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小説・何でも買い取ってくれるセールスマン~ダン・シャーリーからの素敵な贈り物2。

とある小説家に関してのオンライン企画に参加したことがある。小説家に質問を送り、採用されるとお返事が返ってくる。そして、その質問と回答が選りすぐられて、一冊の書籍になる。

私は「若者の車離れ」に関して質問をした。お返事をもらいたい願望が強すぎる質問だが、その小説家は、車離れには詳しくないと前置きした上で、「最近の車は箱が走っているみたいだ」的なお返事をくれた。今思えば、私の兄が乗っていた車というのは、まさに、箱が走っているような車だった。小振りで、小回りもよくて、きっと燃費もよくて、荷物も運べたんだと思う。


「ええ!?こんなものも買い取ってくれるんですか?」

「買いますよ~何でも買います。世界には、珍しいモノが大好きな人もいるんですよ。買います。買います。」

ダン・シャーリーという神様の使いだと言うセールスマンは、本当に何でも買い取ってくれた。値段は、まあ、そこそこなんだけど、このご時世、モノを捨てることにお金がかかったりするんだから。このセールスマンには、本当にいろんなモノを買い取ってもらった。いろいろなモノを。


両親の死には立ち会えなかった。まず、父親が死んで、しばらくして母親が死んだ。私は、その時には刑務所の中にいた。お葬式にも行けなかったが、その方が良かったのかもしれない。出所して、家に戻ってくると、両親は当然いなかったのだが、様々なモノは残されていた。父親の仕事場に行くと、あの模造刀も転がっていた。父親が、リサイクルショップかどこかで買ってきた模造刀。それを見た瞬間に、記憶が、嫌な記憶が頭の中に逆流してきた。

父親との関係は良好ではなかった。兄と父親の関係は、近年、修復の方向に向かっていたようだが、その修復の間に、私の心は置き去りにされ続けていた。酒が手伝ったのもあるかもしれない。私は、大きな声で二人を罵倒し、子どもの頃からの恨みつらみを怒号として発した。そしたら、父親は仕事場から模造刀を持ち出してきて、私は、それに対抗する意味で、台所から包丁を2本持ち出してきた。兄は、その様子を見て、「やめろ!巌流島とちゃうぞ!」と言ったらしい。そう言ったのはユーモアとは違うのだろうが、私と父親を制止する意味だったのだろうが、まだ、兄のことが兄として慕っていた頃を思い出した。私の兄は、世界一面白い。

結局、模造刀も、包丁もその威力が発揮されることはなく、押し合いになった中で、私は父親を強く突き飛ばしたら、茶の間の障子戸を突き破り、その後ろのガラス戸を突き破り、背中とか首筋とかにガラスがグサグサに刺さり、父親は公道に面したコンクリート打ちの庭と駐車場を兼ねたところに転がり落ちた。

大怪我ではあったが、命に別条はなかった。ただ、私は傷害罪で実刑判決を受けた。執行猶予とならなかったのは、私が包丁を持ち出した上で「殺す」と叫んだからだ。ただ、私は「殺す」とは叫んでなくて、また、父親が模造刀を持ち出したから包丁を持ち出したのだが、私以外の家族の証言では、順番が逆になっていた。

家族だから無罪とは思ってなかったが、懲役になるとも思ってなかった。私以外の家族は、私に有利な証言をしてくれることもなかった。父親と兄への憎しみは、たしかにあったが、それを理由に全てを断絶していたことが、このような結果を招いたのだと思う。父親が死に、唯一の味方だった母親も死に、その最期に立ち会うことも、また、お葬式に出ることもなく、一人ぼっちの実家に戻ってきた。

家に遺された模造刀を手に取り、仕事場に並ぶ計測器であるとか、工具とか、パソコンとか、帳票類とか、それらを全てボコボコに破壊したいと思うと同時に、私はついぞ理解できなかった仕事だけど、専門的な計測器は、まだ使えるかもしれないし、ほしい人もいるかもしれないし、なんなら売れるかもしれない。

