民衆は馬鹿な方が支配層にとって都合がいい。身近な敵を与えておけば、支配層に怒りが向くことはない。これは過激な主張でも陰謀論でもなく、昔から繰り返されてきた統治の基本動作だ。近年のアメリカは、それをほぼ教科書通りに実演している。
ここ数年、アメリカでは考えること自体が負担になった。政治や経済の話は複雑すぎるし、理解しようとすれば時間もエネルギーも奪われる。多くの人はそんな余裕を持てない。だから代わりに、分かりやすくて腹が立つ話が好まれる。移民が悪い、リベラルが国を壊した、保守が自由を奪う。原因は単純、敵は明確、思考は不要。
その怒りがどこに向かっているかを見ると、だいたい察しがつく。本当に権力を持っている巨大企業や金融資本、政治と金の癒着、制度設計の歪み。そういった話は難しいし、面倒だし、そもそも誰も丁寧に説明しない。代わりに、隣にいる誰か、SNSの向こうにいる誰かが敵として消費される。顔が想像できて、叩きやすい相手が常に供給される。
メディアも教育も、この状況を止めるどころか加速させている。短い言葉、強い断定、刺激の強い映像。考える前に感情を動かす設計が当たり前になった。考えない民衆は扱いやすい。というより、考えない状態に慣らされた民衆の方が正確だろう。
結果として起きているのは、終わりのない分断だ。互いを罵り、憎み合い、疲弊するのはいつも下の層。その一方で、上にいる人たちはほとんど傷つかない。誰が大統領になっても、資本と制度は静かに回り続ける。
アメリカの場合元増田みたいな馬鹿が多くて支配階級は辟易としている感じに見えるがな。 社会問題、福祉、経済どれを取っても銀の弾丸は無いのに馬鹿は理解できないから即効性のあ...