体力づくりからバリエーションまで、ライフステージに寄り添う山の楽しみ方を伝えたい。山岳ガイド・武田佐和子さん
当企画では、自分の目標や目的、趣味趣向にあったガイドさんを見つけられるよう、さまざまなタイプのガイドさんにフィーチャー。今回はTRACE主宰、山岳ガイドの武田佐和子さんを紹介します。
2023/09/20 更新
編集者
YAMA HACK編集部
月間350万人が訪れる日本最大級の登山メディア『YAMA HACK』の運営&記事編集担当。山や登山に関する幅広い情報(登山用品、山の情報、山ごはん、登山知識、最新ニュースなど)を専門家や読者の皆さんと協力しながら日々発信しています。
登山者が「安全に」「自分らしく」山や自然を楽しむサポートをするため、登山、トレイルランニング、ボルダリングなどさまざまなアクティビティに挑戦しています。
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制作者
小川 郁代
犬と音楽とお酒大好きのインドア派が、クライミングと出会ってアウトドアの世界へ。登山、ハイキング、最近は沢登りとBCクロカンに夢中。山に行くだけじゃわからない「山のコト」を伝えたい。
小川 郁代のプロフィール
アイキャッチ画像提供:武田さん
登山のスキルを高めたい!そんなときは“山のプロ”にお任せ
登山を続けていると、「もう少し難易度の高い山に挑戦したい」「山のいろんな楽しみを味わいたい」という想いがわいてくるもの。実現のためには知識や技術の習得が欠かせません。
登山に詳しい人が身近にいない場合は、ガイド登山を依頼したり、講習会に参加したりするのもひとつの手です。必要なスキルはもちろん、その山や土地の歴史、植生についても学ぶことができるので、山の楽しみ方が広がります。
そうはいっても、誰にお願いしたらいいのか、どんな講習会に参加したらいいのか悩んでしまうことも。
そこで当企画では、自分の目標や目的、趣味趣向にあったガイドさんを見つけられるよう、さまざまなタイプのガイドさんにフィーチャー。今回はTRACE主宰、山岳ガイドの武田ガイドを紹介します。
武田 佐和子(たけだ さわこ)
提供:武田さん
2022年に誕生した、数少ない女性「山岳」ガイド
提供:武田さん
国内にはいくつかの登山に関するガイド資格が存在しますが、その中心となるのが「公益社団法人日本山岳ガイド協会」が発行する、「登山ガイド」と「山岳ガイド」という2つの資格。どちらも国内の登山を案内するための資格ですが、2つの資格では、仕事としてお客さんを案内できる範囲に違いがあります。
もっとも簡単に説明するのなら、登山ガイドは「一般登山道を歩く登山」、山岳ガイドは、「ロープなどの登攀用具での安全確保が必要な登山」までが案内の範囲。
提供:武田さん
山岳ガイドは登山ガイドに比べて、案内できる山の難易度が高いぶん、体力や技術、知識など、あらゆる面で求められる要素が多く、資格取得はかなりの難関。男女の制限はありませんが、体力的にもハードなため、女性にはかなりハードルが高く、山岳ガイド資格を取得した女性は、これまでにわずか数名しかいませんでした。
その難関を、2022年に見事突破したのが、今回ご紹介する武田佐和子ガイド。11年間の登山ガイドのキャリアを経ての快挙となりました。
山に興味のなかった「海」の人を「山」に導いたもの
難関を乗り越え、女性山岳ガイドの資格を手にした武田さん。さぞかし長い登山経験があるかと思いきや、山と出会ったのは意外にも遅いといいます。
