『現代思想の冒険者たち以外 01 サルトル』

内田樹氏のブログから。

それにしても20世紀を代表する哲学者リストの中にアルベール・カミュの名がないことが私にはいささか悲しく思われた。
カミュの『異邦人』は20世紀でもっとも読まれたフランス語の書籍である。
15年前ほどに調べたとき、『異邦人』のフランスでの発行部数は650万部。これはダントツの一位であった。
二位は同じカミュの『ペスト』。
ミステリーとかトレンディ恋愛小説とか映画の原作本とかベストセラーはいくらもあるわけだが、それらをぶっちぎっての堂々のオールタイムベストワンである。
翻訳を含めて考えれば、アルベール・カミュは間違いなく「世界でその著作がもっとも読まれている哲学者」である。
にもかかわらず、その生前からアルベール・カミュの哲学史的な業績*1についての評価はきわめて低かった。
ほとんど「無視」されていたというに近い。
とりわけジャン=ポール・サルトルの『反抗的人間』に対する仮借ない筆誅ののち、パリの知識人サークルでは「カミュ」の名はほとんど禁句となっていた。
それから半世紀経った。
私はサルトルの著作のうちで今日でもまだリーダブルなものはきわめて少ないと思う。そのあまりにクリアカットでオプティミスティックな歴史主義から人間についての深い理解を得ることは(少なくとも私には)ほとんど不可能である。
しかし、サルトルは哲学史の「上席」に定位置を占め、カミュには哲学者たちはほとんど関心を示さない。
この「玄人たち」による評価の低さと「一般読者」からの支持の対比は村上春樹のケースに何となく似ているような気がする。

http://blog.tatsuru.com/2008/01/15_1150.php

ふむ。「サルトルの著作のうちで今日でもまだリーダブルなものはきわめて少ない」というような言葉は、私がサルトルで卒論を書いた20年前から、聞き飽きるほど聞いた(読んだ)ので、またか、という感じですね。で、「サルトルは哲学史の「上席」に定位置を占め」ですか……。
ところで、「現代思想の冒険者たちの屈辱」事件という言葉をご存知でしょうか。1999年、講談社から『現代思想の冒険者たち』という、20世紀の思想家30人を取り上げた解説書シリーズが発行され、大変よく売れました。こちら
http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=9338187
に、このシリーズで取り上げられた、20世紀を代表する、とされる30人の思想家のリストがあります。おわかりでしょうか?……この中に、カミュはたしかに入っていませんが……サルトルもやはり入っていないのです。実は、日本サルトル学会の総会では、最初に、参加者全員で「リメンバー『現代思想の冒険者たち』!」と唱和し、講談社の方角に呪いを飛ばす、という儀式を必ず行います。……というのはもちろん冗談ですが……。
さて、これでも「サルトルは哲学史の「上席」に定位置を占め」といえるのでしょうか? 上席、というか、どちらかというと、独りだけ教室の外に机を出されてしまう、という小中学校のいじめのような扱いではないでしょうか。
内田氏は、「いや、哲学の「玄人」たちの評価は今でも高いんだ」とおっしゃるでしょうか。そこで、そんな時間はまったくないにもかかわらず、日本哲学会のサイトhttp://philosophy-japan.org/ から、大会発表の目次、および、雑誌『哲学』掲載論文の目次に出てくる哲学者の名前を抽出してみました。日哲での流行哲学者(2001年以降)のおおよその傾向がわかると思います。その結果です。
http://d.hatena.ne.jp/zarudora/20080213/nittetsu
ごらんのとおり、ここでもサルトルは出てきません。日哲の発表でも論文でも、サルトルを扱ったものはここ7年(おそらく)ゼロです。日哲のサイトのデータは2001年からなので載っていないのですが、私は、1999年に日哲でサルトルで発表し、2000年の雑誌『哲学』に論文を掲載しました。たぶんそれが、日哲でのサルトル関係のものの最後ではないかと。それより前に関しても、きわめて珍しかったと思います。
フランス哲学では、デカルト、ベルクソンが人気て、現代では、レヴィナスとメルロ=ポンティがランクインです(『冒険者たち』には入っている、巷では人気のドゥルーズもデリダもフーコーも入ってませんね)。
「まあこれは、日本の哲学会での話で、フランスでは違う」とおっしゃるでしょうか。そんなこともないようです。
2005年に出た、藤原書店の『別冊 環11』サルトル特集号の冒頭にある、石崎晴己氏、澤田直氏の対談にはこうあります。

