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morimasafumi.blog.jp
2020年04月13日18:00 カテゴリ 僕は「ぐるなび」を辞めた……編集者・両角浩太郎が「みんなのごはん」に思うこと 2019年6月、「みんなのごはん」が更新停止になったサッカー記事の担当編集者だった両角浩太郎は直後に連載を振り返ってインタビューに答えた ところが80本以上あった記事の内容に触れたのはごくわずか何故か大好きなプロレスについて滔々と語ったりもした今思えば連載を総括する内容ではなくてよかったのかもしれない なぜなら「みんなのごはん」は今、奇跡的に復活したからだ読者の方の後押しでサッカー記事も掲載されることになったそして両角も再びサッカー記事の編集を担当することになった 更新停止中に何を学んだか読者の方々の期待にどう答えるのか新たな厳しいチャレンジが始まる 「ヒマで元気な無職」になった現在 僕は「みんなのごはん」の更新が停止した後、「ぐるなび」を辞めました。 その後って、労働
2019年10月01日21:31 カテゴリ 11月に3カ所で新連載をスタートすることになりました。そのうちの1つです みなさまのおかげで、3カ所での連載が決まりました。「『みんなのごはん』の続き」「少しアレンジをした内容の原稿」「新しい形のインタビュー記事」という形です。本当にありがとうございます。 どの連載も11月スタートということで、 現在取材の真っ最中です。10月に入って、3つのうちの1つのサイトから名前を公開していいという許可をいただきましたのでお知らせいたします。このサイトが「みんなのごはん」の形をそのまま継続することになります。 「J論」は現在サイトデザインのリニューアルの途中ですが、どうやら私の連載のほうが早くスタートしそうです。 この「J論プレミアム」と「J論」の違いは、「J論プレミアム」は、運営会社が別に提供している個人メディアの集合体「タグマ!」の筆者の方の記事、「J論
2019年08月06日17:27 カテゴリ 連載していた4年の間に大きく変わっていたと痛感しています 「ぐるなび」さんで連載していた4年の間に、いろいろと大きく変わっていたのだと痛感しています。 現在、様々なところにアプローチしているのですが、その中でときどき言われる言葉があります。 「今は、こういう記事の数字が伸びるので、こういう人の、こういう感じの記事が必要です」 4年前も確かにこういう台詞を聞いたことがありました。ですが、もう少し余裕があった気もします。 そもそも両角浩太郎さんとの打ち合わせは「こういう感じで記事を作れば、今のトレンドとは反対だけど、それが面白くなるかもしれない」という話から始まりました。 この4年で、どんどん数字が前に出てくるようになり、編集者さんの感性や未来を読む力などは試されなくなってきた、試させてもらうゆとりがなくなっているのかもしれません。 あとは金銭的にも
2019年06月27日16:00 カテゴリ 埋もれたフットボール史に光を……ぐるなび「みんなのごはん」は、なぜサッカー記事を載せていたのか 銀座 グルメレポ 両角浩太郎 「みんなのごはん」の中では異色だったサッカー連載この企画はどうやって生まれたのかそして続いた秘密は何だったのか ゲーム雑誌、ネットニュースと様々な経験を経てサッカーコーナーを生み出した両角浩太郎氏が自らのバックボーンと企画の裏話を語った 知られざる劇的ストーリーに光を当てたかった 「みんなのごはん」って、最初は「これぞインターネット」とでも言うべきノリを全面に出して活躍されているライターさんを中心に書いていただいているメディアだったんです。 そんな中で、「いわゆるリアルの有名人が登場したらソーシャル上でどんな反応があるか実験する」みたいなニュアンスで、第1回に川口能活さんに登場いただいたんです。 それで掲載したらその記事は
2014年06月26日09:20 カテゴリサッカーワールドカップ 【W杯】日本人とブラジル人、コロンビア人 惨敗の後、メディアセンターが閉まる直前まで多くのメディアが働いていました。僕も仕事が終わった後、結局閉まる直前までセンターにいました。帰るとたくさんのコロンビア人に何と言われるか、それに僕と会うのは気を遣っていやだろうと思っていたからです。 帰ると、コロンビア人たちはみんなでかけていました。ブラジル人たちは僕をみると「オラ!」と一言声を掛けるだけでした。彼らはどの試合も見ていたし、まして近くでおこなわれている試合ですからテレビで見ていたはずです。だけど何も言わずに、僕が部屋に入っていくのを見ていました。 しばらくするとノックの音がします。「イエス!」と返事をしたのですが入ってくる様子がありません。もう一度ノックの音がするのでドアを開けてみると、最初に仲良くなった通称DJと呼ばれている
