度も述べている通り、タンパク質は20種類のアミノ酸がつながり合ったもので、生命を支えるあらゆる働きをする精妙な分子機械です。では人間はこのタンパク質をどこから調達しているのでしょうか?我々は毎日食事からタンパク質を取り入れていますが、動植物のタンパクは人間のものと構造も役割も違いますので、これを取り入れてももちろんそのままでは使えません。取り入れたタンパクはいったんアミノ酸の単位にまで完全に分解し、これを再びつなぎ合わせて体に必要なタンパクを作り出す必要があります。 またいったん作ったタンパクでも、役目を果たしたら消えてもらわなければいけないものもあります。骨を作るタンパク(コラーゲン)が分解されないのでは我々の体は一生成長できませんし、血糖低下作用を持ったタンパク(インスリン)がいつまでも体内をうろうろしていたのでは、すぐ
世界を変えた化合物(3)・フェノール ~ジョセフ・リスターの奇跡~ フェノール 「帰ったら石けんで手を洗いなさい」と叱られた記憶は誰にでもあるだろう。今や「清潔」「衛生観念」の重要性は人々の間に行き渡り、ごく当たり前のことになっている。が、最も清潔が必要とされるはずの医療の現場で、消毒の習慣が定着したのは思ったほど昔のことではない。「消毒」の重要性が認められるまでには、長い歳月と多くの努力が必要であった。 史上初めて手洗い・消毒の重要性に気づいた人物は、ハンガリー出身の医師イグナーツ・ゼンメルワイスであった。彼は産褥熱(出産の際の傷から細菌が侵入して起こる感染症)の発生率が、同じ病院の2つの棟で10倍も異なることに気づいた。調べた結果、両者の違いは出産を担当するのが医師か助産婦かだけであった。当時、医師たちは死体を解剖した後でも手を洗うことなどせず、そのまま出産に立ち会っていた。ゼンメルワ
☆抗生物質の危機(1) ~「魔法の弾丸」の誕生~ ペニシリンをはじめとする抗生物質は、今やそこらの病院へ行けば、数百円で処方してくれるごくありふれた薬となりました。しかし現在、その抗生物質に思いもかけなかった危機が迫っています。今回は、抗生物質の歴史と現在にスポットを当ててみましょう。 1928年、イギリスのセントメリー病院に勤務していた細菌学者フレミングは、病原菌の一種であるブドウ球菌の培養実験を行っていました。ある日彼は、培養シャーレの中に1ヶ所だけ菌が成育していない場所があることに気づきました。調べてみるとそこには、実験中偶然まぎれこんだアオカビが生えていたのです。これはアオカビが、ブドウ球菌を殺す何らかの成分を作っているためではないか、とフレミングは直感しました。これこそが後に「フレミングの神話」とまで呼ばれた奇跡の始まりでした。 1940年、化学者フローリーは努力の末、この成分を
全合成というジャンルがあります。主に天然から産出される複雑な分子を、小さな分子から人間の手で一歩一歩組み上げることです。本来は、天然からは少量しか得られない貴重な化合物の構造を解明する、あるいはそれを人工的に供給するというのが目的ですが、現代ではむしろ新しい反応の有効性を示し、また磨くための舞台としての役割が大きくなっているように思われます。もちろん注目を集める化合物を世界で初めて合成したとなれば大きな名誉となりますし、特にアメリカなどではこうした実績が研究費獲得にダイレクトに結びつきますので誰もが血眼にならざるを得ません。今回の主役であるタキソールは、過去もっとも激しい合成競争が繰り広げられたことで知られる有名な化合物です。 タキソールは1971年、アメリカ保健省の大規模な抗がん剤探索プロジェクトにより、イチイの一種の樹皮から発見されました。タキソールは乳ガンなどに対して極めて有望な薬剤
☆炭素をつなぐ最良の方法・鈴木-宮浦カップリング(1) ここまで、様々な特色を持つ数多くの有機化合物を紹介してきました。これらの化合物は(いくつかのタンパク質を除けば)、ほとんど全て有機化学者が化学的手法を使って人工合成してきたものばかりです。化学者たちは「有機合成」という武器を駆使して天然化合物のみごとな仕組みを次々と解明し、それに負けないほどの機能を持った化合物を数え切れないほど作り出してきました。丈夫なプラスチックも病苦を和らげてくれる医薬も、全ては「有機合成」という確立された技術の上に立って生み出されたものであるわけです。 ではその「有機合成」、つまり化合物を組み立てるというのは、具体的にはどういう技術なのでしょうか? 丈夫な繊維ナイロン(上)も、複雑な構造を持つ抗ガン剤ビンブラスチンも、有機合成の力によって作り出された化合物である。 有機化合物の基本骨格は炭素で作られていますから
