笹子峠
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/24 00:12 UTC 版)
歴史
甲州街道の江戸と下諏訪のほぼ中間の、黒野田宿と駒飼宿の間にあたり、同街道の最大の難所と言われた。
1880年(明治13年)明治天皇の山梨巡幸の際には、峠上から少し下った大月側の甘酒茶屋で休憩を取ったことから、後年、茶屋跡に「明治天皇御野立所跡」という石碑が建てられた[1]。
1920年(大正9年)旧道路法の施行により甲州街道は国道8号(現在の国道20号)に指定されるが、笹子峠経由にはならず大月から富士吉田を経由して御坂峠を越える(現在の国道137号、139号)ルートになったため県道に降格される。
1938年(昭和13年)峠の頂上のほぼ真下を貫く笹子隧道(全長:240m)が開通。1952年(昭和27年)、新道路法制定に伴い国道8号が国道20号に変更された際に御坂峠越えから再び笹子峠越えにルートが変更される。1958年(昭和33年)には新笹子隧道(トンネル)(全長:2,953m)が開通したことで、国道20号はこの峠道を通らなくなり、峠道は山梨県道212号日影笹子線とされた。
- ^ 打越孝明. “聖蹟を歩く第18回明治13年甲州・東山道巡幸(2)”. 明治神宮刊行物案内. 2018年5月19日閲覧。
- ^ 山と渓谷社「ちゃんと歩ける甲州街道」
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