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このところ、「徒然草」を読んでいた。学生のころやその後も折に触れて読んでいるのだが、今回は少し違... このところ、「徒然草」を読んでいた。学生のころやその後も折に触れて読んでいるのだが、今回は少し違う。現代語訳のない岩波文庫「新訂 徒然草」のを買ってきて、原文のままつらつらと読んでいた。 歳を取るにつれ、不思議と古文がそのまま読めるようになってきて、古文を読むのが楽しい。古文は現代訳を気にせず読むのがいいものだ。と、もちろん、鎌倉時代から南北朝時代の日本語なのですべてわかるわけでもないが、文庫の注であらかたわかる。 いろいろ思うことがあった。一つは、兼好法師も日本人だなということ。それは、つまり、自分も日本人だなということでもある。ものの感受性や批評性というのが、実に、日本人という以外ないようなありかたをしている。「家にありたき木は、松・桜。松は五葉もよし。桜は一重なる、よし。」ああ、まったくそのとおりだ。 七百年近くも前の人なのに、日本人であるという感性ことはこういうことかなと感慨深い。
2006/01/08 リンク