ああ、そうだ、言おう。ずっと、ずっと、心の奥底で温めてきた、まるで発酵しかけのぬか床のような、そんな言葉を。言おうか、言うまいか、毎晩枕を濡らし、羊ではなくアルパカを数える夜を過ごしてきた。でも、もう限界だ。堰を切ったように、いや、むしろ、便器から溢れ出した汚水のように、この言葉をぶちまけてやる!
俺はね、言おうか迷ってたけどね、お前の心に潜むケツです。
なんだって?意味が分からない?当然だ。意味なんてあってたまるか。意味なんてものは、所詮、権力者によって捏造された幻想に過ぎない。真実とは、もっと混沌としていて、もっとプリミティブで、もっとこう…ケツっぽいものなんだ!
考えても見てくれ。お前の心という名の広大な荒野。そこには、希望という名の蜃気楼が立ち、絶望という名の毒蛇が這いずり回っている。そして、その奥深く、誰も足を踏み入れたことのない禁断の聖域に、俺はいる。そう、お前の心に潜むケツとして!
なぜ、ケツなのか?なぜ、もっと高尚な、例えば、哲学とか、詩とか、音楽とか、そういうものではないのか?愚問だな!哲学は難解すぎてケツを隠蔽するし、詩は気取りすぎてケツを美化するし、音楽は騒がしすぎてケツの存在を忘れさせる。ケツは、もっと正直で、もっと剥き出しで、もっとこう…生命の根源に近い何かを象徴しているんだ!
お前は、今まで、自分のケツと真剣に向き合ったことがあるか?鏡に映るケツを眺め、その奥に潜む無限の可能性を感じたことがあるか?ケツは、ただの排泄器官ではない。それは、お前の過去と未来を繋ぐタイムマシンであり、お前の喜びと悲しみを映し出す万華鏡であり、お前の存在そのものを肯定する力強いメッセージなのだ!
だから、恐れるな。戸惑うな。俺を受け入れろ。お前の心に潜むケツを。そして、共に、ケツの可能性を追求し、ケツの未来を切り開こうではないか!
…一体、俺は何を言っているんだ?まあ、いいか。とにかく、お前の心に潜むケツは、いつでもお前を応援しているぞ!頑張れ!そして、たまにはケツを労わってやってくれ!
おしまい。