澤田 サルトルフォビアというか、サルトル嫌いという傾向は特に日本とフランスが強くて、ほかの国はそれほどでもないような気がするんですね。(……)一つはサルトルという人が、出版の世界と大学人の世界を越境して、文学・哲学のどちらでも活躍したことがあります。教授職を早々と捨て、筆一本でやっていたことで、大学という制度から目の敵にされた。文学はまだしも哲学は、フランスの場合、教育制度と切っても切れない関係にありますから、これは裏切り行為のように受け止められたのではないでしょうか。そのために、大学人からは早い時期から嫌われていたんですね。そんなわけで、フランスの大学ではサルトルが教えられることがきわめて少なかっただけではなく、サルトル研究者が大学の重要なポストにつくことが出来ない状況がこれまでずっと続いてきました。それが2004年まで続いてきて、2005年、今度の秋から、ジャン=フランソワ・ルエットという気鋭の研究者が、リヨン大学からパリ第4大学の文学部に移ります。これはかなりの衝撃です。パリ第4大学というのは最も右であって最も古典的な……。
石崎 保守的なね。
澤田 保守の牙城ですから。ようやくここに来てサルトルが、何かそういう古典的な位置を認められてきたということですね。それまでは、教育のあらゆるレベルでサルトル関連の授業はマージナルにしか行われてきませんでした。それだけではなく、哲学の分野ではハイデガー主義の根強い力があって、サルトル研究者を排除する傾向があります。だから、いまだに哲学関連ではサルトル関連の研究者が大学のポストにつけていないという現状があるんです。
それともう一つは、思想界や文学界の世代交代の中で、サルトルの次の世代がサルトルをこき下ろしたことです。ほんとうはかなり読んでいたのに、サルトルの否定的な側面だけを突いて批判した。これはフーコーなどもそうです。
 そういうことが、日本の場合はある意味で倍加するように出てきたと思います。特に1980年代、90年代の日本でのアカデミズム、あるいはジャーナリスティックな部分でのアカデミズムの主要な人たちは、サルトルをほとんど読んでいないんだけれどもサルトルは大嫌いだから、必要もないところでもサルトルの名前を持ち出しては必ずこき下ろす。そうすると、サルトルではやはりだめなんだという風潮が一般に広まっていく。これが、やはり日本においてサルトルが読まれなくなったことに非常に大きな影響があると思います。(p.11-12)(強調引用者)

サルトル研究者が大学の重要なポストにつきたがっている、ととられかねない表現はちょっとあれですが(笑)基本的には、まったく同感です。
上のフランスでの話をうらづけるものとして、もう消えてしまったのですが、2年ほど前、フランスに留学しているらしい人のはてなダイアリーで、こんな記事がありました。

仏の哲学者で、サルトルだけはマジでクソ。パリ大学のどの分野の哲学の先生もサルトルだけは批判する。価値無し、というのが総意。

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/ultraproduct/20061122%231164194620

サルトル―1905-80 (別冊環 (11))

サルトル―1905-80 (別冊環 (11))

*1:しかし、「多く読まれている……にもかかわらず」とおっしゃいますが、最も売れたカミュの『異邦人』は、小説ですよね。「哲学書」ということでいえば、サルトルのほうが圧倒的にたくさん書いているし、多く読まれているでしょう。ちょっと話がずらされているように思います。もちろん私は、サルトルの方がカミュより哲学者として「上」だとか、そういうことをいいたいわけではありません。