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twitter.com/ynabe39
現実に左側がずっと便利に使ってきた表現の自由の聖化のロジックが右側に乗っ取られてヘイトスピーチの擁護に使われてる現実を見たら少し考えるのがまともな頭だろうとは思います。
左派が使ってきた方法が右派に乗っ取られるというのがこの10年くらいの大きな流れだが,最近では自由や権利の主張まで右派に乗っ取られた。
俺は自らの人生経験から「苦労が人間を育てるよりも苦労が人間を歪めることのほうがずっと多い」と思っているので、苦労などしなくてすめばしないほうがいいと思う。
「歴史修正主義者やレイシストを撲滅するためには表現の自由とか選択の自由とかは否定してもいいし,暴力でもパターナリズムでもマチズモでもルッキズムでもなんでも活用すればいい」とはっきり言えばいいのである。そう言うのなら「そうでしょうね」としか返す言葉はない。
再現性が必要な理由を「そうでないと科学ではないから」みたいな規範的な話にしちゃうとよくないと思う。そもそも再現性があることにどういう意味というかメリットがあるのかをちゃんと意識しないと。
TLを見ていると昨日の首相談話が投影法の心理検査のようなものであることがよくわかる。解釈は書いた人の意図よりも読んだ人の考えや感情によって決まっている。
「パフュームがわからない」と言っても叱られる。「悪い」とか「ダメ」と言ったのではなく「自分はわからない」と言っただけでもそうである。たぶんこれは「わからない」「自分にはわからない」という言い方を「わからない対象を批判する意味」で使う人、受け取る人が多いからなのだろう。
人の主張の75%くらいは結論が先にあってそれに合わせて理屈が組み立てられるのである。そしてその結論の大半は好き嫌い。
「代案を出せ」というのは「飯を食おう、中華はどうだ?」「飯は食うが中華はいやだ」「じゃあ何を食う?」というように「大きな方向性」で一致しているときだけ有効な話で、「飯は食いたくない」というのに「じゃあ何するんだ、代案を出せ」とはふつう言わない。
町内会の問題でも「町内会に入らなきゃゴミ捨てちゃいけないのか!市役所がそう言ってるのか!」なんて逆ギレするのはだいたいオヤジ。若い人は言えばできる範囲でやってくれる。
結局「歴史修正主義」みたいな言葉も「自分の陣営につかない人」という意味でしか使ってないんだよね。
運動の人には哀しみがないのさ。それが俺が運動の人を軽蔑する理由。
統計的に見れば「重いもののほうが早く落ちる」のほうが多数派の「常識」だとして、社会はそれに従うべきか。
政治経済系のアカウントでいろいろ理屈を書いているけど要約すると好き嫌いしか言っていない人は多い。
これは生活保護や少年法をめぐる議論などでも同じことで、社会全体として相対的に望ましい施策が「庶民感覚」からは納得できない場合はすごく多い。仇討ちが禁止された時にも一般市民のほとんどは不満だっただろうし、だからこそ法の強制力で禁止する必要があった。
「いつ誰に対して言うかによって言うことや言い方を変える」というのはすでに科学の話ではなくて、たとえば教育であったりあるいは政治の話になると思う。
ただまあ政治が専門家の意見だけでは動かないのはしかたのないことだと思う。学問的に正しいことが常に適切なら政治はいらなくなる。
自民党は減ってるし共産党は2倍を超えてるし民主も10くらい増えてるし次世代は壊滅だしなんか文句あんの。
色ではなくて光る位置や形で判別するようにしてほしい。 “@h_yosinaga: 確かに赤と緑の区別が苦手/できない人は比較的多い 海外ではなおさら 設計段階の間違いと言える 赤青にでもすれば良さそう
血液型でもそうだが,迷信とか「ニセ科学」とかを「論理の構造」とか「科学的正誤」とか「信じる仕組み」とかから批判するのは筋が悪い。あくまでも「結果が有害であること」から批判すべきだと思うし,有害でないなら批判する必要はあまりない。
「ニセ科学に騙される一般大衆ガー」というのと「人権や法治主義を理解しない一般大衆ガー」というのは同じことだと思うが言う人が意外に重ならない。それぞれに党派性があるように見える。
戦争中を描いたドラマや映画などで翼賛勢力や「国防婦人会」みたいな人たちが必ず「熱狂したバカ」として描写されるの,あれウソだよね。実際には「賢く冷静な人」たちが支持し参加しないであんな体制が作れたわけがない。
「そんなの町内会でなく行政がやるべき」「市民税はちゃんと払っているんだから」とは言えるが、行政のほうはむしろ逆に福祉や防災の新しい機能をどんどん町内会に担わせようとしてくる。
@naitoasao (これは遠からずおっしゃる通りになると思いますが,同じことは戦前にもあって,226事件で北一輝や極右を片づけた後に軍国主義が来たわけです。)
奴隷制だって侵略戦争だってなんだって「俺たちはもうやめたのにお前らはなぜやめないのだ,早くやめろ」なんだから「お前らもやってただろ」はあまり説得力がない。
本人に落ち度があるかないか,責任があるかないかに関わらず困っている人は助けようというのが福祉の理念だし,福祉はけっきょくそのほうが効率的なんだけど,世の中がどんどん「自己責任化」することで福祉だけが「妙に甘いシステム」にみえるようになっちゃったのではないか。
無理やり結婚させなかったら結婚しない人は増えるし無理やり子どもを作らせなかったら子どもを持つ人は減る。むかしは無理やりだったんだから。
「〜と感じるのは私だけだろうか」という言い方、私だけではなかったとしてどうしたというのか。バカなことを感じる人が複数名いることなどいくらでもあるだろう。
戦時中が暗黒時代だったみたいな見方は偏ってるよね。その時代にも人々のふつうの日々の暮らしや楽しみはあったわけで。そういうことはレコードを集めたり本や雑誌を集めたりしてその時代の遺物を見ているとわかる。
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