『おおかみこども』の母が完璧超人に見えたのなら、それは……
どうして今この話題……と言われそうですけど、年末に録画していた金曜ロードSHOWをようやく観ることができたので、私としては「今一番熱い話題」なのです(笑)。
私にとって細田守監督の作品は、いつも「世間でものすごく評価されててみんな大好きだから、別に俺が観て楽しめる映画じゃないんだろうなー」くらいのテンションで観て、実際に観たら全力で土下座して「すいません、超面白かったです!」と絶賛しているくらいの距離感の作品です。
『時をかける少女』も『サマーウォーズ』も『おおかみこどもの雨と雪』も、観る前は「今回はあんまり俺の好きそうな映画じゃないな」と思っているのだけど、観てみたらどれも大好きです。『おおかみこどもの雨と雪』もすげえ面白かったし、三作品の中でも一番好きかも知れません。
「映像としての面白さ」は語り始めるとキリがないくらいですが、特に自分が好きなのは「教室を映すカメラが横にスクロールして時間経過を表現するシーン」とクライマックスの「雪ちゃんが草平に告白するシーンのカーテンの使い方」でした。
カーテンが風で揺れて雪ちゃんの姿を隠す→狼になっている→カーテンが風で揺れて雪ちゃんの姿を隠す→人間に戻っている→カーテンが風で揺れて雪ちゃんの姿を隠す→でも人間のまま―――という見せ方をすることによって、これから雪ちゃんが人間として生きることを見せているという。見事な表現。
とまぁ、「映像としての面白さ」だけでも語りたいことはたくさんあるのですが……
『おおかみこどもの雨と雪』を楽しめなかった人の意見で、ちょっと気になる意見を見かけました。
主人公の花が、どんな困難でも笑顔で乗り越えてしまう完全無欠の完璧超人すぎて感情移入できなかった―――というもの。
もちろんどんな娯楽作品だって「賛否両論あるもの」ですし、私が楽しめたものは必ずしも世界中の人が楽しめるワケではないと日々思っているのですが……この件に関しては、「いや、そこはこう観るんだよ」と一つアドバイスをするだけで作品の見え方が180度変わると思ったので書かなければと思ったのです。
だって、この『おおかみこどもの雨と雪』は、モノローグの語り部が雪ちゃんであることから分かるように「子ども達の視点で見る母親の物語」なんですもの。
実際には全然完璧ではなく、苦しんで悩んで、ある意味では自暴自棄な意志と、周囲の人達と、とてつもない幸運に恵まれて何とか「12年間の子育て」を成し遂げることができた母親の苦労を―――子ども達はちっとも分かっていないという物語なんですもの。
例えば、分かりやすいシーン。
「私達を育てた12年の月日を母は振り返って、まるでおとぎ話のように一瞬だった―――と笑いました。とても満足げに遥か遠くの峰を見るように。その笑顔が、私はとても、嬉しいのです。」
これはラストシーンの雪ちゃんのモノローグ。
“母の笑顔”を全肯定しているモノローグです。彼女は語り部でありながら、「知らない」のです。
「それを見て、父さんが突然思いついたんだって。
花のように笑顔を絶やさない子に育つようにって……つらい時とか苦しい時も、とりあえずでもムリヤリでも笑っていろって。そしたら、大抵乗り越えられるからって。
だからね、父さんのお葬式の時、ずっと笑っていたの。そしたら親戚の人に不謹慎だってすごく怒られてしまって……」
これは雪ちゃんが生まれる前、花が“彼”に話した台詞です。
雪ちゃんは「知らない」んですね。母はつらくないから笑うのではなく、つらかったり苦しかったりした時にこそムリヤリ笑っていることを……これは作中でも韮崎のおじいさんに否定されていましたね。そういう生き方は良くない、と。
でも、娘である雪ちゃんにとっては、その“母の笑顔”が全てを肯定している笑顔に見えているのです。
私が『おおかみこどもの雨と雪』を大好きだと言うのは、この部分で。
1本の映画の中で、「母親にとっての物語」と「子ども達にとっての物語」が全くちがうものとして受け取れるようになっているところなのです。
というか、子どもって親の苦労を何も分かってねえんだな!!
あれだけ苦労をかけて育てられたのに、母に一言も言わずに山に入ってしまう雨くんは明確だけど……
自分達を育てるために、ボロボロになりながら田舎に逃げてきて、やっとの思いで野菜を育てて……という母の苦労も知らずに、草平と「(親がいなければ)働けばイイ」とか「早く大人になりたい」みたいな会話をしている雪ちゃんも大概です。それをしてきた親がどれだけ大変だったのか視聴者は知っているけど、子どもである雪ちゃんは分かっていないという。
また、母親である花は花で、“成長”しようとしている雨くんのことを土壇場まで「どこかで震えて泣いているんじゃ」と言っていたりで。母親は母親で息子のことを何も分かってねえんだな!というのも面白いところ(笑)。
花は娘である雪ちゃんとはイイ距離感で、ワンピース縫ってあげたり(大学生の頃の自分の一張羅に似ているところがポイント)、草平くんとのことも口を出さなかったりで、上手くやれていたのに。息子である雨くんとは、「どんどん未知のイキモノになっていく」ことを受け入れられないとか。この辺も「母と娘の関係」と「母と息子の関係」のちがいを端的に表していてすごく好きなところです。
「子から見た母親」は、立派で完全無欠でどんな苦境も笑顔で乗り越えられる完璧超人のように見えるけど……
「視聴者から見た母親」は、弱い部分や傲慢なところもあって、未完成な人間が“何とか母親をやっているだけ”なことが分かるし。
「母から見た子」は、可愛くて可愛くて守ってあげなきゃいけない存在なのだけど……
「視聴者から見た子」は、自分勝手で、親の気持ちなんか知らずにどんどん大人になろうとしていくことが分かるし。
“視聴者”は“神の視点”を与えられているけど、“キャラクター”は“神の視点”ではないので私達より知らないことが多いのです。
語り部である雪ちゃんですら母親のことを正確には理解できていないように、「子にとっての母」も「母にとっての子」も未知のイキモノなんだということがしっかり描かれているから、自分はこの映画が大好きなのです。
「主人公の花が、どんな困難でも笑顔で乗り越えてしまう完全無欠の完璧超人すぎて感情移入できなかった―――」という、この映画を楽しめなかった人の意見も、(語り部である)雪ちゃんの視点だけでこの物語を見てしまえば、そう見えるのが納得ですし。母親ってそういうものだよねというある意味では理想の母親像を描いているだけとも言えるのだけど。
そこから一歩引いてみて、「雪ちゃんの語る世界が全てではない」と思って観てみると、母親が子どもには見せていない弱さをたくさん抱えているイキモノであることが分かって、親も子もちゃんと「生きているキャラクター」として見えてくるんじゃないかと思うのです。
すっごい私事なんですけど……
現在、私の母親は入院していて、優しくて明るかった母親が周りの人達にキツくあたっていたりする様子を見てショックを受けていたんですけど。何の因果かこのタイミングで『おおかみこどもの雨と雪』を観て、私がずっと思っていた「優しくて明るかった母親」像も、雪ちゃんが花に抱いていた“笑顔でなんでも乗り切ってしまう母親像”と同じようなもので。
私の母親も、花と同じようにものすごく苦労して私達兄弟を育てながら、その苦労を一切見せずに「優しくて明るい姿」だけを子ども達に見せていたんだなと分かりました。
このタイミングで、この作品に出会えて良かった。
作品のクオリティももちろん凄まじいものがありましたけど、それ以上に私にとって「自分を救ってくれた大好きな1本の映画」になりました。
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