実は武田さんは、ガイドとしては珍しい経歴の持ち主。そしてその経歴こそが、幅広い視点からトータルに登山を考え、さまざまな人の山の楽しみ方をサポートする武田さんならではのガイドスタイルに、大きな影響を与えています。
ガイドになる人は、ワンゲルだとか探検部だとか、学生時代に山に関わっていた人も多いと思いますが、学生時代はずっと陸上競技をやっていました。もともとは走り幅跳びが専門だったのですが、大学に入って7種競技に転向しました。
「中学時代、全国大会走り幅跳びで8位」
提供:武田さん
周りも私も、卒業後は体育の教師になるだろうと、なんとなく思っていたのですが、実際に就職を前にして、学生がいきなり教師になって何が教えられるんだろう、いつか教師になるとしても社会のことをもっと知ってからのほうがいいんじゃないかと思って、教職に就かずに、当時流行していたエアロビクスなどのフィットネス関連の月刊誌を作る出版社に就職しました。
社会人として忙しい生活を送るなか、何か体を動かすことをやりたいと思っていたときに、陸上部の先輩に誘われて始めたのがヨット。平日は出版社で働き、毎週末を海で過ごす生活を送っていたといいます。
「アウトリガーカヌーに夢中になり、ハワイのレースにも出場した」
提供:武田さん
ちょっとリフレッシュのつもりでと、山に行くようになったのが25歳のころ。毎週末のように海にいたので、陸が恋しくなったんでしょうかね。
「私は父の影響をものすごく受けていたんだと思います」
「初めての上高地へ家族と。25歳くらいのころ」
提供:武田さん
実は、両親は以前から登山が趣味で、休みになると揃って槍ヶ岳や北岳に登っていたのですが、私自身はまったく興味がなくて、それまでは一緒に山に登ることもありませんでした。当時両親は還暦間近だったと思うのですが、『こんなに登れるのか』と、少し驚いたのを覚えています。
「ガイドになってから、退院まもない父に付き添い、一緒に登った木曽駒ヶ岳。2018年夏」
提供:武田さん
父は地元のお年寄りの山の会のまとめ役として、楽しそうな山行計画を立てて、告知して実行する、今の私の仕事と同じことをやっていました。当時は意識していなかったけれど、今考えると、ガイドになる前もなった後も、私は父の影響をものすごく受けていたんだと思います。
山のガイドへの最初の一歩
最初はちょっとした気分転換のつもりだったのですが、何度か山にいくうちにだんだん楽しくなってきて、少し勉強したいと思い、29歳のときに『森林インストラクター』の資格を取得しました。そのころは、登山ガイド資格というものがあるのを知らなくて、たまたま何かで見つけたのがこの資格だったんですよね。
ようやく山と出会った武田さんですが、このころは相変わらず会社勤めをしながら、週末を海や山で過ごす生活が続いていました。
そのころ、取材で訪れた葉山のアウトドアショップとの出会いが、武田さんの大きな転機となります。森林インストラクターの資格を生かして、その会社で週末だけのハイキングガイドをやるようになり、その後、葉山へ拠点を移してアウトドアフィットネスクラブで勤めながら、アウトリガーカヌーにもハマっていきます。ここでハイキングガイドやアウトリガーカヌーのインストラクターをしたことが、現在のガイド活動の第一歩となりました。
提供:武田さん
その後フリーとなり、2011年には、日本山岳ガイド協会の登山ガイド資格を取得。本格的なガイドとしての活動を始めます。
活動の様子を拝見!
