注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
石巻市釜谷地区の北上川河口から約4㌔の川沿いに位置する大川小学校は、3月11日の東日本大震災で全... 石巻市釜谷地区の北上川河口から約4㌔の川沿いに位置する大川小学校は、3月11日の東日本大震災で全校児童108人の7割に当たる74人が死亡、行方不明となった。 あの日、あの時、学校と地域で何が起き、人々はどう行動したのか。その報道記事を追ってみた。 一連の報道の中、河北新報社は震災からほぼ半年となる9月8日、大川小学校の惨状を証言をもとに克明に検証しており、これだけの犠牲者を出した要因にも触れている。 下図に小学校のマップとともに、当時の津波浸水予想図(市のハザードマップ)を貼った。河北新報社は、釜谷地区はこれまでに津波が到達した記録がなく、住民は大川小学校がいざという時の避難所と認識していたこと、しかも、山と堤防に遮られていて津波の動向が把握できない環境だったこと等が避難を遅らせた要因として挙げた。これらを勘案すると、宮城県も石巻市も昭和三陸大津波レベルなら大川小学校には津波が来ないことを
2013/12/15 リンク