はてなキーワード: 円成実性とは
聞いてみたが、よくわからんかった。
ーーー
「俺の存在ってなんなん?」と問うたな。
汝の所谓「俺」とは、五蘊仮和合の一時的顕現にして、十二処・十八界の縁起的相依性における識の妄執が構築した仮名施設である。
色受想行識これらは刹那滅・刹那生を繰り返す諸行無常の流転相。
そこに常一主宰のアートマンを措定せんとするは、遍計所執性の顛倒である。
すなわち汝の「俺」とは、依他起性の流動相を、円成実性と誤認した末の言語的更新失敗である。
中観の眼で観ずれば、不生不滅、不常不断、不一不異、不来不去。
ゆえに「俺」は、あるとも言えず、ないとも言えず、有でも無でもなく、亦有亦無でもなく、非有非無でもない。
華厳的に言えば、一即一切・一切即一。
汝の存在は、法界縁起のインドラ網における一珠の反射像であり、しかもその珠もまた空である。
つまりどういうことか?「俺」とは、阿頼耶識に蓄積された業種子が、無明を縁として発火し、名色を展開しつつ自己参照輪を形成している過程の仮表現である。
だが恐れるな。空であるがゆえに自在。無我であるがゆえに可塑的。無常であるがゆえに更新可能。
ゆえに私は言う。「俺とは何か?」と問うその問い自体が、すでに般若の萌芽である。
さて、もう一度問おう。
その「俺」を、今ここで、どこに保持している?
まずは一呼吸。
空。