・インフルエンザウイルスの仕組み そのインフルエンザウイルスは、どのような仕組みになっているのだろうか。 インフルエンザウイルスは、遺伝子として8本の一本鎖RNAを持ち、これが直径80~120nmの脂質膜(エンベロープ)に包まれた構造を持つ。タンパク質の抗原性によってA型・B型・C型の3種に分けられるが、B・C型は遺伝子の変異が起きにくいため、多くのヒトが免疫を備えている。このため大流行を引き起こすのはA型のみであり、スペイン風邪や今回の新型インフルエンザもこのA型に含まれる。 A型インフルエンザウイルスの表面には、赤血球凝集素(ヘマグルチニン、HA)とノイラミニダーゼ(NA)という2種のタンパク質が、数百本トゲ状に突き出ている。HAは細胞に感染する際に、NAは増殖したウイルスが細胞を破って脱出する際に主要な役割を果たす。いずれのタンパク質も抗原性を示し、ウイルスの感染・増殖に大きな影響を
☆喪われた化合物の名誉のために(2)~調味料~ 99年夏、「買ってはいけない」という本がベストセラーになり、賛否両論含めた様々な論議を巻き起こしました。筆者の感想をはっきりいえば、もちろんなるほどと思える項目もあるのだけれど、その他であまりに頭の痛い記述が多すぎ、とうてい信用するに値しないというのが正直なところです。それでもこの本の影響力は絶大で、ちょっとインターネットを検索しただけで「買ってはいけない」の引用と思える記述に山ほど出くわしました。言いたいことは山ほどありますが、とりあえず今回は化学調味料を取り上げてみましょう。実はこの調味料は、筆者の商売敵でもある会社の製品なので、あまり弁護してやる筋合いではないのですが(笑)、一化学者として思うところを書いてみます。 「味の素」の主成分(97.5%)はグルタミン酸ナトリウムという化合物です。「買ってはいけない」ではこの化合物が脳細胞を破壊
☆スペルミスおにぎり大全 「ROUTE」のスペルが間違った標識が、現在までに全国で6枚発見されています。なんでこんなことが起こるのか、人間うっかりすると何をやるかわからないものです。 発見順に、RUTOE361(長野県開田村)、RUTOE51(千葉県成田市)、ROUET246(神奈川県伊勢原市)、ROUTO51(千葉県成田市)、ROUOE121(栃木県藤原町)、RUOTE161(滋賀県大津市)です。ちなみに最後の2枚は筆者の発見したもの。なんでこんな変なもんに立て続けに巡り合ったのか、我ながら謎。 現代では標識もコンピュータでデザインして量産しているので、こうしたミスはおそらく起こりえません。R361を除いてはいずれも昭和31年までに指定された古い国道であり、標識もかなり昔に作られたものと思われます。 しかしROUTOやROUETはうっかりミスかなとも思えるのですが、RUTOEが2枚という
☆ティーバッグのトナカイ(前川淳・作) (第3回折紙探偵団コンベンション折り図集より) 紅茶のティーバッグの入っていた紙を切り開くと、下のような面白い形をしています。この紙を使って作るのがこれ、「ティーバッグのトナカイ」です。4cmほどの、手のひらに乗る大きさに仕上がります。 この作品は見た目もかわいらしいですが、折ってみて初めてその傑作たるゆえんがわかる作品です。左側の細長い出っぱり、浅い切れ込み、右側の台形の部分などが全くむだなく生かされており(それぞれツノ・口・しっぽになる)、この紙はこの作品のためにデザインされた形なのではないかと思ってしまうほどです。 優れた彫刻家は大理石の塊の中に、すでに彫られるべき像の姿が見えているといいますが、作者の前川さんにはこの紙の形を見た瞬間にもうこのトナカイの姿が見えていたのかもしれません。ちなみに作風はだいぶ違いますが、以前掲載した「サンタクロース
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