母の作るレバニラが唯一食べれない料理だったが、比較的頻繁に食卓に上がった。
今日、レバーの唐揚げを作りながら、きっと母も私に鉄分をとって欲しかったんだろうな、と思った。
自分の子を慈しみながら、母の姿を重ねてしまうとき、母から受けた愛情を否定できない。
20歳ぐらいの時「両親が選んでくれた人生で幸せになるよりも、自分で選んだ人生で不幸になりたい」と思ったことを覚えている。
その頃から実家と距離を取り始めた。自分が出産してからは連絡を取っていないし、もちろん子供は会わせてていない。出産祝いが送られてきたが、視界に入ると不快なので使わずに手放した。
今、話し合って自分の気持ちを伝えたらいい関係が築けるのだろうか、今の関係を続けて母が死んだ時に後悔しないだろうか、子供に祖母の存在を自分のエゴでとりあげてしまっていいのだろうか、と、時々考え、やはり現状がいいという結論になる。
期待して歩み寄ってガッカリするのも消耗するし、罪悪感で優しくしても不満が募って爆発することが目に見えている。それなら、そこに心労を割くよりも子供に集中したい。
お母さん。
お母さんのこと嫌いだけど、不幸になって欲しいわけじゃないんです。
私と交わらなない場所で健やかでいてください。