ほとほと自分のせこさを感じていたが、私には、この実家しかなくて、お金はあるにこしたことはない。私が刑務所にいる間に遺産相続が行われた。面会に来た兄と相談した結果で「折半」と話していたはずだけど、私には実家以外は、ほとんど相続されてなかった。現金は300万円ほど相続したけど、もっと、あったはずだ。そのあたりは、近々、兄と話し合うつもりだが、気が重い。兄と、その妻は、私のことを犯罪者のように見るだろう。

この家にある全てのモノを売り払って、父親のことも、母親のことも、兄のことも、私がここで生きた全てを売り払ってしまいたいと思った。焼き払うじゃなくて、売り払うと思ったのは、残された余生を少しは楽しんでから死にたいってことかもしれない。

ほどなくして、インターホンが鳴り、神の使いと名乗るセールスマンが現れた。「なんでも買いますよ~」というのが口癖で、本当になんでも買ってくれた。父親が集めた古道具や仕事で使う機器類などは、それなりの値段で買ってくれた。意外だったのは、模造刀をバカに高く買ってくれたことだった。理由を聞いてみたら、あっけらかんとした感じで、「この模造刀、色々と訳ありなんですよね?そういうの好きな人がいるんですよ~」と言っていた。

不思議なもので、父親の仕事場が空になると、父親への感情や記憶も失われていくような感じがあり、刑務所の中で、ずっと私の頭を黒く焼き続けた感情も、消えていき、最後には父親のことも忘れていた。

仕事場に行く廊下におかれていた古新聞とか、大きなビンとか、そういう不用品も買ってくれたし、台所の食器類なども買ってくれた。もうひとりだから、自分用の食器があれば良いし、一人には大きすぎる食器棚も買ってもらった。

刑務所に入っている間に、すっかり型遅れとなった冷蔵庫なども買い取ってもらい、これまで売ったお金で機能もサイズもミニマムな冷蔵庫を買ったりした。

電話台の下の棚のよく分からない雑誌類なども買ってくれて、古着とか、目につくものはなんでも買い取ってくれた。ゴミが入っているゴミ箱も、入っていたゴミまで買ってくれた。

「そんな、鼻汁のついたティッシュまで値段がつくんですか?」

と聞いてみると、「ここだけの話ですよ?遺伝子研究などに使われるんですよ。秘密ですよ?」とか言う。だったら、家から出るゴミを全部買ってくれるのか?と聞いてみたら、買ってくれるとのことだった。それを聞いてみたら、面白くなってきて、とある漫画の影響で、数年分貯めていた切った爪をビンに入れたモノとかも買い取ってくれるか聞いてみた。

「これもいいですね~。これは漢方薬になるんですよぉ。」

とか言う。だったら、今後も切った爪はビンとかに入れたら買ってくれるのか?と聞いたら、買ってくれるとのことだった。そのあたりの話を聞いていると、盛り上がってきた。

鼻水とかも、できれば、ティッシュなどに染みてない方が値段が高くなるようで、専用の痰壺を用意してくれた。また、下水処理も専用の浄化槽をつけてくれて、風呂場の排水口にもフィルターがつけられて、あとは専用の股間キーパーなるアイテムも用意してくれた。冗談みたいな話だが、人間から出るモノは、全て遺伝子研究や漢方薬などの利用されるらしく、「お金も払いますし、世の中のためになりますよ~」と言う。あとは、冷蔵庫の中で腐らせた肉とか、そういうのもモリモリと買っていくから、このセールスマンは、本当に神の使いなのかもしれない。こいつに買えないものはない。

