水は海に向かって流れる 1~3 田島列島著
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心の陰影を漫画で描く
評・苅部 直(政治学者・東京大教授)
もう二十年以上も前のことになるが、漫画は複雑な心理を表現するのにむいていない、と有名な漫画家が発言し、物議を醸したことがあった。これはもちろん失言と呼ぶべきだろう。人が心の奧に抱える屈折や屈託、感情の微妙な揺れ動き。そうしたものを描く技法に関して、現代の漫画は苦心を重ねてきた。だがそれに成功した作品が多くはないのも、事実なのである。
田島列島は、
十年前にW不倫で駆け落ちをし、すぐに別れた男女。それぞれの息子と娘が、偶然に同じアパートの住人になる。現在、娘は二十六歳のOLで、母に対する愛憎を抱え、恋愛を拒否するようになっている。高校一年の息子は事件の記憶を持たないが、他人から捨てられる不安が心の奥に横たわり、自分の感情を抑えてしまう。
描きかたによっては、いくらでも重苦しくなるテーマである。しかし主人公の二人、とりわけ娘の
心のうちの怒りや悲しみに向きあい、折り合いをつけながら生きてゆけるようになる。それが大人への成長だが、すんなりと実行できることではない。登場人物のユーモラスなやりとりを楽しみながら、読者は二人の試行錯誤の過程を追うことになる。そして最後には、感情がしっくりと
◇たじま・れっとう=漫画家。2020年に手塚治虫文化賞新生賞を受賞。