山と出会うのが遅く、山以外のさまざまな経験を積んでからガイドになった武田さん。登山ガイドになり、登山ガイド事務所「TRACE」を立ち上げてからも、通常の個人ガイドと並行して、ほかとは少し違うスタイルのガイドも行なっています。
山ジム
提供:武田さん
それが、登山やハイキングに必要な体力づくりに焦点を当て、心拍計をつけて山道を歩くプログラム「山ジム」。体力強化、全身持久力の向上、スタミナアップ、脂肪燃焼など、目的やレベルに応じた心拍数をコントロールすることで、効率よくトレーニングの成果を得ることができるというもの。
ほかにも武田さんは、登山関連の本や雑誌、ウェブなどで、山歩きのための体の使い方に関する記事の執筆や監修なども多数手がけており、体の使い方を理論的に考え、登山に生かすことを大切にしています。
山をやるようになって最初に感じたのが、登山に必要な体の動かし方に関する情報が、すごく少ないということでした。陸上ではメソッドが確立していて、情報も実績も豊富です。
提供:武田さん
体力があって歩ければ、どんな歩き方でも山は登れるかもしれないけれど、実際に『下りが苦手』だとか、『効率よく体力アップしたい』、『自分のペースがつかめない』という声をお客さんから聞くことが多かったので、なにか役に立つことはないかと考えるうちに、体力づくりや、体の使い方などの知識や技術を伝える仕事が増えていきました。
陸上やカヌーなどの経験が、登山にも大きく役立っていると思います。
プライベートガイド、グループガイド
提供:武田さん
ガイド活動のメインは、個人向けのガイド。東京を起点に、北アルプス、南アルプス、八ヶ岳などをはじめ、日本全国のさまざまなエリアで活動しています。
目的のルートを案内するものだけでなく、「岩場鎖場入門」のような技術習得をメインとしたものや、「タビモノ」と呼ばれるレクリエーション要素の強いものまで、その内容が非常に多岐にわたるのも、TRACEの特徴といえるでしょう。
ツアーガイド
提供:武田さん
アウトドアブランド「アークテリクス」のアンバサダーとしても活躍する武田さん。ブランドが企画するツアーや机上講習、ほかにもツアー会社やアウトドアフィットネスの会社が企画するツアーで、さまざまなレベルのガイディングを行ないます。
私が山岳ガイド資格を取ろうと思ったわけ
提供:武田さん
日本山岳協会の登山ガイド資格は、上級のステージを取得すれば、積雪期のバリエーションルートを除く、国内すべての登山コースでガイドができるため、あえて山岳ガイド資格を取らずに活動するガイドも少なくありません。
山岳ガイド資格は、登山ガイドに比べて技術、知識、体力などすべての面でより高い能力が求められるのに加え、取得にかかる期間や費用の負担も大きくなります。武田さんがあえて山岳ガイド資格にチャレンジしたのには、どんな理由があったのでしょうか。
ガイドとしてのステップアップだとか、もっとお客さんを増やしたいとか、すごく前向きな気持ちで山岳ガイドを取ろうと思ったわけではありません。
長い付き合いのお客さんが、どんどんレベルアップしていって、お客さんが行きたい山に私の登山ガイド資格では案内できなくなってきたんです。お客さんの要望に応えたい、行きたいところに連れて行ってあげたいという思いから、山岳ガイド資格を取ろうと思いました。
提供:武田さん
10年くらい前から意識してはいたのですが、当時は資格取得に必要な経験や技術が足りず、それを揃えていくのが大変で、『連れていけるようにきっとなるから、もう少し待ってて』って。お客さんに育ててもらったっていう感じですね。
それぞれのライフステージに合った山の楽しみ方を提案したい
山岳ガイド資格を取得し、より幅広い範囲のガイドができるようになった武田さんは、今後どのような活動を中心に行なっていくのでしょうか。
提供:武田さん
山岳ガイド資格は取りましたが、活動の中心を難しい山だけにシフトしていくつもりはありません。
単に山に同行して安全管理をするだけでなく、ステップアップして難しい山に挑戦する人、なにか新しいことを始めたいと思う人、お客さんそれぞれの希望や目標をかなえるために、いろいろな提案やサポートをすることが、これまでもこれからも私がやりたいことです。
提供:武田さん
古くから付き合いのあるお客さんのなかには、年齢とともに膝に痛みがでたり、体力が落ちたりして、行きたくても山に行けないという方もいるんですよね。そういう人たちのために、体力に合った山をゆっくり歩く楽しみ方も提案していけたらと思っています。
武田さんから、山好きのみなさん、登山を始めたい人へ
提供:武田さん
好きなことが山登りだなんて、最高!!どんどん登って、ますます虜になってください。
夢中になれて、楽しくて、癒やされて、厳しくて、理想のようで超現実で、長いようで一瞬が勝負だったり(魅力だらけ)。
もし、もっと山のことを知りたいなとか、自分の技術ではまだ足りないかなとか、そんな時はガイドを頼ってくださいね。日本山岳ガイド協会には2,000人以上のプロのガイドがいますよ。
ガイド事務所「TRACE」