2014年03月11日23:30 カテゴリ 浦和の横断幕事件について 2004年、浦和が初めてステージ優勝したときに、サポーターのみなさんに話を伺って本を作ったことがあります。 そのとき、一番強面だと思ったあるサポーターがこう言っていました。 「他のチームのヤツはみんな嫌い。だけど赤いユニフォームに袖を通して浦和のために頑張ってくれるのなら、人種とか関係なく好きになる」 でも、確かに他のあるサポーターは「俺は朝鮮人が嫌い」と言っていました。「なぜなら昔、朝鮮高校の奴らとケンカしたから」。それでも「 浦和にそんな選手が来たら複雑だけど、応援するとは思う」という話も聞きました。 10年前ですらそこまでのクラブ至上主義で、他はすべて二の次という考えを聞いていたものですから、僕は当初「JAPANESE ONLY」が鳥栖に向けられたメッセージかと思っていました。鳥栖は尹晶煥監督や金民友選手、呂成海選
2012年08月25日23:30 カテゴリ 川崎vs名古屋 今まで理解してきてくれた人たちなのですから 先週は川崎ファンから厳しいメールをいくつかいただきました。ホームでの勝率が落ちている(この試合の前までで4勝1分6敗)、優勝を狙うようなチームの完成度ではない、残留を狙わなければならない戦いぶりだ、なのになぜもっと厳しく書かないのか。そういう内容でした。 残留に関して言えば、J1リーグが18チームになってから、勝点35程度が残留ラインになっています。ということは、川崎はあと1勝すればほぼ大丈夫でしょう。そんな低い目標を達成しても……とお嘆きの方もいらっしゃると思いますが、監督が代わり、選手を入れ替えている段階で僕はいきなり優勝を狙うのは難しいと思っています。いろいろな監督から「チーム作りには3年かかる」という言葉を聞きますが、そういう意味では今年はまだ1年目の最初の最初です。 選手を入れ
2012年01月17日23:30 カテゴリ クラブライセンスは両刃の剣になりかねない クラブライセンスの取材に行ってまいりました。記者会見には約60人の報道陣が集まり、関心の高さを伺わせました。 これが配られた資料の一つ、「Jリーグ クラブライセンス交付規則」で、ご覧の通り今年の2月1日から施行されます。 このクラブライセンスの発祥はドイツで、それがFIFAに広がり、そこからAFC、日本と降りてきています。AFCは2010年3月に2013年シーズンからACLに参加する場合、AFCの定めるライセンスを持っていないと資格を与えないと決めました。 ライセンスを判定する5つの項目は「競技基準」「施設基準」「人事体制・組織運営基準」「法務基準」「財務基準」の5項目があり、それぞれの項目にA、B、Cの等級を持つ基準があります。Aは必須で達成しない場合はライセンスが与えられず、Bは必須だけれども達成しな
2011年12月01日21:19 カテゴリ 今だったら書いてもいいかな(でも) 鳥栖には、本当に苦しい時代がありました。 鳥栖フューチャーズが昇格を賭けて戦っているときもそうでした。鳥栖フューチャーズが解散したときの、何が真実で何がウソなのかわからない時代もそうでした。 サガン鳥栖ができたときは何もなかった。Jリーグから発足を助けるためにやってきていた熊地さんは、「サッカー関係者」ということだけでホテル代の前払いを要求されたそうです。そして床に座り、ベッドの上にプリンターを置いて作業していました。 応援CD作ったり、放送部ができたり、本ができたりしたのは本当にすごいことでした。すべてサポーターの手作りでしたから。サガテレビは採算度外視のノーコマーシャル、ノーカットで試合を放送してくれました。 その後、しばらくしてまたもおかしくなってきて、チームが遠征に出ているスキに監督を解任しようという動
2011年03月01日11:19 カテゴリ 元社長が逮捕ですが サガン鳥栖の元社長が公職選挙法違反で逮捕されました。ですが、その元社長の当時、運営会社が行き詰まり、現在の運営会社に経営権を譲渡していて、元社長と現在の会社にはもう何の関係もありません。 ところでその元社長は、とても独特な人でした。昔、記者会見を取材して、その音声と書き起こしたデータを送ってくれた人がいるのですが、今見ても絶句します。この当時の報道陣って本当に大変だったでしょうね。ということで、ちょっとだけ転載しておきます。 この会見は2004年7月17日に行われました。当時、前運営会社が経営に行き詰まり、6月末までに減資しなければチームの存続はないということをJリーグから言われていました。ですが、結局は期限があいまいなまま延びています。そして8月中に減資したいという社長の発言の後に質疑応答に移っています。 と、ここまでの情報
2010年07月31日23:59 カテゴリ いってらっしゃい巻選手 今日は千葉vs大分の試合取材と、巻選手の挨拶を見に行ってきました。 試合前に探しに行くと、 「いろいろあって、移籍することになりました」 と顔を見かけてすぐ巻選手が話しかけてきてくれました。 ——昇格が決まる試合にはJ1の優勝が決まる試合と重なっても来るように、と言ってもらっていたのにね。 そうですね……。 ちょっとしんみりしそうだったので、話題を変えました。 ——ロシアリーグに行ったら体格が同じような選手が多いんじゃないですか? いや、それがみんなすごく大きいんですよ。僕はサイドバックの選手よりも小さいんです。 ——これからは新しい感覚でもプレーできるんですね。相手の下からくぐってゴールするとか。 そうですね、ちょっと楽しみです。 ——起きたら庭に白熊がいるとか、そんな感じだったりして(笑)。 いや、それは無いと思います