家の中から、モノがどんどんと減っていき、両親の記憶も、この家での嫌な思い出もどんどんと減っていった。減っていったのだが、兄と今後の相談をする日が近づいてきて、その憂鬱さが私の頭に残り続けた。家にあるものを何でもかんでも売り払ったことを責められるだろうか。私も、兄が私にしていたことや、辛く当たられ続けた少年時代など、その憎しみの記憶が以前よりも純度を増している気がする。頭の中から、父親の記憶が抜けたことで、兄に対する負の記憶の占有率が高まり、憎しみのドロっとした濃度も高まっているようだった。

会わないわけにはいかないが、ただただ気が重い。こんな嫌な感情も買い取ってくれたらありがたいけど、物質じゃないモノは、流石に買い取ってくれないらしい。

ああ、気が重い、気が重い。頭の中が完全に冷えて、頭部の周囲の空気と、胸の心が、全て重力を増し、私を締め付けるような、冷たい沼に落ちるような、目の前が徐々に暗くなるような、冷気が私の周囲を支配しようとしてた。


「ええ!?こんなものも買い取ってくれるんですか?」

「買いますよ~何でも買います。世界には、珍しいモノが大好きな人もいるんですよ。買います。買います。」

「これも遺伝子研究に使われるんですか?」

「いや、この場合はコレクションですね。このリアル。好きな好事家がいるんですよ。」

「へえ。世界には、いろんな人がいるんですね。ついでと言ってはなんですが、玄関の前の車、自動車も買ってくれませんか?」

「あの箱みたいなヤツですか?」

「箱みたいなのは値段つきませんか?」

「いえ、売れます。さっきのと一緒だとリアリティ増しますから、セットで売れると思いますよ。」

「いやー、ありがとうございます。じゃあ、全部売ります。」

「よろこんで。」

セールスマンの用意した書類に、ポンポンポンと判子を押すと、箱みたいな車とか、その車に詰め込んだモノとかがパっと消えた。その後に、セールスマンは、約18万円を私に渡すと、帽子をとって、礼をして、もう一度帽子をかぶったら、パっと消えた。売買成立。

心が軽くなった。目の前の実家、私が今住む建物を眺めると、もう嫌な思い出は思い出されることはなかった。楽しい思い出もないのだけど。自分は誰かから生まれて、この家で誰かと過ごしたという事実は分かる。もしかしたら、姉とか、妹もいたのかもしれないな。失った、もう、分からない思い出に思いを馳せるというのは、不思議な感覚だった。


「……君、大変やったねえ。困ったことがあったら、相談に乗ってね?」

私が家を眺めていると、お向かいさんが声をかけてくれた。前科者である私に声をかけてきたというのは、優しい人なのだろうか。あるいは、警戒しているからこそ、声をかけてきたのかもしれない。そんなに付き合いはなかったのだけど、小学生の時とかは「お帰り」とか声をかけてくれていた。そんな人を警戒させてしまっているとしたら、申し訳ない。

「お客さんはもう帰らはったん?車で来てはったみたいやけど?」

「え。ええ、そうですね。帰らはりましたね。」

「そう。町内のこととかで、分からんことあったら、何でも聞いてね。」

「ありがとうございます。」

社交辞令として、挨拶をかわした。お向かいさんは、家の中に入っていったけど、ちょっと何言ってるか分からなかった。私が刑務所に入っている間に、町内の高齢化が進みに進んだようだ。客なんて来てないのだが。もう親もいない私だが、身内がボケだしたら大変なんだろうな、と思った。

今後、この町内でも、葬式は増えるだろうから、終活アドバイザーの資格でもとろうか。あるいは、不用品買取り屋。もちろん、安く買い取って、ダン・シャーリーの使いに売りさばくわけだが。一人で住むには広すぎる家だから、モノを貯めておくスペースはある。今は、ゴミを出すのにお金がかかるくらいだから、需要はあるかもしれない。

他人から引き取ったモノをセールスマンに売ったとしたら、それにまつわる記憶はどうなるのだろうか?今度、聞いてみよう。記憶も消せた方が需要あるだろうか。私はもう一度、悲しい思い出も、楽しい思い出もない家を眺めた。

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