――修羅の国。
工藤会が本拠を置く北九州はそう呼ばれた。市民に対する苛烈な暴力支配への揶揄(やゆ)がある。
あらゆる商業活動でアガリを差し出さぬ者には執拗(しつよう)で容赦ない暴力が加えられた。その恐怖支配は過酷の一言に尽きる。
修羅の国
交際を拒む飲食店や企業は銃弾を撃ち込まれ、放火され、従業員が狙われた。クラブには手榴弾(しゅりゅうだん)が投げ込まれ、爆破された。経営者は刺され、廃業に追い込まれた。「暴力団員立入禁止」の標章を貼ったスナックやパチンコ店には「次はお前の番ぞ」と脅迫が続いた。
ゼネコン支店やホテル、タクシー会社にも銃弾が撃ち込まれ、ゴルフ場はグリーンが掘り返され、廃油がまかれ、支配人が自宅で刺された。
戦車を攻撃するロケットランチャーが押収されたこともある。住宅街で、である。
港湾事業や漁業補償の利権欲しさで漁協元組合長に交際を求め拒否されると、元組合長を射殺し、弟の漁協組合長も射殺し、孫の歯科医まで刺した。実に20年以上にわたって一族を襲撃し続けた。異様な執念深さだ。
抗争でなく市民に向く暴力という面では山口組より凶悪だ。
3代目山口組進出に伴う摩擦や、九州誠道会(現・浪川会、大牟田市)と道仁会(久留米市)の抗争など事件が相次ぎ、警察は対応力を削(そ)がれ、工藤会は強大化・増長する。「警察が工藤会を抑えられない。それを市民は目の当たりにした」。元刑事は苦々しく述懐する。
だから平成26年からの「頂上作戦」の結果、市民襲撃4事件の殺人罪などで逮捕・起訴したトップの野村悟総裁(77)に、死刑が宣告されたときの北九州の驚きは大きかった。「こんな日が来るとは想像もできなかった」。そんな声で溢(あふ)れた。
工藤会の市民支配はそれほど凄惨(せいさん)だったのである。
死刑か、無期懲役か
その福岡地裁判決(令和3年)は、工藤会の「鉄の結束」の証拠を総合し、「野村被告を最上位とした厳格な序列と意思決定で犯行がなされた」と推認する論理構成だった。
実は平成26年に山口組絡みの事件で大阪高裁が同様の「推認」判決を出している。従って、決して今回が突飛(とっぴ)な論理構成ではない。
福岡地裁判決を受け、抗争中の6代目山口組と神戸山口組は襲撃を止めた。それほどの抑止力がこの判決にあった。
しかし先月の2審・福岡高裁判決は訴追4事件のうち唯一の殺人の組合長射殺は無罪とし、判決を無期懲役に減じた。
射殺事件当時の平成10年は現在の工藤会でなく、前身の工藤連合草野一家。被告は最大2次団体・田中組のトップだった。高裁はここを問題視し、証拠から推認可能なのは現在の工藤会の意思決定の在り方で、工藤連合草野一家と田中組のそれは立証されていない―としたのだ。
2審は、1審の「推認」判断スキームは維持しつつ、さらなる立証の上積みを求めたのだ。「無期懲役でも年齢的に野村被告は娑婆(しゃば)には出て来られない。影響ない」と判決変更を過小視する意見に、警察幹部は怒る。
「生きている限り求心力は残る。全暴力団への影響も含め、死刑と無期では意味が違う」
最高裁審理
工藤会の福岡県内勢力は昨年末240人。ピーク時1210人(平成20年)の5分の1に激減した。摘発の賜物(たまもの)だ。
工藤会がビジネス上のリスクとされ、企業から避けられた北九州。今ではITなど企業誘致が順調に進む。頂上作戦後は地価の公示価格も上昇した。
反面、工藤会の2次団体・長谷川組が関東に進出し、北九州での落ち込みを首都圏で取り戻しているとの情報がある。頂上作戦の効果が元の木阿弥(もくあみ)になる恐れはあるのだ。
そんな情勢で、工藤会の行動を決める「恐ろしい総裁」が塀の中でも存在するのと、そうでないのとでは、組織への影響はどうか、子供でも分かる。
「推認は確認でない。推認を重ねての死刑でいいのか」。1審判決には疑義もあった。的外れとは思えない。だが、相手はあの工藤会なのだ。悩ましい。
審理は最高裁に移る。「推認」認定を厳密解釈するか。暴力団だから緩やかに認定するか。あるいは全く別の判断を提示するか。最高裁の選択する結論が、工藤会の今後を分ける。日本中の暴力団が、最高裁のこの判断をじっと見ている。
重い審理になる。(いぐち ふみひこ)