著作権

我々が口にする言葉の並び、そのほとんどが、すでに過去の誰かが口にしたことがあって、
その言葉の並びには、最初に口にした人物の著作物として、著作権が発生することとなっていた。

しかるに後の時代に生まれた人々は好むと好まざるとにかかわらず、
先人の著作権の侵害と常に向き合って生きていかなければならなかった。

ある数学者は五十音が10文字ならぶ並び方は50の10乗個あり、これは1秒間に100個の文字列が生成されると仮定しても、すべてのパターンが現れるには宇宙の寿命があっても足りない。だから、すべての言葉が過去に話されたものであるなんてことはありえないと言った。

しかし、実際に意味をなす言葉の並びなど、そんなにたくさんあるわけではない。
「ああ、今日は天気が悪いな。気分がすぐれないし、会社に行きたくないなぁ。」
という言葉は暦2432年の3月4日に国民番号3105223459のエフ氏が創作した言葉であって、登録番号34JKD2035AQ5Pが取得されていた。これと同じセリフを使うにはエフ氏の許諾が必要である。

エフ氏はすでに亡くなり、この世にはいないが、その著作権の保持期間は死後360年までに延長されたため、今ではエフ氏の4代目の子孫29人すべてに使用の許諾を得るか、または著作権料統一管理機構に既定の使用料を支払わなくてはならなくなっている。ちなみに、上記のセリフの使用料は18.5円に設定されている。

そもそも私的な利用は著作権の侵害にはならないが、私的と認められる範囲は縮小される傾向にあり、公の場での使用、つまり第三者が聞く可能性がある場所での発言は、もはや私的な利用とは認められなくなってしまった。

こんな具合であるから、今や膨大な著作物とその使用料を人の手によって管理することは不可能であり、専用の巨大サーバーが国家によって管理され、著作権料自動管理端末を全ての国民が持つことが義務付けられていた。

「おぎゃーおぎゃー。ふぎゃー。ふぎゃー。」

Z産婦人科で新しい生命が誕生した。
その横に置かれた真新しい著作権料自動管理端末がシャリーンと音を立て、次のメッセージを、画面に表示した。

「おぎゃーおぎゃー。ふぎゃー。ふぎゃー。:登録番号3FD2305D228G2 著作権使用料支払処理完了 0.5円」

若い夫婦は顔を見合わせてこう言った。

「産まれて早々に著作権使用料が発生するのか。この子は嫌な時代に生まれてきてしまったものだなぁ。」

シャリーン。

夫婦の腕に巻かれている端末からも音が響いた。




※ 大昔に書いたショートショート。
最近の話題に触発されて、公開してみました。

■ 日経「星新一賞」公式ウェブサイト http://hoshiaward.nikkei.co.jp/
■ 著作権保護、70年に延長 日米TPP事前協議  :日本経済新聞 http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS08046_Y3A700C1MM8000/