2010年06月30日04:27 カテゴリ 泣くな駒野 アジアカップの時、PKの練習をして1本も外さなかったのは3選手。遠藤選手、中村俊輔選手、それから駒野選手でした。だから駒野選手がPK戦に出てくるのは当然でした。 駒野選手はこのチームの中心でした。引っ張るとか盛り上げるとか、そういう中心ではなくて、みんなから突っ込まれてドギマギしている姿がみんなを和ませていました。雰囲気が悪くなりそうになったら、誰かが「こまのぉ」と言って、それだけで緊張を緩和させてくれていました。 駒野選手はこのチームにとって必要不可欠でした。 だから泣かないで。いつもは直立不動だけどちょっと視線を上にそらしながら質問に最後まできちんと答えるあなたが、今日は誰の声にも顔を上げず、ぼう然と歩き過ぎていましたけど、駒野選手を責めるチームメイトなんていないはず。そもそもあなたがいなければ、こんなにまとまれたものなのか。 な
2010年05月10日21:00 カテゴリ 今日一番感動した代表選考に対してのコメント 今日は、朝川崎の練習場に行き、中村選手と川島選手、谷口選手と井川選手の表情を見て、日本代表の発表会場へ。240席の記者席は全部埋まり、立ち見もたくさん出ていました。あぁ、まだ捨てたもんじゃないと一安心。 会見が終わった後に急いで川崎の公開会見へ。川崎の日本代表三選手と北朝鮮代表の鄭大世選手の喜びの声を聞いて帰ってきました。 悲喜こもごもです。自分の大好きな選手が選ばれてうれしい反面、自分の大好きな選手が外れて非常に悲しい思いをしています。 そして今日一番感動した代表選考についてのコメントを忘れないうちに。本人から直接聞くことは出来ませんでしたが、練習で一緒だった選手が教えてくれました。 それは井川選手の言葉。シャワールームで「今回のサプライズはオレが選ばれなかったことだ〜!!」と言っていたそうです。 井
2010年01月26日10:42 カテゴリ Jリーグに関するすごく嫌な予感 昨年来なのですが、どうもJリーグに対する不安が募ってしまいます。 それは各チームに対する経済的な不安と同じくらい、Jリーグの事務局に対する組織的な不安です。 たとえば去年、私のJリーグ開幕前はかなりバタバタとしていました。 まずJリーグから記者登録の用紙が届かない。次第に開幕が近くなってきたので連絡すると、こちらが前年度の記録を提出していないという。もちろんさっさと提出していました。ところが今度は記者証や申請用紙がなかなか届きません。まぁ、開幕前だから忙しくてこんなことになったのだろうと踏んでいました。 ですが、そこから先、いろんな場面で担当者に連絡を取ろうと思っても、なかなか連絡がつかない状況が続いています。 今年もアポイントを取るのに2週間。さらに会って依頼して、そこから1週間何の音沙汰もありません。さらに連絡
2023年03月22日08:53 カテゴリ 「森雅史の Football Is Alive」移転のお知らせ 2003年1月以来、思いついたように記事を書いてきましたこのブログですが、せっかく自分でもサーバを立ち上げていますので、思い切って移転しようかと思います。 過去の記事も移転先に転載しました。ただ、いろいろ手作業でやっていると漏れが出て、一部画像がないかもしれません。ごめんなさい。そのため、このブログはこのまま残しておこうかと思います。 移転先は 「森雅史の Football Is Alive」 になります。 どうかよろしくお願いいたします。 mori_masafumi コメント( 0 ) 2023年02月27日14:59 カテゴリ 電気代マジで震え上がってるんですけど……ガジェット使ったら涙出た件 先日、この商品のプレゼント企画に応募したらなんと!! 当選しました。 【公式】Natu
2009年11月09日11:12 カテゴリ 問い合わせの多い巻選手の件 巻選手が昨日、囲みで何を話したのかというお問い合わせをいくつかいただきましたので、テープから再現しておきます。テレビの収録が終わった後、記者のみんなで囲んだときのコメントです。記者さんたちの質問はかなり省略しています。 ——まだ試合がありますが。「(涙をぬぐって)すみません、大丈夫です。まずはあと3試合、天皇杯がありますし、J2に落としてしまってこういうことを言うのは適切ではないと思いますが、僕たちはプロとしてたくさんのサポーターに支えられてプレーしてきていますし、そういう人が一人でも応援してくれている以上は全力で。このジェフのユニフォームを着る以上はプライドを持って戦うべきだと思います」——去年の経験が生かせればという部分は?「ここまできたら、“たら・れば”はないと思いますし、僕たちはプロですし、この結果がすべてだと
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